万年2位は天才を観察す 〜甘々な2人を見て砂糖を吐く〜
「おはよう!」
爽やかな春の新年度の朝休み、そいつはやってきた。
俺の名前は岸 和馬。この進学校である九条附属高校の中でも頭は良くて、運動もそこそこできる。
しかし、そんな俺にも一つ重大な問題がある。
入学以来、高校のテストで1位をとったことがないことだ。
このように表現すると驕っているように感じられるが、決してそういうわけではない。
小学校、中学校と頭がいいで通っていた俺は毎回1位とは言わなくても3回に一回ぐらいは1位をとっていた。
だがしかし!
そのときの俺は井の中の蛙、なんなら水たまりの中のおたまじゃくしだったのだ。
高校に入って知った、世の中には本当の天才がいることを……
「よお、一冴今日も昼休みサッカーするか?」
「もちろん!」
「一冴〜。この図形の問題わからないんだよ。おしえてくれ!ジュース帰りに奢ってやるから」
「約束だからな。この問題は三平方の定理を使った後に……」
そいつの名前は佐藤 一冴。入学してから一年間、定期考査で1位を一度も譲ったことのない本物の天才だ。さらに運動部顔負けの運動神経も持っている。今もクラスの男子に囲まれて楽しそうに話している。
そして今年、あいつと同じクラスになったのでかねてから考えていた作戦を実行するのだ。
題して、『天才を観察して、天才の弱点を見つけ出すぞ大作戦!』
そんなことを考えていると、問題を教え終わったのか俺の方にあいつが近づいてくる。
「和馬君、君も一緒にサッカーするかい?」
なんと!
早速チャンスがやってきたぞ。
「いいのかい?もちろんやらせてもらうよ!」
こうして俺の天才を観察する日々が幕を開けた。
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そして昼休み、10分ほどサッカーをしながら観察を続けていた俺は衝撃を受けていた。
こいつ、上手い!
運動神経がいいと聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。さらにパス回しといい、声かけといい盤面を操作する戦術眼がすごい。頭の良さが十全に発揮されている。
(こんな奴の弱点なんて本当に見つかるのか?)
ディフェンスをしながら考えていると、ふと校舎の窓から覗く顔に目がついた。
よく見るとその目はあいつの姿を追っている。
確かその顔は同じクラスであいつと仲のいい風紀委員の佐々木 陽奈だった筈。
今度はあいつを見てみると、こちらも佐々木さんの方を無意識な様子で、時々見ている。
(こいつは使えるな……ちょっと探ってみるか。)
俺は2人の視線からあることを察したのだった。
ーーーーーーーーーー
「一冴、今日一緒に帰れるか?」
一日目なのに授業があるという無慈悲な一日の放課後、俺は警戒されないように一冴と呼んで声をかけた。
「いいけど。急にどうしたの?」
「いや、ちょっとわからない問題があってな。考え方でいいから帰りながら説明して欲しいんだ。」
「そっか。和馬君でもわからない問題あるんだね。」
くっそー。こいつ無意識に煽ってやがる。
適当に理由をでっち上げた俺は精神にダメージを負いながらも、あいつと一緒に帰る約束を取り付けたのだった。
ーーーーーーーーーー
「……なんでここに、佐々木さんがいるんだ?」
俺があいつと帰ろうと校門の前で待っていると、あいつは佐々木さんと仲良く話しながらやって来た。
「あ、ごめんごめん。もしかして陽奈がいるとまずかったか?」
「いや。別に問題ないけど……」
えっ!
実はもう付き合ってました。みたいなパターンなの?
「なぁ、一冴。2人は付き合ってるのか?」
「?そんな訳ないだろ。ただの幼馴染だよ。」
幼馴染ね。
佐々木さんの方を見ると、そちらも同意するように頷いている。
「それで和馬君。わからない問題というのはどこかな?」
「あ、ああ。この問題なんだが」
俺はあいつに問題を聞きながら、あることを考えていた。
(こいつら、もしかして無自覚両思いなのか!)
帰り際も観察すると、2人は仲良く話しているし、なんなら時々あいつが佐々木さんの頭を撫でたりしている。
(これは要観察だな)
ーーーーーーーーーー
そして1週間、俺は一冴を観察し続けた。
話す機会も多くなり交友も深まったと言っていいだろう。
しかし、その弊害が今も俺にダメージを与えていた。
「ちょっと、一冴こっちに来て。」
「なに?」
「ほら。ここのネクタイ曲がっちゃってるじゃない。もう、学級委員なんだからみんなの見本にならないと。」
そう言って佐々木さんは一冴のネクタイを直している。
「ありがとう。陽奈は優しいな。」
「えへへ。こんな事してあげるのは一冴だけだよ。」
「「ふふふ」」
……なんだこの絵面は!
昨年と同じく風紀委員になった佐々木さんと学級委員になった一冴は、こんな感じで毎日人目を憚らずイチャイチャしてる。
いや、本人たちには当たり前すぎてイチャイチャしている自覚がないのだろう。
お陰でこっちは毎日糖分の過剰摂取だ。
なんと昨日生まれて初めてブラックコーヒーを飲めるようになった。
糖尿病になる日も近いかもしれない。
そんなこんなで初め2人が両思いだと気づいたのは俺だけだと思っていたのが、今ではクラス全員が微笑ましく見守っている状況になっている。
これではなんのアドバンテージにもなりやしない。
所詮井の中の蛙出身の俺には一冴を越すということもできないのかもしれないな。
そんなことを考えていると、ネクタイを直してもらった一冴がこっちにやって来た。
「和馬、今度のテストお互い頑張ろうな。」
「そんなこと言ったって、お前が全部1位を掻っ攫っていくんだろ。俺はせいぜい2位の座を死守するよ。」
「そんなこと言うなよ。僕は和馬はポテンシャルを秘めていると思ってるよ。」
「ありがとよ。」
そうだな。
こんな無駄なことをやっているより、もう少し真面目に勉強した方がいいかもしれん。
入学した後その圧倒的な才能を見せつけられて、卑屈になっていたかもな。
せっかく身近に天才がいるんだ。そいつを目標にしてせいぜい有効活用してやろう。
そう決意し、顔を上げるとそこにはいつも通り砂糖を撒き散らす2人の姿があった。
「一冴見てよこの店!超美味しそうだよ。この間みたいに連れて行ってよ!」
「確かに陽奈が好きそうな店だな。これも美味しそうだし。今度の日曜日一緒に行くか。」
「うん!」
この調子だと俺が一冴を追いかけてる間に栄養バランスが崩れて入院かもな。
(お前ら、早く付き合っちまえよ!)
換気のために開け離れた窓から、春の心地よく暖かい風が吹いてくる。
新しいことを感じられる春の風。それは俺に周りの人間関係がどんどん変わっていきそうな予感をさせるのだった。
この作品でコロナで人肌恋しい人にほのぼのしてもらえると嬉しいです!
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