どうすれば英語が話せるんじゃ 英語を話せるようになって通事になりたい
「どういうことじゃ。意味が分らん。それだけのことで、本当にあのようになれるなら、皆なっちょるわ。うぬは、ワシを愚弄しちょるのか」
イシド・チカラは、下級士族の同僚ヒラモト・リョウガに言い放った。
顔を真っ赤にして、リョウガを睨みつけるチカラの声には、明らかに怒気が含まれていた。
年齢は、二十代前半。まだまだ、血気盛んな時期だった。
「愚弄などしちょらんが。言葉通り、書いてある文字を端から順番に読んどるってことじゃ」
長く伸ばした癖ッ毛を後ろで束ね、いかにも田舎者という雰囲気を漂わせたリョウガは、チカラとは対照的に肩を竦めるとのんびりとした調子で言った。年の頃は、チカラと同じぐらいだろう。
リョウガには、人には言えぬ大きな秘密を抱えてった。彼は、現代日本からの転生者だったのだ。この世界は、転生してきたリョウガから見ると、中世ヨーロッパか日本の明治時代のような様相を呈した世界だった。
「な、何じゃと・・・」
チカラは、いきり立った。リョウガの態度は、チカラからすると、自分を舐め切っているようにしか見えなかった。
彼らは、サマエ藩主カワウチ・ナリアキに同行して帝都アズマに上洛してきた藩士たちだった。ナリアキは、アメリア共和国親善大使ヤーバン皇国来訪にあわせ、その饗応を王皇より仰せつかったのだった。何故か、親善大使が、サマエ料理を所望したのだ。
もしかしたら、サマエ藩の漁師ヤスケがらみかも知れなかった。ある時、時化で遭難し海を漂流していたヤスケは、アメリカの艦船に救助されアメリア共和国に渡った。後に通事としてヤーバン国に戻ってくるのだが、その話をすると長くなるので、別の機会に譲ろうと思う。
現在、彼ら三人は、アメリア共和国の饗応を無事終え、藩邸で緑茶を飲みながら短い休息時間を利用してくつろいでいるところだった。明日からは、帰国に向けての準備に忙しくなるはずだ。
「まあ、まあ、そんなに熱くなることもあるまい」
サイガ・イチノスケが、チカラを制した。
二人より年かさのイチノスケは、若い下級士族たちのまとめ役でもあった。
『またかよ』
とは思っても、騒動の芽は小さいうちに摘んでおくに限る。上で問題視されるような諍いに発展すれば、まとめ役の自分にも類が及ぶ。
「イチノスケも、見ていたであろう。こやつの舐めくさった態度を・・・」
チカラは、リョウガを指さしながら、イチノスケに言った。
「別にそんなつもりはないんじゃけんがのう」
リュウガは、反省する様子もなく相変わらずのんびりとした調子で言った。
と言うより、これが、この男の素であった。リョウガを子供の頃から知る者たちは、口々に『リョウガが慌てることがあるのか』『慌てる様があったら見てみたいもんだ』そう言われていた。
同じ領地出身とはいえ、城を挟んで西の外れと東の外れ。今まで殆ど会ったことが無い二人。今回の上洛が初対面だった。
そんなこととは露知らぬチカラ、初めて会う同じ年代のリョウガを勝手にライバル認定して対抗意識丸出しだった。そのため、リョウガの一挙一動に、チカラは、過敏に反応していたのだった。
「まだ言うか」
チカラは、椅子から立ち上がりそうになった。
「まあ、待て」
イチノスケが、肩に手を掛けチカラを止めた。
「リョウガも少しは大人になれや」
イチノスケが、ヤレヤレトというように首を横に振りながら言った。
「エッ。儂・・・」
リョウガは、自分で自分を指さしながら、何でという表情を浮かべて言った。
「まあ、ええわ」
イチノスケは、諦めたように言った。
「それでじゃが、儂にもおまんの言わんとすることがよう分からん。わかるように説明せんかい」
イチノスケが、リョウガを睨みつけるように言った。
「それ見ろ。分からんのは、儂だけじゃなかろうが」
チカラが、イチノスケの言葉に『我が意を得たり』とばかりに頷きながら言った。
事の起こりは、チカラが、謁見の間を覗いたことから始まった。と言うより見えてしまったと言った方がいいだろう。
饗宴の開始時刻は決まっていたものの、儀式の進み具合で、饗宴の開始時刻がずれ込むこともあった。そのような場合、料理の用意が早すぎ冷めてしまうこともあった。チカラは、そのような不測の事態に備え幔幕の裏で控え、その進行状況を見守っていたのだ。勿論、幔幕の裏から覗き見ると言うような不敬な行為は許されない。壁と幔幕の間で、直立不動の姿勢で、会談の進行状況に注意を払っていた。
