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体育祭

 中学もそうだったが、学校生活というのは色々な催しがあるもので、その一つが体育祭である。

 運動部を抜けた身としては、めんどうなイベントだという気持ちしかない。炎天下のグラウンドで、生徒も先生もあんまりやりたくない準備期間を経て、あんまりやりたくない競技に挑み、保護者に頑張る姿を見せる。運動部のみんなが張り切っているのなら教育的にやる価値もあると思うが、どうも、そこまで彼らも乗り気ではない。なんのためにやるんだか。

 とまあ、どうしてもネガティブな感想を浮かべてしまうが、このままあまりだらだらやっていると、本当に1ミリも楽しくなくなる。学生らしく想い出作りに邁進する気持ちでいよう。


 体育祭は、全クラス対抗の競争だ。数ある競技種目に対して、クラスから誰かを出場させる形式。一生徒は必ず、クラス対抗リレー以外のどれかの競技に出なければならないようになっている。

 僕はうまいこと、労力の少なそうな競技を選ぶことができた。障害物競走リレー、の中に含まれている、『ぐるぐるバット』である。額を押し当てたバットを軸にしてその場でグルグル回り、目が回った状態で数十メートル走る。おわり。

 ちょうどさっき、それをやってきた。派手に転んで恥をかき、砂埃にまみれてしまったが、これはこれで、頑張った感が出ているので良かったのではないかと思っている。クラスのテント下に引っ込んだときも、級友たちから一笑いもらえたし。


 さて。テントの応援席からグラウンドに目を向けると、次の種目は『借り物競争』のようだ。定番だな。

 うちからは誰が出るのかというと……、応援席の級友たちが目を見張るように前へ前へと出ている様子からわかるように、

 長峰さんだ。

 あの女の身体能力をこんな盛り上がりだけの競技で消費するなんて戦略的にどうなんだ? と思ったのだが、これも彼らの意向である。競技決めのときに、「学校のアイドルだからこそ、ここで長峰悠希を切る――。」というエンタメを求める空気になり、長峰さんはそれを了承したのだった。

 一応クラスメイトなので応援しよう。級友たちの頭の間から、彼女の姿を探してみる。

 いた。

 長い髪を一本結びにまとめ、ハチマキをして、体操服の袖を肩までまくっていた。胸でっか、という声が聞こえ、思わず深々と首肯した。

 いつもの、座学中の、深窓の令嬢キャラとはまた違った活発なイメージで、女子の体育の様子など見たことがない男子たちが沸いている。

 本当はユウキくん、体育が一番好きなんだけどな。今でも、クラス対抗のスポーツ大会とかを本気でやるタイプらしく、借り物競争(本人曰く、“お遊び”)に担ぎ出されたことに、ひそかに文句を言っていた。


 周囲の声が静まる。借り物競争がスタートするらしい。

 パン、と乾いた発砲音のあとに、わっ、という歓声。放送部員の棒読みの盛り上げ実況。

 注目の長峰さんは、スタートとゴールの真ん中にある、借り物のくじを引くボックスの位置に、一番に到達していた。手を抜くつもりはないらしい。

 戦いの舞台はけっこうこのテントから近い。せっかくなので、新調したコンタクトレンズの圧倒的アイサイトパワーで、その表情に注目してみる。

 お題の書かれた紙きれを広げた、長峰悠希は――、

 眉をひそめた、機嫌のよくないときの顔をしていた。

 それはほんの一瞬のことで、すぐに表情は真顔を取り繕ったものの。長峰さんはその場に留まり、何かを考え込むように腕を胸の下で組んだ。ある部位が強調され、我々はワッと沸いた。

 でも、どうしたんだろう。彼女が立ち止まっている間に、他の生徒たちがぱたぱたと会場に散っていく。そんな悩むようなお題をつかまされたのか。

 そしていよいよ、他の競技者たちが各々借り物を入手してくる。と、いうときに。

 長峰さんは身体の向きを変え、こっちのテントを見た。

 どん、という効果音がついていそうなスタートダッシュから、おそろしい勢いでこちらへ向かってきている。わぁっ長峰さんがこっちに来た、と盛り上がるはずの応援席は、スピードが凄まじすぎてなんか引いた感じになり、どよめいていた。


