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レティシアは、窓から一行が帰って行くのを見守った。
「ごめんなさい・・・」
呟いた言葉は本人には伝わらず、側にいたレイラがレティシアの肩を抱く。
「気にしなくていいのよ。 まさかあなたがこんなに嫌がるなんて、誰も想像していなかったのよ。
お母様が悪かったわ。」
レイラは侍女を連れて応接室へ向かう。
2階の窓から一行を見ていたレティシアは、一人の青年が馬車に乗る前にこちらを見上げたことに気づいた。
(昨日の人!!!)
あの王子の一行の人だったの?
なんで???
『レティシア、運命の人、イヤだった?』
『精霊王様、用意したのに』
「え?」
妖精たちは寂しそうに窓の外を見ていた。
昨日の青年が馬車に乗って、馬車はゆっくりと動き出した。
(彼は、馬車に乗れる、身分の人?)
『あ~あ、行っちゃう・・・』
「ねぇ、その精霊王様の選んだ運命の人って・・・?」
『レティシアが幸せになれるように、精霊王様がえらんだの』
『魂がとてもキレイな、レティシアの運命だよ!』
『その人と一緒になったら、レティシアは幸せになれるんだよ~』
レティシアの心臓がドキドキと早鐘を打つ。
後悔と期待と、よくわからない感情が渦となって体中を駆け巡る。
「それって、さっき馬車に乗って行った人?」
心臓の音が、うるさい ——————————。
『そうだよ!』
『黒い髪の毛に、紫のお目目の人!』
レティシアは全速力で走りだした。
向かう先は愛馬のいる厩舎。
昨日は気づかなかった。
だけど、お母様から婚約者の話を聞かされた時、あの人の顔が思い浮かんだの。
優しい瞳で私を見て、穏やかな声で相槌を打ってくれる。
(あの人じゃなきゃ、イヤ!!!)
レティシアは愛馬に話しかける。
「お願い、急いで!
急いで私をあの人の元へ連れて行って!!!」
黒い鬣の愛馬は返事をするように大きく嘶いて、全速力で駆け出した。
(昨日の盛り上がりは何だったんだろ・・・・。)
レオナルドの乗った馬車はお通夜のように暗く、馬車に乗っていない騎士達も重い足取りでリンゲンへの道を進んでいく。
あんなに嫌がられるなんて・・・。
レオナルドは窓の外を見て、ため息をついた。
もうちょっとで妖精たちに首ちょんぱされるところだった・・・。
城に帰っても、国王である父親に首切られるかも・・・。
レオナルドは目をつぶって下を向いた。
そうすると昨日のレティシアの眩しい笑顔が思い出される。
(ヤバい・・・、泣きそうだ)
レオナルドが眉間に力を込めて何とか涙を堪えていると、アントンは馬車の外が騒がしいことに気づいた。
「何かあったのでしょうか?」
アントンに声を掛けられレオナルドが窓の外に目を向けた時、何かが窓の横に近づいてきて・・・
「ギャーーーーーーー!!! 太もも丸見えーーーーーーーーー!!!!」
アントンが御者に馬車を止める様に指示を出すのと同時に、レオナルドは騎士たちに大声で指示を出した。
「回れ右ーーー!!! 誰も(彼女の太ももを)見るなーーーーー!!!!!」
止まった馬車の中にはレティシアとレオナルドだけで、他はみんな馬車の外で回れ右をしていた。
「今後、ドレスのまま馬には乗らないように」
「い、いつもはちゃんと乗馬服着てるわ!」
・・・昨日もドレス姿だったけど? その一言をレオナルドは飲み込んだ。
「あんなに全速力で走ったら、スカートがめくれるのは当たり前でしょ?
しかも馬車からだと、ちょうど(太ももが)目線の先になるから。
気を付けないとダメだよ? 女の子なんだから・・・」
「・・・お母様みたい・・・」
小さくレオナルドは傷ついた。
(そうか、お母様みたいだから、男に見られなかったから、あんなに昨日は盛り上がったけど結婚は嫌だったんだ・・・。)
レティシアは何を言うか考えてこなかった事に気づいて、どこから話せばいいのか少しパニックになっていた。
手をもじもじさせて言葉に詰まっている姿を見て、レオナルドは心がいっぱいになった。
(何で最後まで可愛らしい姿を俺に見せるんだ。 一生忘れられないよ・・・。)
「ごめんね、嫌な思いをさせて。
私たちの婚約は解消しておくから、気にしないで欲しい。
・・・って言っても気にするよね?」
「あ・・・」
「でも、これだけは言わせて。
私のことは気にしないで、リンゲンに来て欲しい。
君はリンゲンの人間で、宰相は君たち家族が戻ってくる日を、ずっと待ってる。
私も、次期国王として、「愛し子」様にはリンゲンに住み着いて欲しいしね。
君が、リンゲンで誰かを愛して、結婚しても・・・。
ごめ、 ちょっと想像で泣きそうだった。
何か上手く話せなくてごめん。
王太子としていろんな経験をして、いろんな修羅場をくぐってきたけど、失恋は初めてで。
だから上手く伝えられないけど・・・
でも、私は確かに昨日、君に恋をした。
乳母ともう一度会うために努力したことや、自然の恵みに感謝してること。
ブラコンなところや、お転婆なことろ、全部好きだよ。
いつか国の為に誰かと結婚しても、君と過ごしたあの一瞬は、きっと忘れないと思う」
レオナルドはもう一度虹色の瞳を見つめた。
大きな瞳は涙の雫でキラキラと光っていた。
泣かせたいんじゃなくて、笑って欲しいんだ —————————
そう伝えようとした時、
「私もあなたが好き」
「え?」
「私も昨日楽しくて、もっとお話したくて、でもまた会えるかなんてわからなくて」
レティシアが大粒の涙を零すと、
「ちょっ! ちょ、ちょ、ちょ! 待っ!!!」
レオナルドが真っ青になってレティシアを宥めるが・・・、
「ギャーーー!!!」
外から騎士達の悲鳴。
馬車にも何かがぶつかる音がする。
森の木の実などが銃弾のようなスピードで、馬車にぶつかっているのだ。
外にいる騎士の鎧にもどんどんぶつかってくる銃弾、もとい木の実。
胸に当たった騎士は、「あ、あばらが・・・」と呟いて気絶してしまった。
「レ、レティシア、落ち着いて」
「ふ、ふえ、」
「お願い。 泣かないで!」
「もう会えないかと思っていたのに、ぐすん」
「そ、そうなの?」
「なのに今日、知らない人の婚約者だって言われて」
「いや、知らない人ではないでしょ!」
「だって、名前、 聞いてなかったから・・・」
パリ—————ンッ
馬車の窓ガラスが割れ、1つの木の実がレオナルドの顔の横をかすって行き、反対の窓ガラスさえ貫通してどっかに消えていった。
え? 昨日自己紹介、してなかった? 俺?
何やってんだよ、レオナルド!