その日は、来訪の挨拶を交わすための儀式で特に会談の予定があるわけでもなく、そのまま終わるはずだったが、突然、幔幕内での人の動きが活発になった。
謁見の間で緊急事態が発生したようだった。謁見の間に居並ぶ者たちの中には、高齢者も多くいた。長時間に及ぶ儀式の間立ち続けていれば、一人二人は気分が悪くなって倒れる者も出てくるだろう。
さすがに侍従たちも手慣れたもんだった。倒れた老人が、幔幕の裏側に運び込まれると、担架に乗せられサッサと謁見の間から運び出されて行った。
その時開け放たれた幔幕の間から、謁見の間の光景がチカラの目に飛び込んできた。
三層の壇の上に豪華な玉座、そこには大礼装に身を包んだ陛下が鎮座し、その両翼に燕尾服や大礼装を着た大臣や元帥たちが放射状に立ち並んで陛下の周辺をかためていた。更に、謁見の間入り口の扉から三層の壇まで続くレッドカーペットの両脇には、正装した華族や大藩の藩主たちが立ち並んでいた。アメリア共和国大使は、玉座の少し前に立っていた。
だが、チカラの目を引き付けたのはそんな煌びやかな光景ではなかった。大臣でもないのに、アメリア共和国大使に堂々と胸を張って物申す通事の姿だった。チカラの知る限り、通事の身分はあまり高くないはずだった。にもかかわらず、陛下の言葉を伝えるという大役のため、外国使節に対しても気後れせず堂々と接している。その態度が、チカラには物凄く格好いいものに見えた。
幔幕は直ぐに戻され、謁見の間の光景は直ぐに見えなくなったが、その通事の姿がチカラの目の奥に焼き付けられいつまでも消えなかった。
「通事とは凄いもんじゃな。儂には、あんなしゃべり方はようできんわ」
通事のことが頭から離れぬチカラは、英語の発音を『フギャフギャ』と口マネしながら、どうだとばかりに胸を張って言った。
「馬鹿じゃな。そりゃあ、ローマ字読みするからじゃ。英語読みすりゃあ、ああいう発音になるじゃろうが」
黙っていればいいものを、リョウガが、余計な一言を言ったために冒頭のようにチカラがいきり立ったのだった。
元々、アメリア共和国は、エゲレシ王国から独立した国だった。そのため、公用語はエゲレシ語。英語と呼ばれるのは英吉志亜と強引に漢字表記していた時代の名残だった。
「儂も一時通事に憧れた時があっての、その頃、夢中になって英語を猛勉強したんじゃが、結局、喋れんかったわ」
リョウガは、イチノスケの『分かるように説明せんか』との言葉を受け、話し始めた。
「嘘つくな。おまんが、そんなこと考えるはずなかろう」
チカラが、直ぐにリョウガの言ったことを否定した。
「I am Ryouga Hirasaka.You are Tikara Isido and Ichinosuke Saiga」
初歩の初歩に過ぎないが、リョウガが、英語を口にすると、チカラとイチノスケは、驚きの表情を浮かべていた。内容はともかく、リョウガの喋る英語は、実際にアメリア人や通事が喋る英語と同じもののように聞こえたからだった。
中学、高校、大学と、十年も英語を習ったにもかかわらず、英語を喋れないのは何故なのか。リョウガは、この世界に来てから何度もその原因について考えた。もし、英語が話せれば、身分は低くとも給料の良い通事になって左うちわで暮らせるんじゃないか。そう思ったからだ。
この世界で体系立てて英語を教えられる教育機関は殆ど無いに等しかった。当然英語を喋れる者も少なかった。通事を求める貴族や士族は、いくらでもあった。英語が喋れれば、身分は低くても、高給で雇ってくれるところはいくらでもあるということだった。だが、日本でもそうだったが、英語を苦手とするヤーベン人は多かった。
リョウガが、日本において交通事故で死んだのは三十二歳の時。喋れないながら、ある程度読み書きは出来るようになっていたのだが、社会に出て営業職を担当していたリョウガに英語を使う機会は無かった。リョウガ自身、交通事故に遭う頃には、文法どころか殆ど英単語も覚えていない状況だった。
「な、何と、言ったのじゃ。でたらめじゃないのか」
