虚無子のきもち
巨乳ブルーこと青野ヶ原虚無子は彼氏が出来、ゴールデンウィークを毎日ハッピーに過ごしていた。
女性ホルモンが活発に分泌され、巨乳戦隊最小のDカップの胸も育ち、Eカップ間近であった。
しかし彼女は夜には絶対にデートしないことを決め、それを頑なに守っていた。
高校三年生。大学受験を控えた身であることを自覚し、恋愛にハマって勉学が疎かになることを恐れたのである。
「なー。おもろないわー、ここ」
彼氏の江尻が言う。
「もっと楽しいとこ行こうやー。なー」
窓の外には健康的な陽射しが芝生を照らしている。
図書館には清潔な空気が流れ、小声での会話も目立つほどに静けさが漂っていた。
「ウチら受験生やろ? 勉強もせなアカン」
虚無子がたしなめる。
「二人でやったらはかどるやん。わからんとこ教え合お」
「ほんじゃ、今は我慢するけどなー」
江尻が言い出した。
「代わりに今夜、楽しいとこ行こうや。俺、奢るで?」
「夜はアカン。どうせいかがわしいとこ連れて行くつもりやろ」
「嫌か?」
「嫌やないけど……」
「じゃ、行こうや。俺たち、そろそろ……」
「アカン、アカン。勉強、手につかんくなるで」
「じゃ、高校卒業するまでおあずけってこと……?」
「当たり前や。健全でお互いをいい未来に導く交際やないと、ウチはする気ない」
「ええ〜……。殺生な」
「それに……。夜はな、ウチにはもう一人恋人がおんねん」
「あー。女の子の恋人な」
「うん。最近、なぜだか会ってくれへんけど……。今夜あたり一緒に星空でも見に行こうかなて、思ってる」
「そこに俺も参加するってのはアカンのん?」
「アカンわ。アンタ、最初はユレンのことナンパしとったやないか」
「あ。ヤキモチかあ?」
「当たり前や。ユレンはかわいいからな。アンタの心がグラグラすんの間違いなしや」
「俺はおまえ一筋だぜ?」
「あん。もぉ……。うまいこと言いよる、このひと」
「卒業まで待つよ。おまえとずっと一緒にいたい」
「目尻くん♡」
「江尻や」
虚無子のマナーモードに設定したスマートフォンが震えた。
その画面を見て、虚無子の顔が、嬉しそうに笑った。
「あ……。噂をすればユレンからメッセージや」
確認して、さらに嬉しそうに笑う。
「今夜『星の見える公園』でデートしようって! やっぱりウチら、親友やわ。考えること同じや」
星の見える公園には影が溢れていた。
5月の空はよく晴れ、月明かりが木々の影を不吉なもののように、芝生の上に顕在させていた。
いくつも設置されているベンチには座らずに、小柄なBカップの胸の少女が、芝生の上に、木々の影のひとつのように立っている。
虚無子はその後ろ姿を見つけると、乗ってきた自転車を芝生の上に倒し、一番に嬉しそうな顔を輝かせ、手を振った。
「ユレン〜! 来たで〜! なんかおもろい話、しようや〜!」
「こむちゃん……」
とても小さな声だったが、虚無子には聞こえた。
「ありがとう。来てくれて」
「当たり前やんか! アンタこそ最近どうしたん? なんや電話にも出てくれんかったやんか」
くるりと、体ごと、ユレンが振り向いた。
その顔は黒く、影そのものであった。




