第九話 堕と転の話
母から外套を与えられ、自身の気持ちに戸惑いを持つセシル、そんな彼の元に何か不穏な雰囲気とともに友人ヨークの妹セノが尋ねる。
一方、バセットは自室に三位バルク・ファーレンを呼び、ノクティルに対し先手を打つことを画策する。同じ頃、ノクティルでも少しずつ次の動きを始めていたのだった。
かつて中立領であったシュナガスタはノクティル国、ケイロス王国や中立領含め多くの地域が接する、ほぼ中心点に位置する町であった。行商人や旅人、各国々の派遣団の多くが立ち寄るため、宿場町として発展を続けていったことで、シュナガスタの住民たちも不自由な暮らしをするものはいないほどに町は栄えていた。しかし、ノクティル国が栄えるシュナガスタを自領化するための議案を議会にて可決させ、シュナガスタに対し領有化とともに関門所を設置することで、他国からの通行税を要求するという体制を提案した。当時の中立協定においては現在のように貿易面での関税免除だけではなく、中継地として中立領を跨いだ場合の通行税というものも存在しなかった。
このノクティル国の動きには多くの中立領、国々が反対し、特にカムラカン側への取引をするためにはシュナガスタの利用は最重要であったケイロス王国は最も強く反発し、当時のシュナガスタ代表であったセクル・アトノーマに対し、ノクティル領ではなくケイロス領となることを提案した。ノクティル側の関門所設置案はそのままに、税収は行わずに今のまま国有の恩恵を受けれることを約束し、シュナガスタへ打診、これに対しノクティル国は強く反発、傍から見れば領有化の交渉中に横から邪魔をされているようなものであり、国際協定に基づき国訴の準備もしていた。しかし、これ以上の富よりも今のままの村を守りたいと思ったセクルを始め多くの住民はノクティル国の提案ではなくケイロス王国の提案を受諾、この結果に不満を抱いたノクティル国はケイロス王国を国際法廷の場への召喚を正式に要求した。
しかし、そんな中でノクティル国側にある誤算が起きる。当時のノクティル国軍大隊長であったイルム・レクターが国際法廷への出廷命令中にシュナガスタへの行軍を行ってしまう。調印中の約定を破棄したシュナガスタを実力行使で手に入れようとしたのだった。これに対し、当時は調印中のため、まだ中立領であったシュナガスタへの平和協定行使のため、ケイロス王国も防衛のため行軍を開始する。国際法廷の場であれば調停中の途中介入は条約違反のため、ノクティル国が優勢であり、例えシュナガスタを領有化できずとも、手順を正確に踏んでいけば多額の賠償金を受領できる状況であった。しかし、イルム・レクターの行軍により国際法における言論の争いではなく、戦争条約における力による争いへと形を変えてしまう。
国際法廷への審問に騎士団の一部も駆り出されていたため、物量にしてノクティル軍と比べ、ケイロス王国側の戦力はおよそ1/5の勢力での戦いを余儀なくされた。戦闘はその物量からノクティル側の優勢であった。それでも、ケイロス側もただやられるだけではなく持久戦へと持ち込み、国際法廷の場から帰還した兵たちも参戦したことで戦闘は均衡状態となり、長期にわたり続いたことで「戦争」として扱われることとなった。長期化するほど物量では非があるケイロス王国に対し、ノクティル国軍大隊長であるイルム・レクターは国防に充てていた第二大隊も動員し、当時から最強として噂されていたケイロス王国騎士団の鼻を折ろうとした。
誰もがケイロス王国の敗退を予期していた中の一年後、戦争は突然終戦を迎える。結果はノクティル軍の敗退、いや戦争理由の喪失で終わってしまう。原因はセクル・アトノーマがケイロス王国への入領を調印後、後継者を明記せずに自身の命を絶ったことであった。中立領では代表者がなんらかの理由で失踪や死亡し後継者候補を予め開示していなかった場合、三親等以内の人間が代表を継ぐ権利を得るが、天涯孤独の身であったセクルにはそれにあたる該当者がいなかった。更には国際法廷への出廷命令中にノクティル国が行軍させたことにより、国際協定によって明記された「領有化の優先権」が放棄されたとみなされ「戦争における権利」としての処理となってしまったため、本来であればケイロス王国側が国際協定違反であったのにも関わらず、セクルの調印による効力のみが有効とされ、シュナガスタは正式にケイロス王国の領地となったのだった。この出来事は後にセクル・アトノーマが自身の命と引き換えに行った終戦への勇気を讃え、「アトノームロイン(アトノーマの勇気)」と表向きで呼ばれる一方で、イルム・レクターの完全に裏目に出てしまった作戦から裏では「レクティアント(レクターの意地)」とも呼ばれていた。
この戦争の結果、ノクティル国とケイロス王国との関係性は最悪の形となり、さらにはそれぞれの国の軍備力として支援していたマフェレー民主国とカムラカンの不和化の原因の一端を後々に担うことになったのだった。
1.
