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新番組『貧乳戦隊おっぱいナインジャーZ』

こちらも過去に投稿した短編のコピーです。

 インドの山奥にはわりと何もなかった。

 ここへ来れば漉王ろくおうという怪しげな老人がいて、スーパーな能力を授けてくれると聞いて来たのに。


 私はπTVのプロデューサーを降ろされ、自分から局を辞めた。今は無職だ。

 早く新しいスーパー戦隊番組を立ち上げて、πTVの小煩かった上部のやつらを見返してやらないといけないというのに。


「何もないところですね」

 一緒について来ていた千々梨(ちちなし)優美ゆみが、そう言った。

「あたし……栄養袋が小さいから、スタミナないんですよ……。疲れちゃった。ちょっと休みませんか?」


「ああ、そうしよう」


 私たちはそこにあった岩の上に腰を下ろし、リュックの中身を広げた。

 水筒の水が残り少ない。大切に飲まねば。

 聞き慣れない声で、ギャアギャアと鳥が鳴いている。まるで地獄の魔王が全身を焼かれた時に上げる断末魔のような声だ。

 千々梨(ちちなし)くんはポテチを小さな口で噛りながら、不安そうに辺りを見回すと、私に言う。

「遠いところまで来ちゃいましたね……、熱原さん。本当にこんなところに凄い老人がいるんですか?」


「わからない。ただの伝説で、実在はしないのかもしれない」

 私は塩飴を口の中で転がしながら、彼女を安心させるように、言った。

「しかし実在するなら、その人の力は我々にとって大きな意味を持つ。何しろ我々は、何もないところから新番組だけにとどまらず、テレビ局を立ち上げようとしているのだからな」


「テレビ局ごとって、無茶じゃないですか?」


「だからこそ、ここへ来たのだ。我々の新番組は既存のテレビ局ではリスクを恐れて作らせてもらえん。インドの山奥に住むという老人のハチャメチャパワーが何としても必要なのだ」


 私の言葉を聞いて、千々梨(ちちなし)の顔に正義を貫く戦士の情熱が戻って来た。


「急ぎましょう、熱原さん! 日本で仲間たちが待っている!」


 私が制作しようとしている新番組は、タイトルを『貧乳戦隊おっぱいナインジャーZ』という。

『巨乳こそ正義』という、世間にはびこる間違った固定概念を覆し、代わりに貧乳の素晴らしさを知らしめようという、反骨精神に満ちた番組になるはずだ。既存のテレビ局ではこんなリスクを伴う恐ろしい番組はとても作れないだろう。

 そのためのメンバーはもう集めてある。皆A〜Cカップの素晴らしき貧乳戦士たちだ。ここでCカップは貧乳ではないなどという反論は認めない。我々の敵であるDカップ超えの猛者どもに比べてみるがいい。それは間違いなくかわいく、つまりは貧乳に見えるはずだ。


 私と一緒にπTVを辞めた一風いっぷう部長には日本に残ってもらい、大役をお願いしてある。新しい我々のテレビ局の局名を考えてもらっているのだ。さて、どんな素晴らしいセンスの局名を考えてくれるか……楽しみだ。


 樹の上で鳥が「アホー、アホー」と鳴いた。インドにもカラスがいるようだ。


 いや……、違う。


「危ない! 千々梨(ちちなし)くん!」

 私は咄嗟に彼女に抱きつき、かばった。


 ざざざーっ!


 樹の上から何かが私たちを襲って来た。


 千々梨(ちちなし)くんは私に襲われたものと勘違いして私のみぞおちにボディーブローを入れると、すぐにそれに気がつき、上を仰いだ。


「ヒーッヒッヒッヒ!」


「何者ッ!?」


 猿のように笑いながら急降下してくるそいつに、合わせた掌から『貧乳聖撃波』を放つ千々梨(ちちなし)くん。しかし、そいつは片手でその攻撃を脇へ弾き退けた。


「何ッ!?」

 たじろぐ千々梨(ちちなし)


「ホホーッ!」

 奇声を上げる何者か。


 ガシイッ!


