インドからやって来た不思議な老師
「ホホッ?」
マーチエキュート神田万世橋のテラスから秋葉原の電飾を眺めながら、漉王老師は浮かれていた。
「インドと大して変わらんじゃんじゃん♪」
ボリウッドの国、マハラジャの国、偉大なるインドの、その山奥からやって来た彼は、生命力のかたまりであった。
御年70を越える老体は若木のようにピチピチで、踊ればマッハのスピードで腰が動く。
「ワシはラージャ(貴族)ではないが、レインボーじゃからな」
意味不明なことを呟くと、裏通りを選んで歩き出す。
「それにしても……、こう治安がよいと、つまらんのう」
暗い裏通りを歩いていても、襲いかかってくる貧乏な少年の気配すらないことに、退屈していた。
本国では、襲いかかってきた少年を返り討ちにして、説教をしてから、彼をレスリングの道へと導いてやるのが漉王老師の趣味だった。
「しかし……、綺麗なねーちゃんは、しっかりたっぷり、歩いておるの」
若い女性とすれ違うたび、鼻の下を伸ばす。
「普段チッパイちゃん達に囲まれておると、たまに見るデカパイちゃんは、いいものじゃのう……」
たまらずナンパすることにした。
好みドンピシャの二人連れに積極的に声をかけにいった。
「ねーちゃん、ねーちゃん」
「うわっ……。びっくりしたぁ……。仙人様かと思った(笑)」
「なに? どうしたの、おじいちゃん。道に迷っちゃった? 東京は迷路みたいなもんだから、大変だねぇ」
ここで漉王老師が必殺の求愛の歌を歌う。
「奇味熨斗利己珠糠零」
「えっ?」
「えっ? 何て言ったの?」
「フフフ……」
漉王老師は繰り返した。今度はルビつきで。
「奇味熨斗利己珠糠零」
「は?」
「は?」
「きみのしりこだまぬかせろ、じゃ」
ドヤ顔をする漉王老師。
「カッパだ!」
「カッパだ、このおじいちゃん!」
意外にウケたようで、好みのデカパイ美女二人は、漉王老師についてネオン輝くほうへと共に歩いて行った。
「ウフッ。楽しかったわい」
美女二人とたくさん遊び、LINE交換もした漉王老師は、ホクホクの体で深夜の新宿を歩いていた。
「そろそろおウチへ帰らんとのう……」
彼は一番暗い裏通りを選んで歩く習慣があった。
もちろん襲いかかってくる貧乏な少年を返り討ちにしてレスラーにしてやるためだ。
「ムッ……?」
後ろからヒタヒタと忍び寄ってくる気配に、漉王老師が歓喜する。
「きたか……! 少年!」
振り返ると、ピカチュウのTシャツを着、黒縁メガネをかけた13歳ぐらいの少年が、手を伸ばして自分に襲いかかってくるのを見た。
「ダンガル!」
掛け声とともにレスリングの技で少年をアスファルトの上にねじ伏せる老師。
あまりの痛みに身をよじって泣き喚く少年。
「少年よ! もて余すその生命力を、我の元でレスリングに活かせっ! ダンガル! ダンガル! きっとうまくいく」
少年はソシャゲの課金のしすぎでお金欲しさに漉王老師を襲ったのだった。
あまりの弱さと素質のなさに、本国インドに連れて帰ってレスラーにしてやることは叶わなかった。
漉王老師はその後すぐに過剰防衛及び傷害罪で逮捕され、熱原プロデューサーが保釈金を払うまで、地下の拘留施設に監禁されることになった。