中立領ルネリス防御外壁外、見送りのために内側からこちらへ礼を続けるカシムの姿を背にしながらルネリスを出発をして、およそ二時間ほどの時間が過ぎていた。ルネリスからケイロス王国までは仮に休まずマウを走らせ続けさせたとしても一日以上はかかる。しかし、人を乗せた一日中走らせ続けるのは現実的に行えることではなく、どれだけ急いだとしても二日はかかる計算だった。故にグアマンからの一存を託されたフィデルたちの気持ちは駆け続けるマウたちのように焦りを抱えていた。
「私とマルコはダッフェルバウンに直接向かいサルヴァン代表の家族を囲う。ザルクはサイと共に事の見解をダンテ-ル一位へ報告を。良いな、おそらくは裏で既にノクティル側が少しずつ動きを始めているはずだ。なんとしても、彼らよりも先に一手を打たなければならない。」
フィデルが駆けるマウの上で後ろを追走する三人へ向かってそう叫ぶと、三人は声を揃えて「了解。」と頷きながら答えた。
「どう急いでも到着は明日の夕方になる。ノクティルがカシム・アルカートとどういう算段をとっているかも分からない。なるべく急ぐぞ。」
後ろを振り返りながらフィデルが三人へそう言ったとき、ザルクが前にいる何かに気づく。
「ヴァーンハイト二位!」
ザルクの声にフィデルが前へ振り返る。見ると、まだ先ではあるが前方におよそ二十人ほどの人間がたむろしているのが見えた。一見では行商人か貿易商の集団かとも思われたが、その集団は道の真ん中でこちらを眺めながら立ち止まっている。そして歩みを進めるうちに見えてくる出立ちから、その人間たちがこちらに敵意を向けている存在というのは一目で分かった。
フィデルはマウをなだめながら少しずつ走る速さ落としていき、それに付き従っている三人もマウの歩みを遅らせる。そして、先頭に立つ男に声が届く位置まで近づいていくと、男は腰に下げた剣に手をかけ、後ろの男たちも各々の武器を構え始める。
「誰に雇われている。」
フィデルが先頭に立つ男に声をかけるも、男は無視してその剣を抜く。男の抜いた剣の刀身は一般的な鉄剣や鉄刀ではなく、まるで音叉のように刀身が二又に分かれており、青みがかった鋼の色をしていた。その特徴的な色の刀身を見て、マウに乗るサイがつぶやく。
「あれは、術器ですか。」
術器とは術具との併用を前提に、特殊な素材で作成された武具の総称である。通常の鉄鉱などを溶かして作成される剣や鎧などと違い、カリドゥスは術具を作る際に用いられる紙重石と、蒼鉄と呼ばれる他の鉱石と融解、混合させることで強度を高く保つことができる鉱石を炉で混ぜて作成される。作られたそれは装飾をしなかった場合、特徴的な蒼みがかった色となる他、一般的な鉄鉱製の武器と比べ術具の効果をかけたときに抵抗がなく浸透するため、強度面や効力の減衰などが圧倒的に少なく、術具を用いるものたちの武器としては最上のものであった。しかし、圧倒的に有用なものであるが故にとてつもなく高価なものでもあり、一介の平民、ましてや盗賊が手の届くようなものでは到底なかった。
「ただの盗賊が、なぜあんなものを。」
ザルクはつぶやくようにそう言うと、自身も腰にある剣に手をかけマウから降りようとする。そのとき、フィデルがザルクの方へ眼だけを向け、片手でザルクを静止した。そして前へと向き直り、一言だけ言った。
「一度だけ聞く。それ以上の反論も疑問も受け付けない。雇い主を明かし、道を開けろ。」
フィデルのその言葉を聞いた瞬間、サイとマルコ、そしてザルクの背筋に寒気が走る。感情を殺したフィデルのその声色の意味を、彼らは知っているからだった。しかし、対峙している集団は特に怖じけることもせず、先頭の男は嘲笑うように言った。
「言ったところで、こちらも色々と用意してもらってるんでね。例えケイロスの騎士といえど、ここまで上質な術具が揃っているのに・・・。」