 みぞおちの苦しみを抑え、私が顔を上げると、千々梨(ちちなし)くんとそいつが組み合っているのを見た。まるで浮浪者のような、白い長髪に白く長いヒゲの老人だった。


「ヒヒーッ! あんた、なんちゅう貧乳じゃじゃじゃ!」

 そいつは千々梨(ちちなし)くんの胸を両手で掴んで立っていた。

インド(淫土)で修行した儂が、そなたの貧乳を巨乳にして進ぜよう!」


「くっ……!」

 千々梨(ちちなし)くんの顔が青ざめている。


 スーパー戦隊の力を持つ彼女を引かせるほどの変態ジジイ……。まさか……この老人が、漉王ろくおう


 いや、どう見ても耄碌した浮浪者ジジイだ。漉王ろくおうと言うよりは碌翁ろくおうと言った感じだ。


「カーーーッ!」

 老人が掴んだ千々梨(ちちなし)くんの乳にパワーを注入するように、叫んだ。

「……ペッ」

 痰を吐いただけだった。……汚ねぇ……。


「待ってください!」

 私は横から老人を止めに入った。

「その娘を巨乳になどされては困ります! 彼女はその貧乳に誇りを持っているんだ!」


「ほう?」

 老人が私のほうを見て、彼女の胸から手を離した。

「それは善きこと哉」


 良かった。私はほっとした。千々梨(ちちなし)千々有(ちちあり)にされてしまうところだった。


「なんで止めるんですか、熱原さん!」

 千々梨(ちちなし)が怒り出した。

「巨乳になれるチャンスだったのに!」


 老人が彼女をなだめる。

「己の持ち物に誇りを持つのは素晴らしいことじゃ。牝丹生ひんにゅう犯罪ばんざい。」


「私は熱原哲司ねつはらてつじと申します。日本から来ました。テレビ局プロデューサーです」

 私はπTV時代の名刺を渡すと、聞いた。

「失礼ですが、もしかして、あなたが噂の漉王ろくおう様でしょうか?」


碌翁ろくおうでいーよ。だってワシ、本当に耄碌ジジイじゃもん。わっはっは」


 凄い余裕だ。


 この人は本物の超人だと感じた。




「なるほどのう……」

 漉王ろくおうは私の話を聞くと、うなずいた。

「世の中の常識に逆らった新たなスーパー戦隊モノ番組を作るため、テレビ局から起こそうと……。そのためワシのパワーを授かりに参ったか」


 話がすぐに通じて助かった。


「お願いです、漉王ろくおう様! 私たちにお力をお与えください!」

 地面に手をつき、私はお願いをする。

「世の中には極少数ながらも貧乳を愛する者もおります! 彼らのためにも、貧乳に天下を取らせては頂けませんか!」


 しばらく考えてから、漉王ろくおうは厳かに言った。

「でっかいおっぱいには、でっかい夢が詰まっておる」


「えっ?」


「……では、ちっちゃい胸には何が詰まっておるんじゃ?」


「そ、それは……」


「この問いに、ワシの満足行く答えを出せたなら、力を貸そう」


 なんだろう……。確かにでっかい胸にはでっかい夢が詰まっている。では、ちっちゃい胸には……? 脂肪もそれほど詰まってはなさそうだ。夢も……ちっちゃそうだ。何が……詰まっているのか……。


 私が答えに窮していると、千々梨(ちちなし)が横から即答した。


「『恥じらい』です!」

 真剣な顔で、泣きそうになりながら、そう言った。

「巨乳には巨乳の苦しみがあるでしょう。しかし、それでも彼女らはそれを見せびらかしたいはずです! でも、私は違います! 必死でそこを隠します! そこには恥じらいが詰まっているからです! どうですか!?」


 漉王ろくおうが雷に撃たれたような顔をしていた。


「ご……、合格じゃ……!」

 震える声で漉王ろくおうが親指を立てて『いいね』した。

「完璧じゃ! ない胸を押さえ、恥じらう乙女の姿ががが! ……見えたぞいっ! 素晴らしきエロスがそこに!」


 千々梨(ちちなし)が嬉しそうに笑う。


 私も感動して、笑った。


 漉王ろくおうが申し訳なさそうに言う。

「でも、ワシ、じつは、新しいテレビ局を立ち上げるパワーなんてないんだ。ゴメンね」





 私たちは日本に帰った。


 空港には貧乳戦隊おっぱいナインジャーZのメンバーと一風いっぷう部長が迎えに来てくれていた。


「熱原くん、お帰り!」

 一風いっぷう部長が嬉しそうに言う。

「新しいテレビ局の名前は考えたぞ! 2つ案があるんだが、『(;´Д`)ハァハァTV』と『MMSTV』と、どっちがいいと思う? ちなみにMMSとは『見たい、揉みたい、吸い付きたい』の略だ!」


「みんな……」

 私は明るい笑顔をみんなに見せた。

「『恥じらいTV』だ」


「えっ?」

 みんなが意味のわからなそうな顔を私に向けた。


「インドへ行って、パワーは貰えなかったが、それ以上に得たものがあった」

 私は説明した。

「我々の原動力は『恥じらい』! これのないエロスなどエロスではなかったのだ! 恥じらいパワーで天下を取るぞ!」


「お……」

「お〜……」


 なんか元気のない返事だったが、それでいい。


 我々は肉食に対する草食。EDMに対するカフェミュージック。自分で言っといてよく意味はわからないが、そんなものなのだ。


 無修正のエロ動画が世にはびこり、素人が平気でそれを見せびらかす現代に、我々は恥じらいをもたらすのだ。


 貧乳、万歳!


 貧乳で何が悪い!


 いや、悪いという後ろめたさがあるからこそ、我々は恥じらうのだ!


 何が言いたいのかは自分でもよくわからんが、新番組『貧乳戦隊おっぱいナインジャーZ』始動の時だ!





 3ヶ月後、新たなテレビ局の立ち上げは頓挫し、新番組は撮影すら開始できなかった。


 自信のなさそうな私たちに世間は冷たかった。完全に舐められた。


 貧乳の夜明けは遠い。


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もう銀色の道で替え歌を作りたくなるな。寂しい侘しい寒々しい。だが、彼女は「しい」ではなくAなのだ!
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