ティンコンカンコンティンコンカンコン... ッッ!!見るなよぉおオ!!!!
暗い。
怖い。
私は誰だっけ...
いつから...
私はいつから...こんな所にいるんだろう...
一体いつから...
......何も食べていないんだろう...
─────────────
何もない、真っ黒な空の下を一人で歩く。
地面はどこまでも平らで、どこまでも白い。
空には大きな丸い月が浮いている。
その色は不気味に赤みがかっており、まるで人肌のような...
「...いや...違う...」
月が動いたような気がする。
「あれは...!」
──空からうっすらと、音が響く。
(...ィン...カ...ン)
...そうだ...
(...ィン...コンカン...ン!)
...思い出した...!
(ティンコンカンコン!)
アイツは...!!
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
刹那、月のような頭皮がのそりと動き、大きく回り始める。
そして、こちらを向いたのは、見慣れた巨大な人間の顔だった。
「...ハリウッドザコシショウ...ッ!!」
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
言語化し難い、不気味な声のような音が空間に響き渡る。
何かの意図すら感じられないそれは、四方からこだまし、心の中をまさぐるかのようだ。
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
「ぁあッ!...やめろ!!」
不気味な音がこだまするたびに、忘れていた、いや、忘れたかった記憶が蘇ってゆく。
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
「...そうだ...思い出した...私はァ...!」
地面に倒れ込み、身悶える彼女の元に、足音が近づいてくる。
「やっと思い出したようですね。真木さん。」
「おま...えは...」
顔を上げた先にいたのは、白いスーツを着た一人の太った男だった。
「お久しぶりですねぇ。」
「...岩橋...!あの時...死んだはずじゃ...!」
「ふふっ。エアガン如きで僕が死ぬとでも?」
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
「グワァぁあぁああああっっっ!!!!!!!」
より一層、大きな音が真木の心をまさぐる。
「いい声出してくれますよねぇ、貴女は。こちらも虐め甲斐があるというものです。」
「ここは...ここはッ、何なの...!」
「ここは貴女の精神世界...現実の貴女は、今も病室で寝たままですよ。」
そういうと、岩橋はパチンと指を鳴らす。
その瞬間、巨大なザコシの目に肌色の何かが装着される。
それは半球型に膨らんだメガネのような形状をしており、閉じられた瞼のようにも見えた。
「何を...する気なの...?」
「大した話じゃないですよ笑。僕はね、20年勤めた事務所を辞めさせられたんです。なんといいますか、その憂さ晴らしみたいなもんです。」
「何よそれ...そんなの自業自得じゃない...ッ!」
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
「あぁああああっっっ!!!!!!!」
「ちょっと真木さぁん...あんまり僕を怒らせない方がいいですよ?」
そう言うと、岩橋はザコシの目の横から垂れ下がった長い紐を右手で掴んだ。
「これからゲームを始めましょう。今から僕は、ザコシの力で貴女を「視」させてもらいます。」
「...視る...?」
「どうやら神様は私たちを裁こうとしているみたいでね...このゲームで貴女が耐える事ができれば貴女の勝ち。報酬として、この世界から出る事ができます。
そしてできなければ...貴女は永遠にこの世界に閉じ込められます。その時はザコシも一緒ですよ。」
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
「ぐぁあッ...!...な...何を言っているの...?」
「ふっ、まぁ貴女がやることは単純ですよ。ただ、『耐えればいい』。それだけです。」
岩橋が紐を握る右手に力を込める。
「では、始めますよ。」
岩橋が紐を引いた瞬間、ザコシの目に取り付けられた瞼のような蓋が開かれ、巨大な水色の眼球が露わになる。それらは真木を覗き込むかのようにしてこちらを向いている。
「...ぁあ...あ...」
真木と眼が合うと刹那。真木の心の中に何かが「這い出た」。
「ぁあああああぁぁああああ、あ、あぁああああああああああ!!!!」
それは真木の心を隅々まで「視た」。抗うことも許さないまま、心の全てに、土足で踏み込み、舐め回すようにして、隙間無く触れていく。
「ぁあああ!視るな!視るなよぉぉ!!!!」
心が、壊れてゆく。
「見...てほしいものはッ...見てくれなくて...」
全てを、知られていく。
「見て欲しくないものだけ...見る...ッ!!!!」
ティンコンカンコン!ティンコンカンコン!
ザコシが意味不明な挙動で動き回る。それは儀式終了へのカウントダウンのようだった。
もう...おしまいだ...
真木の最後の気力まで消えてゆく。
私は...まだ...やりたい事が...
諦めかけたその時、暗黒の天井に亀裂が走る。
驚いた岩橋は上を見上げる。
「!?な、何事だ!」
天井を突き破って現れたのは、桃色の髪に猫耳を生やした、一人の少女だった。
真木の目に光が戻る。
「み...みけねこさん...!」
「ば、馬鹿な!お前にここに来る元気はないはずだ...!」
みけねこの目が見開き、岩橋を見据える。
「うっせぇ!!!バァアアアアアアアアアアアカ!!!!!!!!」
「ぐぁああああ!!」
とてつもない衝撃波が、岩橋を突き飛ばす。
ザコシも吹き飛ぶ。
「こっちはなぁ... 限界超えてンだよ!!!!クソかてめェは!!!!!!!」
そういうと、みけねこは真木に肩を貸し、共に立ち上がる。
「出ルぞ!!!」
そういうと、みけねこは口を開き、雄叫びを上げる。
エヴァ初号機のようなその雄叫びを上げると同時に、真っ黒な空間は砂のように砕けていき、世界は白い光に包まれていく。
岩橋が、ボロボロの体を持ち上げながら、こちらを見据える。
「ハハッ...見事だよ...」
その口元に、不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「ここを出ればお前らは記憶を失い、生きて帰れるだろうな...だがこれで終わりだと思うな?お前らはどうせ、ネットのおもちゃにされて、またここに戻ってくる...!!」
「うっせェ!!ゴミが!!!」
みけねこの言葉と共に、岩橋、いや、岩橋だったものがその場に崩れ落ちる。
世界が、光に包まれていく───────────
─────────────
目が覚める。知らない天井だ。そうだ、ここは病室だ。
枕脇には空になったペットボトルやゼリー飲料が置かれている。
「真木さん!!!」
駆け寄ってきたのは私のパートナーだ。
「よかった!目を覚ましたんですね!体調はどうですか?」
「うん...でも...」
「でも?どこか悪いところが?」
思い出せない。
「いや...」
なぜだろう。
「誰かに...」
どうして、
「お礼を言わなきゃいけないんだ...」
どうして、
「命の、恩人に・・・」
どうして、
─────涙が、出てくるのだろう。
実話だっておじいちゃんが言ってました。
人間誰もが頑張ってるので誹謗中傷はやめましょう!