平野ぺた、詩人になる
「やったー!」
ヒンニュー・イエローこと平野ぺたが休憩室で騒いでいる。
何かの雑誌を両手で振り上げて、いきなり一人ではしゃぎ出した。
ヒンニューグリーンこと千々梨マリアは仕方なく聞いてみた。
「どうしたの、ぺったん?」
いつも『ぺったん』と呼ばれると怒り出す平野ぺただが、今日はそう呼ばれても上機嫌のままだった。
「マリアさん! あたし、詩人になっちゃいました!」
「え。もしかして、四経新聞の『朝の詩』に掲載されたとか?」
「それどころじゃないですよっ!」
ぺたが手に持った雑誌のページを開いて、マリアにどーん!と見せつけた。
「あたし、初潮社の現代詩ノート賞で、大賞に選ばれちゃったんです!」
「……凄いの、それ?」
「凄いですよっ! 小説で言ったら芥川賞みたいなものですっ!」
正確にはそこまでは行かず、『新潮新人賞』みたいなもので、じゅうぶん凄いとは言えたが、大袈裟だった。マリアは真に受けた。
「凄いじゃない、ぺたちゃん! これからは貧乳戦隊兼貧乳詩人ね!」
「エヘヘ」
「で、どんな詩を書いたの?」
「恥ずかしいけど……見ます?」
平野ぺたが雑誌の開いていたページを見せると、『乳なきかなしみに』という詩が掲載されていた。作者名は『平野G杯』とある。
マリアは名前には敢えて突っ込まず、冒頭二行を読んだ。
この小さな胸に詰まってる
大きな母性をわかってよ
マリアは思わず、ぶわっと泣いてしまった。
マリアに詩のことはわからない。しかし素直なぺったんの悲しみがダイレクトに伝わってきて、泣いてしまったのだ。
少し離れたところに座り、ヨンガリアのクリームソーダの缶に入れたストローを唇で玩びながら、微風ユレンはつまらなそうにそれを見ていた。
今頃、虚無子はあの男の子と、遊園地にでも行っているのだろうか。
そう考えると、胸の奥に母性とはまったく違う何かが、蠢くのを感じる。
この小さな胸の奥にある、これは何だろう?
ここにいてそんなことを考えていると、なんだか自分がどんどん黒く、黒くなっていきそうだった。
「……わたし! ちょっと外に行って春風でも浴びてくる!」
そう言って部屋を出ていったが、イエローとグリーンには聞こえていなかった。
平野ぺたは得意顔で詩人らしいことばを並べていた。
「アンフィニ フィナンシェ シニフィエ シニフィアン」
「わーさすがに難しいことばっかり言う! 宇宙人語聞いてるみたい!」
千々梨マリアは詩人平野G杯のファン第一号になっていた。




