恋のはじまりは唐突で
貧乳ブルーこと微風ユレンは、小さな口でダルゴナコーヒーを上手に飲むと、わずかに口の周りについた泡をそっと舐め取った。
目の前では巨乳ブルーこと青野ヶ原虚無子が口の周りに派手に泡のひげを生やして、自分をナンパしてきたはずのチャラ男と楽しそうに会話している。
「おまえ、おもろいなー。おもろい女は俺、好っきやで」
「あんたはチャラいなー。でも、なんか嫌な感じせぇへんわ」
ユレンはチャラい男は苦手なはずだった。
しかし、今、なんだかくっつきかけている二人を見ていると、取り残された寂しさとともに、心の奥から羨ましさがモワモワと煙のように、湧き出てくるのだった。
『いいな……』
口に出してもどうせ虚無子にしか聞こえないのだが、ユレンは心の中で思った。
『いいな……、こむちゃん。男の子と、楽しそう……』
「よっしゃー! こむこちゃんの連絡先ゲットぉー」
「今度どっかに遊びに連れてってなー」
「あっ。ユレンちゃんも……」
チャラ男がこちらを振り向いた。
「連絡先、教えて?」
急に標準語に戻った。
「あのっ……。戦隊のルールで異性交友禁止されてますんで……っ!」
そう答えたが、聞こえなかったようだ。
「え? なんだって?」
虚無子が助け舟を出す。
「その娘、アイドルやってんねん。恋愛禁止や」
「わぁ! アイドル? 道理でかわいい〜って、思ったよん!」
「あ……、アイドルじゃ……ない」
虚無子がウィンクして、口の動きで『そういうことにしとき』と言う。
チャラ男はしつこくユレンの芸名、活動拠点などを聞いたが、すべて虚無子が「まだ売り出す前やからネットにも出てへんで」と、うまく誤魔化した。
「じゃ、こむこ〜。また遊びに誘うなっ!」
そう言いながら、手を振ってチャラやかに、江尻くんはカフェを出ていった。
虚無子も手を振り返しながら見送ると、二人きりに戻ってユレンと話をはじめる。
「やー! チャラい男嫌いや思っとったけど、あんな鬱陶しくない、イケてるチャラ男もおるねんな〜」
「こむちゃん……、ニセ京都弁、消えてるよ?」
「えーねん、えーねん。なんか今、素の自分をさらけ出したい気分やねん」
「ところで巨乳戦隊って、恋愛禁止じゃないの?」
「ウチらはテレビ局と契約しとった時から、むしろ恋愛は推奨されとったで」
「ほんとに!?」
「うん。『恋は乳を育てる』いうてな、田良子坂局長も『自分の好きを大事にしろ』言うとった」
「いいな……」
「玲子はんが立ち上げた『獏羽生プロダクション』も、方針は一緒やねん。『よく食べて、よく動いて、よく心にも栄養を』って言うてるわ」
「羨ましい……」
「貧乳はんたちって、ホンマに恋愛禁止なんやなぁ……」
「うん。そっちの逆……。『なるべく女性ホルモンを分泌するな』って」
「やめり! やめり! そないな鬱陶しいルールのある戦隊なんか。ウチに来たらええやん」
「び……、Bカップじゃ無理だよ」
「もうね、玲子さんが『巨乳縛り』やめてもええ言い出してんねん。そっちのメンバーみんなこっちに来ればええ」
「え……」
「10人で、おっぱい関係なしの『美少女戦隊』作ろうや。あ、少女やない人も若干名、おるけどな。アッハハ」
「……」
「な? みんなにも相談してみ? メンバー増えたら楽しゅうなるわ〜」
「……」
ユレンの心の中がざわついていた。
自分に声をかけて来たイケメンの男の子を、虚無子に横取りされたような気持ちがしていた。
虚無子は自分を助けてくれたのに、そののほほんとした柔和な顔つきが、裏で舌を出しているように感じてしまう。
二人は一緒に遊びに行くことを約束したという──
虚無子の誘いに、今はどうしても乗る気になれず、コーヒーを一口黙って飲むと、間を置いて、こう答えた。
「……考えさせて」




