恐怖の神、ナーナミ・イート
「やりにくいのう……」
漉王老師は広い部屋の冷蔵庫と流し台の隙間スペースでちんまりと膝を組み、呟いた。
「ヨメがおると自由に浮気もできんががが」
もちろん浮気といっても漉王老師はインドのイスラム教徒であり、一夫多妻が許されている。現に今のところ彼には四人のヨメがいた。
それでもヨメ達は嫉妬深いのであった。
「げん・ラーちゃんは可愛くポカポカ叩いて来るだけだから、いいのじゃが……」
漉王老師はそれを思い浮かべただけで顔が蒼くなり、小便をちびりそうになる。
「ナナ・ミイト……。あれはまるで悪魔じゃ」
部屋に吊るしたハンモックの中で、小動物のようにげん・ラーがすやすやと眠っている。
ハンモックが風もないのに揺れた。
その女性が、その脇を、40センチ離れて通っただけで。
「あなた」
ナナ・ミイトだ。優しい微笑みを浮かべている。
「今の呟き、全部聞こえていましたわよ」
「ぎゃあああああ」
漉王老師の顔が、驚きすぎたワンピ○スキャラのように、縦に長く伸び、鼻水が垂れた。
「や、やめてくれ! ナナ! お願いだから! 頼む! あっ……アレだけはやめて!」
「ウフフ……」
優美な微笑みを浮かべるナナの背中から、何かが生えた。
翼だ。それは炎を纏った翼だった。
恐怖の神ナーナミ・イートに変身したナナ・ミイトは、笑いながら、言った。
「不死鳥は歪んだ夫を救わない」
炎の翼が老師を襲う。
しかしさすがは老師。貧しさに犯罪に手を染める少年を何人も更生させ、プロレスラーとして育て上げて来たその手腕は伊達でない。
71歳とは思えぬ軽い身のこなしで、それを避けた。
老師にかわされた炎の翼が、ハンモックで寝ているげん・ラーのほうへ飛んで行く。
「あっ」
老師は思わず声を上げたがもう遅い。
炎の翼は一滴の血も流させることなく、げん・ラーの首を胴体から切り離し、バレーボールのように飛ばした。
「げん・ラァーーーッ!?」
「はーい?」
げん・ラーが大きな目を開き、碧い瞳をキラキラさせて答えた。
「なーにかな? ろくおー……、お? おおーーッ!?」
げん・ラーの頭は部屋の中空を舞いながら、ハンモックごと切り離された自分の胴体を見た。
「は、ハンモックが……! ワシのハンモックがあぁ〜〜!!」
激怒したげん・ラーの胴体が立ち上がる。
ハンモックを真っ二つにした犯人をすぐさま見つけると、指を差した。
「恐怖の不死鳥神ナーナミ・イート! 久しぶりじゃな!」
炎の翼をパタパタさせながら、ナナが微笑む。
「ふふっ。楽しい。げん・ラーちゃん、闘る?」
インドの恐怖の神が今、二体、目の前で対峙していた。
濾王老師はアッラーの神の怒りを鎮めるように、ただ祈り続けるしかなかった。
貧乳戦士達が、開いた扉から、その闘いを見つめていた。
「オヨメさん達、あたし達より強いんじゃね?」
「あれは世界を滅ぼせる力だ」
「……」




