戦いの終わり
「ほら、掴まれ」
堀スタインが逞しい腕を伸ばし、窓の外からドクター・チヴこと牛野千房を引っ張り上げた。
千房は魂が抜けたような表情で、ふにゃふにゃになっている。
「社会悪の秘密組織ギゼン幹部ドクター・チヴさん」
玲子が優しくも厳しい声で告げる。
「命まで取ろうとは思わないわ。貴女はウチのメンバー──陽奈さんのお姉さんですもの。ただ、罰は受けてもらいます」
「ば……、罰ですって?」
「ええ。社会を掻き乱し、わたくしのお友達の心も傷つけた。その報いは受けていただきますわよ」
「おい?」
突然、平野ぺたが声をあげた。
「優美……っ!? おまえ……、胸が!」
「えっ?」
言われて千々梨優美は自分の胸を見た。
「ああっ……!? 私のAカップだった胸が……」
Dカップぐらいになっていた。
「わあっ! 優美ちゃんの美乳が戻って来た!」
姉のマリアが手を叩いて喜んだ。
「きっと篠宮マサシさんが物語の外へ飛ばされたからだわ。優美ちゃん、おめでとう!」
赤いジャージの胸をやらわかく盛り上げるその膨らみを、千々梨優美は見た。
キラキラと輝いて見える。
しかし、喜びと同時に寂しさもその胸にはあった。
あれほど恥ずかしいと思っていたAカップの胸が、なくなってみると、長年の連れ添いを失くしたようで、胸に不思議な寂しさが広がるのであった。
玲子が優しく微笑むと、拍手をした。
「おめでとう、優美さん」
それをはじめに、みんなが拍手をはじめた。
「おめでとう!」
「おめでとう、優美はん」
「そっちのおっぱいのほうが似合ってるよ」
「本物って感じだな」
「あ……、ありがとう」
優美はぺこりと頭を下げると、顔を赤くして頭を掻いた。
「なんか……照れ臭いや」
拍手をしながらも鬱布瑛華は一人、複雑な思いをしていた。
『こ……、これでAカップはボク一人だけになっちゃった……。クッ! だめだだめだ、嫉妬しちゃだめだ』
「瑛華ちゃん」
察してマリアが隣から声をかけた。
「いいのよ、あなたは。チッパイも個性よ。きっと好きになってくれる人が現れるわ。それにまだ14歳なんだもの。まだまだあなたの魅力はこれから花開くのよ」
そう言ってマリアは瑛華の顔を、自分のCカップの胸に埋めた。
『ああ……』
やわらかさに包まれて、瑛華は思った。
『そうだよね。Iカップとかなっちゃったら、土偶になっちゃうもんね』
「罰ですって!?」
ドクター・チヴこと牛野千房が突然声をあげたので、みんなが振り返った。
「罰を受けるのはあなたたちのほうだわ! 他人のおっぱいを何だと思っているの!?」
「聞こう」
堀スタインが胸を張り、言った。
「何かモヤモヤすることがあるなら、ここで吐き出すんだ。もう決着はとっくについている。今は感想戦をする時だ」
「たかがカップ1つの差で陽奈を合格にし、私を落とした……。ひどい差別だわ。人の心を……人のおっぱいを何だと思っているの!?」
「可哀想だが……それは勝負事にはつきものの冷酷なルールというやつだな」
堀スタインが説教した。
「そんなことで逆恨みして、悪の組織の一員に落ちるその根性に問題がある」
「それに、あなたをオーディションで落としたのは田良子坂プロデューサーよ」
玲子が優しく言う。
「心を入れ替えるなら、わたくしたちはあなたを受け入れるわ。陽奈さんと双子で紛らわしいけど、見分けてみせる。だって胸のサイズが違うもの」
「キイイイイーーッ!」
千房が発狂した。
「大体、決着はまだついてないわよ! こっちにはラスボスがいるの!」
その時、窓の外で、空気を揺るがす声がした。
「その通りだ」
低く、冷たい、男の声だった。
「私がラスボスだ」