「道開けてッ」


 応援席、男子の一団へとやってきた長峰さんがぴしゃりと叫ぶ。我々は訓練された兵隊のように、二列に分かれて整列した。その間を彼女はどしどし歩いていく。


「来て」


 そして、ぎり、と花山薫ぐらいの握力で僕の腕をつかんだ。痛ッッッ


「来て、野原くん」

「えっ、ちょっ、お題なんスか」

「いいから来い……」


 そのまま腕を引かれ、耳元で低い声で呟かれる。怖。

 行ってきます、と長峰さんはクラスメイトたちに爽やかな声で言い、僕はみんなに見送られた。友人の金田くんや佐藤くんと目が合ったのだが、このときは荷物という無機物を見る目だった。

 そして、疾駆。凄まじいスピードで戻ろうとする長峰さんに腕を掴まれているので、肩がとれるかと思った。応援席からゴールへ向かうまでの間のうち、一瞬、僕は浮いていたのではないだろうか。

 その甲斐もあり、どうやら長峰悠希は、逆転の一着を手にしたようだった。ゴールにいた判定員の生徒に、お題の書かれた紙を見せている。

 ゼエハアしつつ肩をマッサージしつつ、その様子に目と耳を傾ける。何が書かれていたんだろう。

 ……判定員の女生徒が、僕を見て微妙な顔をしている。どうやら、審議が起きているらしい。


「悠希~、ほんとにそいつ……んんっ。えーっと、野原くん? で、いいの? 一応噂は聞いてるけど」

「何か問題でも? 平川さん」

「いやぁ……まあ……あ、ないです。はい。あんたがそういうなら、はい。じゃあ、その紙回収で――」

「………」

「あ、うん。はい、あげます」


 長峰さんは友人らしい女生徒をなんか黙らせ、一着の旗を手中に収めていた。

 いったいなんだったんだ。自分の競技は終わったのに、疲れた。しばらく息を整え、僕は長峰さんに声をかける。


「長峰さん、お題はなんだったの?」

「ん? ああ……」


 しっかりと握っていたのか、くしゃくしゃになった紙を、彼女はしばし、改めて眺めていた。

 そして、いつもの、清らかで印象の良い、よそ向けの笑顔をつくって言った。


「……『オタク』、ですよ。あってるでしょ? 野原くん」

「なにっ」


 くっ、なんだそれ。悪意ある実行委員の仕業か。

 オタク、っていろいろニュアンスがあるけど、この場合絶対わるい意味だと思う。全生徒憧れの誰からも好かれる優し~い長峰さんに、笑顔で罵倒された形になる。それはそれでご褒美とも考えられるが……。


「ムヌグググ……はぁ。ちょっと見せてー」


 ユウキくんに手を差しだす。特別見せてもらいたい理由は無いが、そうだな。そんなお題を入れやがったやつの筆跡でも拝んでおこう。

 ………。

 笑顔を保ったまま、渡してくれない。

 すっと手を伸ばす。

 ふい、とかわされる。もう一度。かわされる。

 なんやねん。


「しつこいな……」


 ぼそ、と低い声が聞こえた。いや見せてくれるぐらいいいじゃん。


「………。これは、だーめ」


 あ、と声が出る。どうしてか、よほど見せたくなかったようで――、

 長峰さんは、なんと、紙をびりびりに破いてしまった。

 そしてそのまま細切れの紙片を手のひらに乗せ、ふっ、と息で吹き飛ばした。

 ……紙吹雪は風に乗って遠くへ舞う。その景色を、彼女は切なげな笑顔で見送っていた。顔が良いので、それはまるで、雪の妖精のようにも、あるいは映画のワンシーンにも見えた。

 他の生徒も見惚れていた。


 いや、でもよく考えたらそれ、ゴミを校内に散らしただけだからね。


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