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猫の話(青春篇)

作者: 沢木 翔

大学2年生だった1976年の5月中旬に子猫を拾った。


当時私は親元を離れて東京の大学に通っており、阿佐ヶ谷にある学生アパートで暮らしていた。

私は大学祭の実行委員会に所属していたが、本祭が6月に行われるので毎年ゴールデンウィークを過ぎると一気に忙しくなる。

そんな慌ただしい一日がやっと終わった5月中旬のある日の19時過ぎに、阿佐ヶ谷駅からアパートへ帰る途中で、1匹の子猫が道端で鳴いているのを見つけた。

生後間もない白黒のブチの子猫であった。

私が近寄っても逃げるどころかすり寄って来て一層盛大に鳴く。


私は急に父性(?)本能を刺激され、衝動的に手に持っていたスポーツバックの中に子猫を入れてアパートに連れて行った。

一人暮らしの学生が猫を飼うことは無理だし、確認したことはないもののおそらくアパートもペット禁止のはず。

だから、緊急避難的に一晩だけ泊めてやるつもりだった。


冷蔵庫にあった牛乳とベーコンを精一杯ほおばった後で、私の手にじゃれて甘噛みしてくるのが少々ジャマッ気だけど胸が暖かく膨らむような気がした。


翌朝早く、そっと外に出してやった。

窓から覗いていると、私の顔を見つけて鳴く。

そのときは一時の衝動で中途半端な愛情をかけてしまったことを後悔した。


しばらくして、大家のおばさんが「さっき子猫が戸口のところでうずくまっていたわよ。」と話すのを聞いて付近を探したけれど見当たらなかった。


その日の夕方、アパートに帰って来ると、子猫が入り口の側で私を待っていた。

7人いたアパートの住人全員に根回しをして、とりあえず子猫をかくまいつつ引き取り手を探すことになった。

大家のおばさんも私たちの悪だくみについては、うすうす察知していたと思うけれど、おそらく大目に見てくれていたようだ。


子猫の引き受け手探しは難航したものの、3日後に大学祭の実行委員の後輩が手を挙げてくれた。

Uさんという女性で、西荻窪に住む一家はそろっての猫好きとのこと。

もう願ったりかなったりで、その場で2日後の日曜日に子猫を引き渡すことになった。


日曜日はとても良く晴れて、汗ばむほどの陽気。

引渡し時間は15時半で、西荻駅の北口前で彼女と待ち合わせた。

阿佐ヶ谷から西荻まではたった2駅だけど、電車の中で例のスポーツバックに入れた子猫が鳴くのでハラハラし通しだった。


彼女は約束の時間ピッタリにやってきた。

何かいつもと雰囲気が違うと思ったら、白いブラウスにスカート姿。首にはスカーフを巻いている。

彼女は真面目に授業に出ながら、大学祭とアーチェリー部の2つを掛け持ちしているため、いつもジーンズ姿で学校の中を忙しそうに駆け回っているボーイッシュなイメージが強かった。

私が思わず、「スカートも持っているんだ。」と言うと、

「ちょっといい加減にしてください。私だって芳紀18歳です。」と一喝された。

こういう風に切り返してくれるところがとても良い。


喫茶店にでも行こうと思ったけれど、猫が一緒なのでそういうわけにもいかず、その場で引渡しをすることになった。

子猫を見ると「かわいい!名前は?」と訊かれた。

「まだ付けてないんだ。かっこいい名前を付けて。」と頼む。

子猫はまったく物おじせずに新しい飼い主様に早速親愛の情を示している。

どうやら可愛がってもらえそうで安心したけれど、ちょっと寂しいような気もした。

最後に、「いやだったら、いつでも逃げて戻って来いよ。」と子猫に別れを告げたら、

「ひど~い。引き取り手が見つからなくて困っていたくせに。」と軽くにらまれた。


無事引渡しが終了したので帰ろうかと思ったら、猫のお礼ということでアップルパイをもらった。

「勿論私が今朝早起きして焼いたんです。」とのこと。

お礼をするのは私の方じゃないかなと思ったけれど、

「ますます見直した。猫をかくまったアパートの全員でありがたくいただくよ。」と言って別れた。


その夜、共犯者全員で食べたアップルパイはとても美味しかった。

皆から「わざわざアップルパイを焼いてくれるなんて、お前に気があるんじゃないの?」

と、イジられたが多分違うんじゃないかなと思っていた。だけど本当はどうだったのかな。


後日クッキーと日本で発売されたばかりのキャットフードをアップルパイのお返しに渡した。

猫は家族全員に可愛がられ、のびのびと育っているとのこと。

「いたずら坊主でやんちゃなところが、拾い主に似ている。」そうだ。

名前はギリシャ神話の登場人物にちなんだものにしたとのことだったが、何度聞いても覚えられなかった。

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