表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

エイプリルフール

 せっかく家に遊びに来てくれたので、今日はユウキくんをいじめようと思う。


 これは、いじめられっぱなしでは友達として成立しないと思うので、バランスをとるために反抗していこうという定期的な試みだ。

 といっても暴力という分野では到底こやつには敵わないし、そもそも僕は人相手に拳を握ったこともないので、物理攻撃いじめではない。

 ささやかな嫌がらせや、嫌味を言うなどして、ネチネチ追い込めたらいいなと思う。ちょうどエイプリルフールだし、なんか嘘つくか。

 ……「ユウキくんがよく行ってた繁華街のスイーツ屋、3月で潰れたらしいよ。」これだ。


「重大発表があるんだ」


 と。僕ではなく、すぐとなりで腰を下ろしてゲームのコントローラーを握っていたユウキくんが、真面目くさった声色で言った。


「実は……彼女ができたんだ。悪いな、お前は童貞なのにオレだけ……」

「へえー」


 ちなみに、今彼女がやっているのは一人用のゲームだ。起動するなり、僕が頑張ってレベル上げといたセーブデータを躊躇なく選び、勝手に先へ進めていた。

 ていうか、おい。童貞なのは、中学にはもう女の子になっていたというユウキくんも同じでは?

 このタイミングで突然そんなことを言うってのは、当然これは嘘だろう。先を越された形になる。

 しかし、彼女ができた、か。突拍子もない内容、というわけでもない微妙な加減だから「ウソか? 本当か?」という疑心暗鬼をわずかに引き起こす、という効果はあるな。ユウキくんはオラオラ系男子だし、長峰さんの容姿は女子からも人気なので、本気を出せば彼女をつくるというのは可能なのでは、と思う。百合アニメの見すぎだろうか?


「それでお前とは、もうこうやって遊べないかもしれん。ごめんなさいっ、野原くん」

「ふーん。謝らなくてもいいと思うけどね」

「またまたー。強がっちゃって。寂しいだろ? ん?」


 とん、と肩をぶつけてくる。長峰さんの髪のいい匂いがしたが、気にしないようにして画面を見続ける。声の調子からして、たいそうウザい顔をしているに違いない。

 しかし、彼女ができた、ねえ。ちょっと乗っかってみるか。


「いや、ちょうどよかった」

「なにが」

「実は僕も真の彼女ができたよ」

「へ?」


 ユウキくんの操作キャラが死んだ。あ~、へったくそだなあ。


「……へー。そりゃすごい。感心しちゃう」

「エイプリルフールだからと思ってるでしょ」

「いやあ? 信じるよ? ただ、もし嘘だったら……んー……ラーメンにしようかな。リーズナブルでお前も安心だろ」

「もう奢られる気でいる」


 僕の金銭感覚では、ラーメン屋のラーメンは別にリーズナブルではない。高い。マジで。

 ともかく。

 茶化さない声色と表情を心掛け、となりの少女との会話を続ける。


「4月1日に言うのは、自分でもどうかとは思うんだけど、いまに報告しようと思ってたんだ。やっぱ嘘だと思われちゃうか……」

「いやーそんなことないよ。試しに、どんな女の子なのか言ってみなさいよ」


 くっ。そう来るか。なるほど、架空の彼女について話すのは恥ずかしい。後でそれをネタにからかわれるかもしれないし。

 もう降参するか? いや、まだだ。


「まあ、ユウキくんみたいに横暴ではなくて。オタクに優しくて。大人しくて控えめで清楚で、笑顔が儚げで、あと、食事は割り勘」

「ふーん? それはすごぉい」


 画面内のユウキくんの分身が、ばしゅばしゅと敵キャラ相手に無双している。僕がレベルあげたんだがな!


「じゃあ、その存在しない女子の名前を聞かせてもらおうかな。ま、同級生にお前のこと好きな子なんてひとりも……ふふふん」


 なんでこいつは同級生に僕を好きな子がいないことを確信してんだ。いるかもしれないだろうが。まさかひとりひとりに確かめたわけでもあるまいし。賭けろよ、ゼロではない可能性に。

 くそ。ええと、同級生以外で、誰か仲良い女子、仲良い女子……。

 そうだ。

 すまん、ちょっとやってることがキモいけども、名前を借りることを許してください。


「深山さんっていうんだけど。図書委員の後輩」


 無双していたゲームの主人公が、ウッとのけぞった。ダメージを受けたのだ。はい~油断するから~。


「みやま……? 後輩……?」

「さっきも言ったけど、大人しい子でさ。身長とか小さくてかわいくて、何より優しいんだよね。趣味も合うし。理想の彼女かもしれない」

「あ、そう。理想の」


 別に深山さんをそういう目で見たことはないが、いやなくはないが、ともかく人となりに関しては嘘ではない。理想の彼女、とまでは別に思ってないが。

 なんかユウキくんから追及が来ない。よし! この流れで、ちくちく言葉を吐く!


