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結論から言うと、何もわからなかったのである。
アビゲイルは遠巻きにリンカを観察したが、特にいじめられている現場は見なかった。
そしてレティシア(アビゲイル)にも特に何もして来ない。
オスカーも、リンカがいじめられている瞬間を見る事はなく、だけど被害を受けて泣いている姿は度々見られた。
ただ、それだけである。
「私、思ったのですが、リンカ嬢は殿下を落としたいんじゃないでしょうか?」
(ガッチャーン)(ブ—————!!!)
紅茶を飲もうとして持ち上げたティーカップをソーサーに落とし、目を見開いているレティシア、
レオナルドに噛みついてきそうなほど威嚇してくるアビゲイル、
(妖精姫様のお手々が!!!)と、蒼白になってレティシアに駆け寄るセラ、
飲み込む寸前だったお茶を吐き出すレオナルド。
冬の終わりと言えまだまだ寒い昼下がり、ガラスで囲われ暖かいテラスでの優雅なお茶会だが、一変に不穏な空気にさらされた。
シャンデリアが軽く揺れてる。
(止めて、首ちょんぱ!!!)
レオナルドは室内なのに大きく揺れるシャンデリアを目線の先に、隣に座るレティシアの手をつかんだ。
「レティ、落ち着いてね」
そう言って手の甲をなでる。
「アントン」
「は! 申し訳ございません。
ただ、そう考えると辻褄が合うんです。
最近、リンカ嬢の機嫌を取ってプレゼント攻撃していますよね?」
そう。
いつまで経っても何も解決せず、よく分からないまま時が過ぎている。
このまま次年度、レティシアが学園に通い始めるという事態を避けるため、レオナルドはリンカの懐柔作戦に出たのだ。
リンカは何かを知っている。
だけど決定打は何も言わない。
ただ匂わせるだけ。
何かを恐れているのか?
だけどアントンもレオナルドも、レオナルドの前にいるリンカが、恋する乙女の眼差しでレオナルドを見てくることに気づいていた。
そして、
やたら次代の妖精姫について話してくるのだ。
「愛し子」は数百年に一度しか生まれない。
今回レティシアが生まれたのは奇跡で、一時代に二人の「愛し子」が存在することは史上初なのだ。
(なのに、まだレイラ様がご存命の今、次代の話をするなど・・・。
しかも努力でなれるような言い方・・・。)
そこで、リンカを懐柔して話しやすい環境を作り、口を滑らせる作戦に出たのだ。
アントンは、初めての恋に浮かれて「レティ以外にプレゼントなんて、仕事でも嫌!!!」と駄々をこねるレオナルドを、宥めて賺せて手の平で転がして、何とか了承させたのである。
最後の決定打はセラ。
「よくお茶会で余った王宮のお菓子を私達に下さるではないですか。
(レティシア様に憂いを抱かせる可能性のある)男爵令嬢なら、それと同じ扱いで問題ありませんよ。
こうやって余ったお菓子でもラッピングすれば、ほら。 贈り物みたいじゃないですか?」
そうやって、プレゼントという名の余り物を何度かリンカに贈り、お茶会をしたところ、アントンが気づいたのだった。
「現在学園では、レオナルド様とレティシア様の不仲説が流れております」
「な、何ーーーーーーーーーー!!!???」
レオナルド大発狂である。
「そりゃそうでしょう。
みんなはアビゲイル様をレティシア様と思われている。
そのアビゲイル様とお話をする際、殿下、表情がごっそり家出中ですよ?」
アントンの発言で、レオナルドはハッとアビゲイルを見る。
最近レティシアとの逢瀬の邪魔ばっかりしてくるアビゲイルに、イライラ絶頂のレオナルドだったのだ。
「そんな事で表情管理できないなんて、レティ姉様に相応しくないわ」
と、アビゲイルはすまし顔で宣った。
レオナルドも反論しようとしたところ、目の端に映る愛しい人の曇った顔・・・。
「レオ、アビー・・・。
大好きな二人がいがみ合うのは、悲しいわ・・・」
「仲良しだ!」「仲良しよ!」
手の平返しである。
「コホン。 続きをよろしいでしょうか?
そのお二人の不仲説が本当だったとして。
事実としてあるのは、リンカ嬢と殿下が二人でお茶をして、殿下がプレゼントをあげたという事です。
そしてリンカ嬢へのレティシア様のいじめが本当だったとして。
そのいじめの理由は・・・リンカ嬢への嫉妬です」
確かに一理ある。
レオナルドはリンカの言動を思い浮かべた。
いじめをするレティシアに失望し、いじめにも負けず健気に頑張るリンカ(オスカー説)に好意を寄せる。
そんな筋書きで動いているなら納得できる。
しかし実際にはいじめが無いから辻褄が合わないのだ。
・・・だからリンカもはっきりとレティシアの名前を出せない。
それが、この一幕が全貌を表さずに違和感を抱かせていたのだ。
(しかし俺がたとえリンカ嬢に恋したとしても、それだけでは男爵令嬢の彼女を選べない。)
————— でも彼女が「愛し子」だったら ? ————————————
何かが繋がりそうになったそんな時、
「お兄様!!!」
人外な美貌を持つあの人があらわれた。
アントン、頬を染めるな!!!
やっぱり扉は開いたのか? アントン!!!