イチノスケが、ツッコミを入れてきた。
「儂は、リョウガ・ヒラサワじゃ。ぬしらは、チカラ・イシドとイチノスケ・サイガじゃ。と言ったのじゃ」
リョウガがそう言うと、二人は、黙って顔を見合わせた。
普段呼ばれる自分たちの名とはイントネーションが全く違ったが、二人にもそれらしき名前が聞き取れた。そんな意味だろうとは漠然と思っていたが、まだ、二人は、リョウガが英語を話せるということに半信半疑だった。
彼らのような下級士族が英語を習える可能性は、殆どゼロなのだから当然の反応だろう。
「何故、喋れんのじゃろうか。単に、勉強不足なだけなのか。他に理由があるのかと、儂は何年もそう考え続けておった」
猜疑の目を向ける同僚を前に、リョウガは、続きを話し始めた。
「そのかいあってか、儂は、ある時パッと閃いたんじゃ」
リョウガは、両手を体の前でパッと開くと、二人の方に顔を近づけていった。その顔には、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。
「何が閃いたんじゃ」
チカラも、顔を突き出すように聞いた。
「おまんら、看板でも何でもアルファベットで書かれたもの見たら、母音以外は基本的に二文字ずつ読んじょらんか。儂もそうじゃったが」
リョウガは、チカラとイチノスケを交互に見ながら言った。
ヤーバン皇国において、現在では、アルファベット表記に慣らさせるため、藩校等教育機関では、ひらがな、カタカナ、漢字に加えローマ字を教えることを義務付けていた。
「じゃなきゃ読めんじゃろが」
イチノスケが、当たり前だろというように言った。
「それじゃあ、アメリア人も、そう読んじょるのか」
リョウガが、聞き返した。
「分からんが、そうじゃないのか」
イチノスケが、首を傾げながら言った。
「アメリア共和国にアルファベットは有っても、ローマ字はないじゃろが」
リョウガは、首を横に振りながら言った。
「では、うぬは、アメリア人たちは、どのように読んでおると考えておるんじゃ」
チカラが、目を細めリョウガを睨むようにしながら言った。
「誰でも分るようにペンを例にするが、ヤーベン人は、PENと書かれた文字列を見ると、ローマ字読みでぺとンの二文字と認識してペンと発音する」
リョウガが、そう言うと、チカラが、「当然じゃろう」と相槌を打った。
ヤーベン人ばかりでなく、日本人も、ローマ字とそれに対応するカタカナが読みとしてふられた五十音図を一度は見たことがあるはずだった。
「リョウガは、アメリア人はどう読んじょると言うのじゃ」
イチノスケが、興味深げに聞いてきた。
「ローマ字がない以上、PENはP・E・Nの三文字として左から一字ずつ読んどるんじゃろうな」
リョウガは、イチノスケの顔を見ながら言った。
「待て待て、奴らは、ペンのことをピーイイエヌなどとは言っちょらんぞ」
イチノスケは、リョウガに異を唱えるように言った。
「確かに、アメリア人はペンのことをピーイイエヌとは呼ばぬ。ピーイイエヌというのは、文字の名前であって文字の読み方ではないからな」
リョウガが、そう言うと、二人は、「ハッ・・・」と言って、『お前分かるか』というように顔を見合わせていた。
「そ、そこが、よく分からん。分かるように説明してくれ」
イチノスケが、リョウガの方に顔を向けなおすと、唇をワナワナさせながら聞いた。
「ピーイイエヌというのは、あくまで文字の名前であって文章中にPENという文字が有っても決してピーイイエヌとは読まないと言うか発音しないじゃろう。さっきも言ったが、ピーはPという文字の名前でイイというのはEという文字の、エヌもしかりじゃ」
リョウガは、自分の考えを説明した。
「では、アメリア人は、ペンをどのように読んでいるというのじゃ」
チカラが、リョウガを急かすように言った。
「ヤーバン人は子音だけで発音することはないじゃろうが、アメリア人は子音も含め、PENを三文字として認識して、一文字ずつプゥ・エッ・ンと読んでおるんじゃろうな」
FとVは下唇を噛む。THは、舌を前に出して上下の歯で噛む。Rは舌を上顎に付け、Lは舌を上顎に付けない。英語の発音については、色々言われているが、発音記号についての講義は、殆ど受けたことが無かった。カリキュラムの都合で、そこに時間を使っている余裕がなかったのかも知れないが、どの発音記号をどう発音してよいか分からぬ以上、分かるところをやはりローマ字読みにするしか方法はないだろう。
