⑥ レオナルド side
何なの?
私の方が頑張っているのに。
何で会社も、上司も、私の努力を評価してくれないの?
10年以上、私は身を粉にして働いてきたのに。
努力してきたのに。
4,5年働いただけの、愛想がいいだけのあんな女が何で評価されるの!?
くやしいくやしいくやしい
むかつくむかつくむかつく
皆いなくなっちゃえ!!!!
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レオナルドは東の離宮の回路を、怒りを表すように大幅な足取りで歩く。
アントンとオスカーは早足で歩くレオナルドに置いていかれないよう、小走りで後ろをついていく。
「殿下」
前方、離宮の正面扉に佇む女性は、
「ミッテェルズマン嬢」
黒髪に黒目の、神秘的な雰囲気を醸しだす小柄な少女を、レオナルドは真正面から凝視する。
先ほど対面した女性とは、全く対極にいるかのような容貌をした、まだ少女の様な儚げな笑みを浮かべたアラリケは、レオナルドに目礼をして、そっと応接室の方へと彼らを誘導する。
レオナルドの脳裏に、先ほどの会話が反芻された。
「どういう意味ですか?」
出されたお茶に口もつけず、レオナルドは前に座るミュンスターの皇女を凝視した。
口元を扇で隠し、流し目でこちらを見つめて来るフリーダは、学生とは思えないほど艶めかしい。
片眉を上げて訳知り顔でレオナルドを一瞥し、フリーダは口を開いた。
「・・・そのままの意味ですよ。
わたくしをあなたの婚約者にしてくださるのなら、あなた達が頭を悩ませている”アレ”が何なのか、教えて差し上げると、言っているのですよ」
「しかしあなたは、現在ミュンスターの後継者ですよね? 私と婚約をしたら誰が次代の国王になるのですか?」
レオナルドは驚きを隠せなかった。
四年前、リンゲンに婚約の打診があった時、ミュンスターには皇太子がいた。
フリーダの兄だ。
その為、フリーダがリンゲンに嫁いでくることは、何の問題もなかった。
しかしフリーダの兄は、リンゲンが婚約の話を断るのと同じ頃、落馬事故に合い命を落としたのだ。
なので、現在フリーダが時期女王と目されている。
「・・・あの国は十年前まで戦争をしていて、今でも領土を広げる為に戦争をしかけています。
わたくしはもううんざりなのですよ。
この大陸は、長い間戦争も起きず、友好的にそれぞれの国が問題なく統治している。
ルネッサンスの華が開いたこの国で、美しい物に囲まれて優雅に生きたいわ。
・・・血生臭いのはうんざりなの」
レオナルドは目の前のモノが、自分と同じ、血の通った人間だとは思えなかった。
そんな理由で、自分の国を捨ててリンゲンに嫁ぎたいというのか?
多くの人間が亡くなっているのに、その解決の糸口を知っているかもしれないのに、それを交渉に使うのか?
そもそも何故皇女が”アレ”を知っているのか?
「私に何か話ですか?」
通された応接室で、ソファに座りもせずにレオナルドは口火を切った。
フリーダの交渉に返事をせず、離宮を出る前に今度はその従姉に呼び止められたのだ。
アラリケは少し困った様に眉根を下げた後、盗聴を恐れるかの様にキョロキョロと辺りに視線を送った。
その後、先にソファに腰を下ろして、自分の前に手を差し出す。
レオナルドは、先ほどの会合の相手の従姉である目の前の少女と、どう接するべきか逡巡した。
しかし彼女の意図が全く掴めないので、結局彼女の希望通りに、彼女の前のソファに腰を下ろす。
アントンとオスカーは、レオナルドの後方に立つ。
「フリーダから、何か聞けましたか?」
レオナルドはアルカイックスマイルを浮かべたまま、アラリケの本心を読もうとする。
アラリケは少し緊張しているようで、周りを気にするようにそわそわと自身の指で指を弄ぶ。
「あなたは何かご存じなのですか?」
微笑みを崩さぬまま、アラリケを刺激しない様に優しく話しかける。
「爆発物の名前は、ミュンスターでは”爆弾”と言います。
錬金術でいくつかの材料を混合して作られた黒色火薬で作ります。
これは大砲で使われる火薬の何倍もの威力があります。
こちらに時計を仕掛ける事によって、設定した時間に爆発が起こります。
今回、リンゲンの港で起こった爆発は、これによるものでしょう・・・」
「・・・」
「・・・」
レオナルドとアントンは表情を取り繕う事が出来ず、驚愕に顔を歪めた。
「ミュンスターでは、大砲や銃の技術が進歩しているとは聞いたが・・・。
その”爆弾”という物を使えば、戦争のスタイルが変わるんじゃ・・・」
「はい。その結果、ミュンスターは二年もしない内にテューリンゲン大陸にあった三つの部族を制し、ミュンスター帝国を築きあげました。
・・・フリーダが8歳の時です」
「な、・・・にを」
「・・・証拠はありません。爆弾の設計図は、軍部大臣の机に無記名で置かれていたそうです。対外的にはそうなっていますが、皇帝だけは誰が作ったのかを知っているようでした。
ただ・・・、フリーダのお兄様であった当時の皇太子殿下が、フリーダに疑念を抱いて彼女の周りを調べ始めた途端、お亡くなりになりました」
レオナルドは先ほど会合したフリーダの様子を思い出していた。
何もかもを見透かすような薄い水色の瞳。泰然とリンゲンの王太子と交渉する皇女。
信じられない。
レオナルドは急に喉の渇きを覚え、唾を飲み込んだ。
何故ならば・・・。
「信じられないのはごもっともです。
設計図をフリーダが作成したのであれば、爆弾を作ったのは、彼女が6歳の時になりますから」
自室に戻ったレオナルドは、アントンが入れてくれた水を一気に飲み干す。
異様に喉が渇いていたのだ。
アントンは次に心を落ち着かせるハーブティを入れた。自分とオスカーにも。
レオナルドの自室のソファに、向かい合って座り、一言も無くハーブティを飲む。
オスカーは状況が理解できず、ただオロオロと二人を見つめた。
今日はやたらと時計の音が気になる。
レオナルドは部屋に置かれている時計に視線を向けた。
時を告げる時計。それを使って好きな時に爆破出来る”時限爆弾”。
レオナルドは片手で目を覆い、大きく息を吐いた。
「異世界の魂でしょうか?」
アントンは、とある少女を思い浮かべていた。
こことは違う世界での、前世の記憶を持った少女がやらかしたのは、ついこの間の事だ。
レオナルドは目を覆っていた手を、そのまま下にスライドして、今度は口元を覆う。
「そうだろうな。エリアスも言っていた。異世界と繋ぐ道が出来てしまったと・・・。
しかし一体どんな世界なんだ。
一瞬で、多くの人の命を奪える兵器を作れる民族とは・・・」
リンカは取り調べで、前世について語った。
しかし、精霊王のビジョンで二一世紀の世界を見たエリアス以外は、リンカの話す世界について、全く理解が及ばないのだ。
なぜならばリンカには、二一世紀の社会にあったテクノロジーの原理を、伝える知識がなかったからだ。
「とりあえず父上と宰相に報告しよう」
レオナルドは得体の知れない敵に、この国が、この世界が呑み込まれてしまう気がして、恐ろしくなった。
「はぁ~。 レティに会いたい。チューしたい。ギュッとして欲しい。頭なでなでして欲しい。首元に顔を押し付けて匂いを嗅ぎたい」
「最後だけ、ただの変態でしたね」
レオナルドの変態発言を受けて、アントンは国王へ謁見の要請をする為に、重い腰を上げた。




