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家でゲーム

 ゲームショップからの帰り道。いつもうきうきして早足になってしまうものだけど、今日は、そうはしなかった。

 隣を女の子が歩いているからだ。

 通算50人目の告白者を断った帰り道。宣言通り彼女は、僕と一緒にゲームソフトを買いに行って、そのまま、家路にまでついてきた。傍から見れば、学生の放課後デート、といえなくもない。かもしれない。


「いやあ、ゲーム……テレビゲームかあー。久しぶりだなぁ。今の父親は金あるけど、そういうのやらせてくれないんだわ」


 ユウキくんは昔から自分の家に誰かを招くことはなく、人の家のゲームや漫画を楽しんでいた。それを思い出す。けれど今の口ぶりからして、女の子になってからは、その娯楽からも離れてしまっているようだ。

 それと、“今の父親”、と言った。もしかすると、ユウキくんが長峰さんを作り上げたのには、家庭の事情とか関係あるのかもしれない。

 まあ、そこまで踏み込むつもりはない。せっかく今は楽しそうな顔をしているんだし。


 やがて、家に辿り着く。小学生のとき住んでいた場所からは引っ越したので、ユウキくんは新鮮そうな顔で門扉を眺めていた。

 ん。そういえば、偽物の恋人になってから、家に上げるのは初めてだ。

 人生で最初に家に案内する彼女が、ユウキくん……。


「ハァ」

「あ? 何」

「いえ、なにも」


 ドアの取っ手を引く。鍵は開いていた。たぶん、妹が帰っているな。


「ただいま」

「……おー! 全然違うけど、なんか雰囲気変わってないかも」

「あっ妹いるよ」

「うふふ。お邪魔しますね」


 女子の靴が玄関にあるのを示すと、ユウキくんはスッといつものキャラを固めた。

 ユウキくんは僕とふたりでいるときはいつも、コミック版でベジータが狼狽えたり力んだりしているときの不穏な効果背景を発しているのだが、長峰さんになると少女漫画の花とかになる。


「ん、おかえ……り……」


 リビングまでいくと、ソファでだらだらくつろいでいた妹の表情が、いつもの兄に関心のないそれから変わっていく。

 いや、兄に関心がないのはそのままだが、兄が連れてきた人物に目を奪われているようだ。


「すっげ美人……え、誰? ですか?」

「この人は、」

「野原くん……心悟(シンゴ)くんの彼女です」

「カノジョ?」

「はいっ」

「カノジョってなんだ?」


 キャパシティを超えた事態に、妹は、彼女という単語の意味を一時的に喪失してしまったようだった。それほど今のユウキくんは、外面がいい。

 けれどお前もユウキくんとは会っているんだよ、昔……。

 ぼうっと虚空を見つめだす妹の肩を揺らし、現世に立ち戻らせる。


「ミツキ、一生のお願いがあるんだけど」

「なんスか」

「ふたりっきりで過ごしたくてさ。……時間つぶしてきてくれない?」

「はぁ~? ふざけんなって。ていうか嘘だよね、あれが彼女て。ドッキリ?」

「これでどうか……」


 財布からゲームのおつり、3000円を取り出し、握らせる。あまりに痛すぎる出費だが、背に腹は代えられない。


「フッ。なるほど……本気、ってワケ。いいぜ……あたしもちょうど散歩したい気分だったんでね……たまたまね……」


 すべてを悟ったような表情をする妹。たぶん何もわかっていないし何も考えていないが、とりあえずお金を見て従っただけだと思う。


「7時半に帰るわ。ごゆっくり~」


 妹は出かける支度を急いでくれて、やがて玄関から外へ旅立っていった。にこやかに手を振り合う女の子たち。たぶん妹の方は、長峰さんを妖精か幻覚のたぐいだと思っている。

 ばたん、とドアが閉まる。それを見届けると、長峰さんのにこやかだった表情が、みるみる訝しげなものになっていった。


「おいおい。わざわざふたりきりにって、まさか襲おうっての? オレが可愛すぎてたまらなくなるのは理解できるが、死ぬ覚悟はできているのかな?」

「い、いや。妹がいたら、きみが気をつかうかなって思って」


 ぼくの部屋に入って扉を閉めたって、薄い壁の向こう、同じ屋根の下に妹がいたら、たぶん長峰さんは長峰さんのまま、本性を出さないだろう。

 久しぶりに遊ぶんだし、のびのびやってくれたらいい。


「……ふーん。お気遣いどうも」


 つんとした表情で、彼女は言った。

 部屋に案内する。

 ドアを開けて、どうぞ、とエスコートすると、どうも、と楚々とした態度で彼女は入室していった。


「おーっ! 裕福な家庭のしゃらくさい子供部屋」


 そして大声を出す。

 見た目が裕福な家庭のお嬢様に見える人に、そんなことを言われるとは……。

 長峰さんは、みんなの前では両手で可愛らしく持ち運んでいる学生カバンを、適当に放り投げ、そして遠慮も断りもなく人のベッドに座った。一応そこに座ると、ちょうどゲームに使うモニターが見えるようになっている。僕は、勉強机の椅子を使おうかな。