先頭に立つ男がそう言いかけた瞬間、武器を構える男たちの間を何かが駆け抜けていった。風のように一瞬で、感じたそれを男たちは眼で追うことができず、抜けきり立ち止まったそれに目をやる。そこにはまるで中身のない甲冑姿の何かが、自身の背丈よりも大きい曲刀を自分たちに背を向け構えていた。
明らかな戦闘姿勢に交戦しようと男たちが自分たちの剣を鞘から抜こうとする。瞬間、先頭の男を除いた全てのものが体から致死量の血しぶきを激しく上げ、そして一言も発することなくそのまま息切れていった。
「!?」
あまりにも一瞬すぎる優勢の逆転、先程まで圧倒的優位に感じていた状況がものの数秒でひっくり返っていた。異様さに驚き、男は思わず後ずさりをしようとするが、次の瞬間、その場に倒れこむ。「足がいうことを聞かない。」その違和感に男は目をやると、そこには膝裏の腱だけを切られ、力の入らなくなった自分の足があった。咄嗟に持っていた治癒の術具で治療しようとするも、腕にも力が入らない。恐ろしくなりながらもゆっくりと腕にも目を向けると、そこには筋を切られぶら下がっているだけの手があった。
「ああああああああああああああああ!!???」
遅れてやってきた痛みと混乱で叫ぶ男に、マウに乗りながらフィデルがゆっくりと近づく。恐ろしくなりながらもどこにも力を入れられない男が、まるで芋虫のように頭と腰だけを使いフィデルから遠ざかろうとする。しかし、あまりにも無情すぎる状況、逃走することなど無理だった。
「命だけは助けてやる。雇い主を言え。」
そう言ってフィデルは男の前に逆から回り込み、敢えてマウから降りて立ちふさがる。先ほどまでの威勢と違い、男は「あ、あ、あ、。」と言葉を恐怖で詰まらせる。しかし、そのフィデルの眼が訴える恐ろしさに耐えられず、男が言葉を発せようとした、そのときだった。
「あ、あ、あ、うぁ・・・。」
男が突然言葉の途中で息を詰まらせたようにあらぬ方向に目を向け、その場で意識を途切れさせる。その光景にフィデルが男へ駆け寄り首元に手を当てるも、既に息切れていた。フィデルは少し考えると、男の死体の口を開け、中を覗き込む。
「やはり、禁句を付けられていたか。」
そう呟いたフィデルのもとに、ザルクがマウから降り駆け寄る。駆け寄ってきたザルクにフィデルが無言で男の口内を目線で示す。ザルクが促されるように除くと、口内の脇、頬の裏に何かが古式文字のようなもので刻まれていた。
「これは。」
「予め刻まれた言葉を発言しようとしたときに当事者を殺すことのできる、特殊な術具の一種だ。」
ザルクの問いにフィデルはそう答えると、男の死体を自ら担ぎあげ、寄ってきた自身のマウの後ろにその死体を乗せると、再びマウへと跨った。
「禁句はその単語を刻む必要がある。変容しているが、古式文字を解読できれば、どこから頼まれたのかわかるかもしれん。」
「ノクティルではないのですか。」
ザルクが状況から最も有力な候補の名を出す。
「可能性はあるが、ノクティルなら直接隊を派遣するだろう。盗賊に襲わせるため武器と術具を配るなど、そこまで何も考えていないとは思わん。」
フィデルはザルクへそう言うと、再びマウを駆けさせる。先を駆けるフィデルとザルクの後ろに付き従うマルコとサイ、先ほどの一瞬で起きた出来事から言葉を発さない二人が揃えて口を開く。
「あれがイーヴェロン、ヴァーンハイト二位の宿すオブリヴィオン・・・。」
イーヴェロン、自身の持つ大曲刀を用いた斬撃を空間に記憶させ、その斬撃を遅らせて発生させることのできるオブリヴィオン。しかしオブリヴィオンの一部能力は生まれつきのものであるが、身体的能力は宿主に比例する。つまり、その圧倒的なまでの戦闘力はケイロス王国騎士団副団長であるフィデル・ヴァーンハイト第二位の強さの証明でもあった。
2.