なにしろ、日本人やヤーベン人の頭には、アルファベットはローマ字読みする習性が染みついているのだから・・・。
「プゥ・エッ・ン」
チカラとイチノスケが、何故か、プゥエッンという練習をしていた。
「初めはゆっくりでもいいが、段々、速く言うようにした方がいいぞ」
リョウガは、二人を見ながら言った。
「プゥエッン、プゥエッン、プゥエッン」
二人は、段々早口に言うようにしながら何回もそう唱えていた。
「なんか、英語っぽく聞こえるようになってきたぞ」
「儂もじゃ」
二人は、それっぽい発音になってきたことを喜んでいるようだった。
リョウガは転生前に見た映画で、アメリカ人が『その単語のスペルは発音通りか』と聞いている場面が何故か強く印象に残っていた。当たり前のことだが、英語ネイティブの人たちは、聞いた言葉の発音から文字列を書き起こせるということだ。即ち、アルファベット一文字一文字の発音の仕方、読み方をそれだけよく理解しているということだ。だから、knowとno、rockとlock、treeとthree、fullとhullなどの違いをきちんと聞き分けられるのだろう。
「『あいうえお』は分かるが、P以外のアルファベットの子音はどのように発音すればよいのじゃ」
Penの発音で気を良くしたのか、イチノスケが勇んで聞いてきた。
「アメリア語は、子音で終わる単語が多いが、そのような単語は、ライク、ネーム、ドッグとウの段で終わっている。基本的には、子音は、ウの段で読めばいいのじゃと思う」
勿論例外はあるだろう。有名なところでは、アメリア人も、エゲリレシ人も、waterをウォーターとは発音しない。ワラーもしくはワダーと発音しているのだ。こういう場合はTの発音がRの発音に変わるとかいう法則がある様だが、ヤーベン語でも、ある名詞が、他の単語と繋がる時には濁点が付く連濁、例えば、箸の前に『割り』が付くと『わりはし』ではなく、『わりばし』になるのと同じようなものだろう。そんな例外は後で覚えればいいことだろう。
「そうか、これで儂も、通事になれるわ」
チカラが、盛大な勘違いを起こしているようだった。
「・・・」
リョウガは、唖然として、リョウガの顔を見詰めていた。
それっぽい発音ができただけでは、英語は話せない。その発音自体についてもリョウガ自身もう少し考えるところがあったし、英語を話すためには、文法も覚えなければならないし、日常会話をするだけで単語を十万ぐらい覚えなければならないと言われている。通事になるなら、それに倍する単語を覚えなければならないだろうし、日常会話以上に会話における微妙なニュアンスも身に着けなければならない。
転生前に、アメリカに派遣されてきた日本人が英語を話せないので、英語を全く理解できないのかと思っていたら英字新聞を読んで理解しているようなので驚いた。と何かで読んだことを思い出した。それっぽく発音できれば、日本人、ヤーバン人の英語アレルギーのハードルを大幅に下げれるかもしれない。だが、英語自体の勉強をしなくていいというわけではなかった。
「ちょっと待・・・」
リョウガは、チカラの勘違いを指摘しようとすると、それを、遮るように呪文のような言葉が聞こえてきた。
「ブゥエッアッウツゥイッフゥウルゥ」
イチノスケだった。イチノスケが、一心に何かを唱えていた。
「なんじゃそれ」
チカラが、ハッという表情を浮かべながら聞いた
「ブゥエッアッウツゥイッフゥウルゥ、ブゥエッアッウツゥイッフゥウルゥ、ビューツゥイッフゥウルゥ」
イチノスケは、その質問に答えず、呪文のように段々早口に不思議な言葉を唱え続けた。
「アーッ。Beautifulか」
何度も聞くうち、リョウガにも、イチノスケが口ずさむ単言葉が何か分かってきた。
『それにしても、いきなり何故beautifulなんじゃ。初めからハードル上げすぎじゃろう』
リョウガは、そう思ったが口には出さなかった。