「まあそういうわけだから、明日から家に来ないでほしいっていうか。あ、学校で話しかけるのも控えてほしいな」

「……は? なんで」

「彼女より目立つ感じの女の子と一緒にいたらダメでしょ。それに、真のカノジョともっとふたりっきりで過ごしたいし? 申し訳ないんだけど、偽装彼氏はお役御免で」


 なりてぇよなあ僕も、女の子と、家とかイベントスポットで、ふたりきりになあ。この貴重な青春時代になあ。


「……友達、なのに?」

「ん〜。向こうからしたら長峰さんは女の子だからねぇ。ごめんね」


 画面の中の主人公が、アアァーー! という情けない悲鳴をあげて死んだ。

 ウッウ~、長峰悠希といえども、まだまだゲームは他分野のように超人級とはいかないらしい。ゲームオーバーになったら交代制なので、次は僕の番だ。

 ……操作がないらしく、画面がゲームオーバー演出のまま止まっている。コントローラーを奪い取ってやるぜという気持ちで、となりのユウキくんの方を見た。


「えっ」


 膝の上でコントローラーを握りしめる手に、ぽたぽたと落ちるもの。

 長峰悠希は。

 唇を真一文字にして、声も出さずに。ぽろぽろと、目から体液を分泌していた。


 えっえっえっ。嘘。これ嘘、エイプリルフールのドッキリ?

 ユウキくん、泣いて……? これほんとのやつ?

 は、初めて見た。いじめっ子の泣き顔。

 僕が泣かしたってのか? あのユウキくんを? まさかだろ。この人、大人に怒られたときのウソ泣きとか得意だったし……でも……うっ。心が痛い。顔が良い女の子が至近距離で泣いている。

 ……いやでも、なんだ?

 この……ゾクゾク感は。これがいじめっ子側の見る世界だというのか? だとしたら僕は……


「……ウ、ウッソ〜! 僕にできるわけないでしょ、彼女なんて。すいませんッス、くだらん嘘ついて、へへっ」


 言ってて悲しくなった。

 どうしたらいいかわからなくなったので、嘘でした~を言ってしまった。先に認めた方が負けなので、負けである。


「そんなのわかってるよ」


 コントローラーを静かに床に置き。彼女は、

 僕の胸倉をつかみ、立ち上がった。必然的にこちらも立たされる。


「ちょ……ちょほっ、ちょっ、エイプリルフールなんだからさ、ウソは許さないといけないのだぜユウキくん」

「そんなルール知らんよ。………。どうしようかな」


 早口で情けない鳴き声をあげる僕に、うつむく長峰さんは、何かに耐え忍ぶような震え声を発してくる。迫真のそれだ。いやこれは真だ。これは怒りだ。胸倉だけでなく、命をも握られている気がする。

 やがて。


「歯ァ食いしばれよ、舌噛まないようにさ」


 髪の間から、赤く腫らした目元が見えた。


「しゅっ」

「コ゜ッッ」


 顎に何かがぶつかり、脳みそがゆれ……眼の前の景色が、ぐらりと……


「ふええ」

「あっヤバ、加減が、ごめん――いやお前が悪いな」


 おそらく僕は、前のめりに倒れていっているとおもう。

 頭を、顔面から、安心感をおぼえる柔らかいものに受け止められ、そのあとは、わからな、



 ………?

 ここはどこだ?


「大丈夫ですか? 野原くん」


 綺麗な女の子が、横になっているらしい僕の顔を覗き込んでくる。まるで天使か女神のようではないか。

 異世界転生かな?


「ああ、いいですよ、まだ寝てて。ちょっと、ふざけすぎたし」


 って、綺麗な女の子じゃなくて、長峰悠希じゃないか。

 あれっ、ていうかこの角度……枕にしてはやや硬めだが、ぬくもりと、もちもち感のあるソレ……。こ、これ、ひざまく……


「ん? 7時……夜!?」

「おっおっお、どうどうどう、無理に動かない」


 時計が見えたので、よく確かめようと起き上がろうとしたが、ユウキくんが上体を押さえつけてきて、また温かい枕の上に戻された。

 ちょ、なに。恥ずかしくないんスか、君は。

 それと、あと。


「なんか、朝からの記憶がないんだけど」

「……えっ。覚えてない? マジで?」

「ゲームしてたっけ。僕途中で居眠りした?」


 この状況に至った経緯が思いつかない。身に覚えがない。頭がちょっと痛い感じはするが。

 気恥ずかしさに耐えながら、ユウキくんの顔を真下から見上げると。


「ふうん……」


 すっごい冷たい目つきを、長峰さんは僕に落とした。背筋が寒くなる。

 というのも一瞬。彼女は、いつもクラスメイトと接しているときの笑顔を貼りつけ、顔を覗き込んできた。


「転んで頭を打ってしまったんですよ。間抜けなんだから」


 やたら近い。長い髪が、ゆるやかな滝のように流れ落ちてきて、僕の頬をくすぐった。

 少し表情が変わって、怪しい雰囲気の微笑。両手をこちらの頬にあてられる。末端冷え性なのか、ひんやりしていた。


「今度から気をつけてね」

「は、はい」


 で、そのまま。

 外から帰ってきた妹の、ガハハという上機嫌なバカの笑い声が聞こえてくるまで、自分でもよくわからない恐怖感と、柔らかどっしりな太ももの感触が合わさった、変な時間を過ごした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