ケイロス王国城下街療養所、西門城下街とバンドレイク城の境目にある、主に城下にて怪我や病気などをした人々を手当て、看病するための施設である。また、城下の人間以外でもケイロス王国の国民証を持つものであれば誰でも診療を受けることができ、領地に点在する診療所にて対処することの出来ない重篤な患者もこの施設に受け入れられていた。
処置室と掲げられた部屋の前に息を切らしながら駆けつけるセシルとセノ、部屋の前を見ると脇に置かれた不恰好な長椅子にダウルがただ一人、俯くように座っていた。
「お父さん、兄さんは。」
セノがダウルに心配そうに話しかける。足音に気づかず、セノの問いかけで初めてダウルがこちらへと顔を上げる。見ると目元が幾分か赤みがかっており、先程まで涙を流していたのがはっきりと分かった。
「まだ分からん。ある程度覚悟はしておいてほしいとは言われた。」
いつもの落ち着いたダウルの言葉と違って明らかに生気を感じないその言葉に、再び涙を浮かべ泣き崩れるセノ、その姿を見てセシルがダウルへ話しかけた。
「一体何があったんですか。」
セシルの言葉にダウルが覇気のない声色で答える
「分からない。シュナガスタ方面へ抜ける道で他国の貿易商が見つけたと言われた。付き添っていた手伝いたちは皆死んでいて、辛うじてヨークだけの息があったらしい。恐らくは、盗賊の仕業だろうと。」
「盗賊って、コミノス平原を抜けたならともかく、シュナガスタへ抜ける道は領地のはずなのに。」
中立領ルネリスへケイロス王国から行く方法は大きく分けて二つある。ひとつはコミノス平原を抜け、領地を通らずに真っ直ぐルネリスを目指す行き方、これは最短のルートではあるが前述の通り領地に干渉せず向かう道のため、管理、警護をする国がなく、故に盗賊などに襲われても自己責任扱いとされ、補償などもなかった。もうひとつは遠回りではあるが、ケイロス領地であるアルテニア、リザレイ、シュナガスタと渡っていき、ルネリスへと向かう方法である。領地はルールとして防御外壁、ない場合は代表庁舎を起点に五里は国にて管理を許されるという国際協定があり、この領地を順に辿ればルネリスへ辿り着くギリギリまで警護対象内でたどり着くことができた。貿易商を行うヨークがそのことを知らないわけがなく、故にこの事態は騎士団の身として許されないものだった。
セシルが呟いたとき、後ろから固い足音がする。振り返るとそこには自警隊を連れて先頭に立つケイロス王国騎士団第四位ジョズ・クレマーの姿があった。
「クレマー四位。」
ジョズ・クレマーは対外地域警護の責任者であり、警備団の中でも城下街以外の領地の警護を任されている自警隊の隊長としての役割を担っていた。
「ヴァーンハイト六位、どうしてこちらに。」
セシルの呼ぶ声に、目の前にいる同じ騎士団である彼の存在を不思議そうにジョズが話しかける。その言葉にセシルが答えた。
「被害に遭ったヨーク・ラフェスタは友人なんです。」
「そうですか。」
セシルの返答にジョズは一度の相槌とともにそう答える。しかし、その後に何かを考えるように一度下を向いた。
「・・・ヴァーンハイト六位、少し宜しいですか。」
少し考えた後、セシルを手草と共に側へと呼ぶ。それを見たセシルがダウルに一礼しジョズの元へ駆け寄ると、ジョズはセシルを連れダウルとセノに声が聞こえないぐらいの距離をとった。
「どうされたんですか。」
「不自然なんです。」
セシルの問いかけにジョズは返すと、一瞬ダウルを見た後に彼が反応していないことを確認し、再びセシルへ目を戻す。