本来、eとaが並んで出てくると発音はj。イに近い発音になるらしかったが、リョウガは、最初は『なんちゃって英語』(完全に死語的表現じかな?)で十分だと思っていた。アメリア人やエゲリス人の子供たちだって、初めは『なんちゃって英語』を話しているはずだった。それを親が一つずつ訂正して、正しい発音ができるように教えていくのだ。
転生前の日本でも、ヤーバン皇国でも、住民の性格はシャイなところがある。帰国子女でもなければ、下手に英語もどきの発音で英文を読めば、クラス中の笑い者になる。もうそれで、誰もが、ローマ字読みしかしなくなってしまう。リョウガは、これがローマ字読みのなくならない原因の一つではないかと思っていた。
「それは、どういう意味じゃ」
チカラが、不思議そうにイチノスケにビューティフルの意味を聞いた。
「美しいという意味じゃ」
イチノスケが、得意そうに言った。
「そんな言葉覚えてどうするんじゃ」
チカラが、眉間に皺を寄せて聞いた。
「外国のご婦人にそう言えば喜んでもらえるそうじゃ。国元に帰る途中、ヨコハーマを通るじゃろう」
イチノスケが、そこまで言うと言葉を切った。
「おまん、まさか・・・」
それだけで、チカラにはイチノスケのやらんとすることが伝わったようだった。
アズマに上洛してくる途中、港町ヨコハーマの本陣で一泊した。
ヤーバン皇国で、最も早く開校したヨコハーマには、海外の商館も多く立ち並んでいた。その家族も、一緒にヨコハーマに住んでいた。ヨコハーマは、ヤーベン皇国ながら、異邦人も多く行き交う異国情緒漂う不思議な佇まいを見せていた。
「一遍、あんな令嬢と付き合ってみたいもんじゃのう」
チカラやイチノスケたちは、本陣から覗き見た光景を見てそう呟いた。そこには、動くフランス人形と見紛うばかりの女性たちが歩いていた。ファッションに興味のない彼らでも一目で高級なドレスを身に着け、髪の毛の色も目の色も違い、更には、ヤーバン人よりもはるかに彫に深い顔をした女性たちが・・・。
その光景は、田舎者である彼らにとり衝撃的なものでしかなかった。
「そうよ。異人のお嬢様に話しかけてみるんじゃ。男のロマンスじゃろ」
イチノスケが、夢見るような目付きで言った。
『馬鹿が、ここにもおった』
普段真面目なイチノスケが、こんなことを言い出し、リョウガは驚きを覚えた。
大体からして、殿様の護衛として同行してきているのだ。女性に声を掛けてる暇はないだろうし、世界中探しても、褒め言葉一つ言われたからとホイホイついて来る女性がいるとは思えなかった。それに、ビューティフルというのは最上の美を表すので、女性によっては馬鹿にされたと取られてしまうことがあると聞いたことがあった。女性に美しいという場合は、プリティーが一般的だという。
「そのビュー、ビュー何とかちゅう言葉、儂にも教えんか」
チカラが、イチノスケに飛び掛からんばかりの勢いで言った。
「誰が教えるか」
イチノスケが、チカラを両手で押し返すようにしながら言った。
「それはないじゃろ。一人でズルいぞ」
チカラは、両手でイチノスケの胸倉に掴みかかった。
「止めちょけや」
リョウガが、その場にそぐわない間延びしたような声で言った。
「そんなことで、喧嘩してもしょうがないじゃろうが」
リョウガは、二人の顔を交互に見ながら、諭すように言った。
チカラも大人げないと思ったのかそれで手を引いたが、イチノスケ共々、プイッと横を向いてしまった。
『まあいいか』
リョウガは、二人を見て諦め気味にそう思った。
他の国の言語を習得するには、その言葉しか通用しない環境に身を置くのが一番手っ取り早いと言われている。高等教育を受けていない漁師のヤキチが、英語をしゃべれるようになったのも、そうしないと生きていけなかったからだろう。転生前には、英語が苦手な高校生が、暇さえあれば米軍基地周辺のアメリカ人に話し掛けまくり、英語の成績を上げるのに成功したという話も聞いたこともあった。
機会があるかどうかは分からないが、外交使節の随行員や外国の令嬢に話し掛けることにより、英語力が上がる可能性はあった。だがそこで、自分の勉強不足ボキャブラリー不足に衝撃を受け消沈して諦めるか、逆に、発奮して英語に取り組んでいくかは彼ら次第だった。
「いつまで油売っちょるつもりじゃ。仕事せんか」
その時、士族の先輩が三人を呼びに来た。
三人は、顔を見合わせると、オーッと言って仕事に戻って行った。