「引っ越してるはずなのに、なんか、雰囲気は変わってない。初めて入るのに懐かし~ってなった」

「そうかな」


 適当な会話をしながら、モニターの元へ向かい、ごそごそと新作ゲームをやる準備をする。ちら、と後ろを見ると、長峰さんはぱたぱたと無邪気に脚をうごかしていた。

 見た目は綺麗な同級生なので、ギャップがあった。内面は小学生から成長していないのだろうか。いや、そういうわけではないとは思うんだけど。

 そしてあともう少しでスカートの中が見えそう。

 そう思っていると、枕が飛んできた。


「そういう視線って、わからんと思う?」

「すいませんでした」


 じゃあぱたぱたするなよ、と思った。口にはしないけども。


 買った新作は対戦ゲームだった。昔から友達と家で遊ぶならこれが定番、という大ヒットシリーズの最新作だった。

 なので、オレからやらせろ、というガキ大将の論理はそもそも通用しない。残念だったな、ユウキくん。

 懐かしい、なんて言い合いながら好きなキャラを選んで、CPUを交えて何度も乱闘バトルを繰り返していく。

 この新作自体は当然、お互い今日が初めてプレイするので、プレイスキルに差はない……、

 というわけでは、なかった。


「なんだよ、遠慮してんの?」


 ユウキくんは、テレビゲームは久しぶりだと言っていたのは本当のようで、へったくそだった。まあ小学生の頃からへたくそだったのだが。

 それである程度遊んだら、接待プレイを意識した。何を隠そう僕は小学生の時点でこの、妹やユウキくんに自分の勝ちを譲れる寛容さに到達していたのだ。素晴らしい人間性だと思う。

 しかしこの接待プレイが、なぜか見抜かれてしまったようだ。


「お前、昔はもっとゲームでこっちをボコボコにして、人を小馬鹿にしてきただろうが。クソ陰キャがよ」


 なに? そんなわけがない。僕はユウキくんと違って、素直で品行方正な小学生だったはずだ。まったく何を言っているんだ。

 そんなに負けたいのなら仕方がない、ちょっともんでやるか。


「うぇーい」

「あー!!」


 頭上に▽ゆうきと書かれたキャラが吹っ飛ぶ。


「よわいねぇ」

「ぬうううっ! こっち座れお前!」


 ベッドの前に座ることを要求される。怖……。蹴られるには良い位置だ。恐怖でプレイが鈍るかもしれない。

 だが、対戦ゲームはユウキくんをわからせることのできる貴重な機会。もう勝ちは譲らねえ。

 次の対戦が始まる。

 CPUを脱落させ、タイマンになる。僕のキャラが、▽ゆうきを順調に追い詰めていった。

 しかし……、


「うぇーい!!」

「!?」


 突然、両肩に何かが乗っかった。白くて、ずっしり重たくて、長い。あともっちりやわらかい。それに顔を思い切り挟まれる。もげげ。

 これ……ちょっと待って……長峰さんの……。

 ふともも。

 頬を締め付けるものの感触に集中力を割かれ、僕のキャラは一回死んだ。


「ヒャッハァ~~!」


 やかましい奇声がとどろく。

 こ、こいつ……。

 次は負けない。決意を新たに、▽ゆうきに突貫を仕掛け、


「重りのハンデ」

「!?」


 頭に何か、あたたかくやわらかく巨大なものを乗せられる。首が痛てえ。いい匂いする。

 すべての集中力を頭頂部に傾けている間に、僕は負けていた。

 満足そうな声とともに、熱が離れていく。


「はい~勝ち~」

「それでいいのか……」

「いーでーす。おまえみたいなオタクほどゲーム練習できねーんでーす。妨害ありで対等ですから。このドスケベが」


 なんだと……。こいつ、美少女なのをいいことに……!


「何不満そうな顔してんだよ。お? いいかね、学校の男子の誰も味わえない最上級の幸福を、キミは体験したのだ」

「それはそう」



「あー、楽しかった!」


 日が暮れてしまったので、健全な学生としてはもう家に帰る時間。

 楽しかった、といったユウキくんの顔は、本当に、楽しそうだった。

 学校の誰も見たことのない、笑顔だった。


「送っていこうか」

「いいよ、近くに迎え呼んだ」


 とのことなので、玄関で、靴を履く長峰さんを見送る。

 迎えに来てくれる人なんているのか。今のユウキくん……長峰さんには。


「さて。じゃ、また明日! 彼氏の心悟くんっ」


 そういえば彼氏彼女だった。本当だったら、高校生のカップルがどっちかの家に家族がいない時間に入ったら……くぅっ。

 アニメのキャラのような、媚びた声とポーズをつくって、長峰さんはアイドル的なウインクをした。

 うーん。ゲームして遊んでみた以上、中身がユウキくんだという印象を引きずっているので、正直萎えた。むしろ憎たらしい。普段のキャラともあってないし。


「うわキモ」

「はい死ね~」


 思わず本音を漏らすと、肩パンをしてきた。

 痛っっった!! 正確に痛いツボに入った。お嬢様はこんな肩パンしない。もっとお淑やかな肩パンになるはずだ。


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