「不自然?」
「他の遺体は全て首元の動脈を死後に刀剣で切断されておりました。全ての遺体がです。」
ジョズがそう言うとセシルが彼に聞き返す。
「どういう意味ですか。」
「ヴァーンハイト六位のご友人ヨーク・ラフェスタはそのような傷は見受けられなかった。もちろん、最中に人に気づかれ逃げた可能性もありますが、死後から頸動脈を切断された時間を考えると、それは考えづらい。どう思いますか。」
ジョズの返答に一抹の不気味さを感じ、セシルが答えた。
「敢えて、生かされた。」
その言葉にジョズは静かに頷く。
「もちろん憶測ではあります。が、見解としてはその可能性が高いかと。それに。」
「それに、なんですか。」
セシルがジョズに聞き返す。
「おそらく聞かれたとは思いますが、ご友人のヨーク・ラフェスタが発見されたのはケイロスの領地内です。もちろん街中ではないため、絶対に安全とは断言することはできません。しかし、こうも同じようなことが起きるというのも考えづらいかと。」
ジョズの含みのある言い方にセシルが違和感を感じる。
「どういう意味ですか。」
セシルが再び聞き返すと、ジョズは驚いたように答える。
「ご存じないですか。ヨーク・ラフェスタの母セラ・ラフェスタは、場所こそ違いますが今回と同じように領地内で盗賊に襲われて亡くなったんです。当時は一度、第一発見者兼容疑者としてダウル・ラフェスタを拘束しましたが、ダウル・ラフェスタがセラ・ラフェスタを殺す理由も証拠もなかった。結果的には警護不十分としてダウル・ラフェスタの証言のままになっているんです。」
ジョズの言葉にセシルが驚く。セシルがヨーク含めラフェスタ家と知り合ったのは彼が騎士団に入団した15歳の時で、それ以前のことをヨークから聞いたこともなく、セシルが知っていたのは「母が早世している」ということだけだった。
「そんなことが。」
「もちろん、今回もダウルが息子を殺害するような理由はありません。しかし、捜査する側としてはセラ・ラフェスタの件が完全にうち切られていない今、冷酷な話ではありますが、彼に疑いの目が向くのは自然の流れです。」
ジョズがそう言うとセシルは少し悩んだ後、ジョズに言葉を返した。
「もし可能でしたら、今回の件と前回の件、自分にも共有いただけますでしょうか。友人として解決の手助けになりたくて。」
セシルの言葉にジョズは頷くと、二人は共にダウルとセノの元へと歩み寄る。
「ダウル・ラフェスタさん、少しお話しをよろしいですか。」
ジョズの言葉にダウルは「はい。」と一言だけ答え立ち上がり、セシルの横を二人で通り過ぎていった。セシルは泣き崩れているセノの肩を抱き、彼女を立たせダウルの座っていた椅子に腰をかけさせる。涙を拭いながらセノが震えた声を漏らした。
「あんな兄でも、私にとってはたった一人の兄なんです。」
セノのその言葉にセシルが口を噛み締める。セシルにとっても同じだった。どんなにしつこくとも、どんなに面倒臭い存在でも、セシルにとっては騎士団の繋がりがない唯一の友だった。そんな彼が死にかけ、そしてその彼の父に容疑がかけられている現状にやるせない気持ちが、ただひたすらに募っていた。
セシルが屈んだ体勢でセノの肩から手を離そうとしたとき、セノがセシルの手を握る。寂しさからかと思ったが、自分の手のひらに何かが渡されたことに気づいた。
「父が、セシルさんに渡せと。」
セノがそう答えると、セシルは渡された紙を広げる。そこには書き殴るような字でこう書かれていた。
「九香花の使者を探れ。」
3.
ノクティル国カーベンバイン前広場、およそ100人ほどの兵士が隊列を組み、その正面にある地面よりも高い位置にある台の上から、こちらを向いている翼を模した兜を被ったカミラ・コルヴィンの姿を見ていた。
「これよりケイロス王国バンドレイク城へと向かう。目的は捕らえられている捕虜解放の交渉にあり、議会の決定によりノクティル領ラセブルの譲渡書を預かっている。これを・・・。」
「待ってください!」
カミラの言葉に被せるように隊列を組む兵士の一人が声を上げた。
「ラセブルの譲渡書って、あそこはただの編入した領地ではなく、ノクティルの住民たちが移民として住んでいる地域ですよ。住民についてはどうするんですか!?」
兵士の上げた言葉にカミラが答える。
「住民については上位層の順からカーベンバインに移住してもらう。溢れるものは・・・。」
カミラの言葉に他の兵士たちもざわつく。領地は中立領を編入した形のものと、開拓した土地の二通りが存在する。編入した中立領であれば、側から見ればトップの国が変わるだけで国としての領地面積以外あまり大きく変わるものでもないが、開拓地の場合、住民は全て最初から国民だったものがほとんどであり、故に開拓地の譲渡は国としてもあまり交渉として行うことはなかった。ラセブルも同様に開拓地の一つであり、何よりカーベンバインに入塔できない下級兵士たちの貸与住居がある地域でもあった。
「そんなの移れる人間なんてごく少数です!」
「これは議会の決定によって決まっている。納得できないものは異議申し立てを議会に取り次ぐように。」
カミラがそう言うと、また別の兵士が声を上げる。
「コルヴィン三官は納得しておられるのですか。」
「私は従うまでです。議会としての命令がそうであるならば、それがノクティルの決定となる。この任務はレクター大隊長からの推薦任務であり、招集した諸君らも私が選出した者たちだ。文句があるならばこの場から消えてもらっても構わない。ただその場合、自分の責任だということを忘れないでいただきたい。」
カミラがそう言い放つと兵士たちは皆、唇を噛み締めながらも静まり返った。王制なき今、ノクティル国の決定権は議会によって下される。しかし、それは表向きと言わざるを得なく実際はかつての王族であるレクター一族がその実権を握っており、ほとんどの国民はそれを理解し受け入れていた。なぜならば受け入れなければ自分たちの生活を行うことも許されず、さらにはその圧力が家族にまで及ぶからであった。
「こんなこと、納得できるわけ。」
最初に声を上げた兵がそう呟いた時、誰かがカミラの元へと歩み寄った。
「あまり強い言葉を使うべきではないです、コルヴィン三官。」
「・・・キャンベル隊長。」
そこに立っていたのは、第二大隊長アグリッサ・キャンベルだった。
「納得いかない兵の気持ちを汲むのも大事な指揮者としての役目です。押さえつけるようでは。」
諭すようにアグリッサがカミラへ語る。
「あのような作戦を強いていてよくそのような発言ができますね。ルネリス攻略の件、一体幾人の死者を出したと。」
「しかし私は戦いを強いることはありません。ゆえに生き残ったものがケイロスの捕虜となっている。」
「その尻拭いを私がするのです。」
何かを二人が話し合っているが、兵たちにその声は届いていなかった。しかしカミラの表情から、あまり良い話でないことは察せた。元々カミラは第一大隊長副官であり、第二大隊長の第一候補であった。しかし議官であるサーヴェイ・ランボルトの推薦により、急遽アグリッサ・キャンベルに代わり、カミラ当人はとある理由から副官から三官への降格を余儀なくされた。
「あなたがランボルト議官とともに行ったことで私はこの位置まで堕ちることになった。しかし、いつかはこの借りはきっちりと返させていただきたいと思います。」
「だから、それほどまでにレクター大隊長へ擦り寄るのですか。」
アグリッサの言葉にカミラが反応する。
「あなたには関係のないことです。」
「ええ関係ありません。と言っても、たとえ真実を語ったところでもみ消されるだけでしょうが。」
アグリッサはそう言うと、カミラの前を通り側から離れようとする。しかし、カミラの前に被さったとき、アグリッサが一度立ち止まる。そして、先程よりも更に小さな声でカミラに尋ねた。
「ひとつお聞かせ願えますか。行軍の二日前に出した出兵の届書、私が把握していた人員と多少のずれがあったのは気のせいでしょうか。」
アグリッサが呟くようにそう言った瞬間、カミラの頬に汗が滴る。ノクティルでは出兵のために徴兵紙を出すものを選定するために、ある程度の兵を統率役となる隊長が選定できる形になっていた。そのため、今回のカミラの交渉部隊も彼女が選定したもので、多くは断ることなどできないような下級の出のものがほとんどであった。
「自分から直接に口伝えで召集したものとは別の一般兵士の人員、こちらから名をあげていた人間とは大分違っていたようなので。」
「・・・疑念があるならばレクター大隊長にお聞きください。最終決定はあの方が出します。」
アグリッサの言葉に動揺を見せぬようカミラが答える。レクター家の人間にはノクティルの人間は口を出すことはできない。例えそれがどんな理不尽なものであってもと、彼女には分かっていた。
「そうですか。お気をつけて。」
そう言い残すと、アグリッサはカミラの前から立ち去る。邪魔者が消え、カミラは一度息を入れると再び兵たちに呼びかける。その光景を去り際に流し目で見届けながら、アグリッサが呟く。
「本当に、お気をつけて。」