表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブリヴィオン -忘却の戦史-  作者: 長谷 治
1/10

第一話 騎士と青年の話

 むかしむかし、三人の神様がいました。乱暴な性格、誠実な性格、寡黙な性格、三様な性格の神様たちは仲が悪くいつも喧嘩をしていました。あるとき、神様が喧嘩をしているうちに大地が生まれ、そこに小人が生まれました。生まれた小人たちは神様を真似ていつも喧嘩をしており、神様たちはその喧嘩を見たときに自分たちが行なっていることはなんて醜いのだろうと感じました。神様たちは「喧嘩は良くないこと」であると知り、その小人たちが喧嘩をやめ、皆で手を取り合い協力し合えるようにと、一人では解決することができない試練をいくつも与えました。その試練はとても辛く、小人たちは酷く苦しみました。神様たちはその光景を見てとても感激して「なら自分たちの力を分けてあげよう」と自分たちの大切なものを小人たちに与えました。乱暴な性格の神様は「戦えるように」と剣を、誠実な神様は「守れるように」と盾を、寡黙な神様は「救えるように」と紐を、それぞれ小人たちに与えました。小人たちは神様からもらったものを使い皆で協力し、ついに神様の試練を乗り越えました。神様たちは小人たちが手を取り合い試練を乗り越えたことをとても喜び「もう喧嘩はしないだろう」と天へと帰っていきました。しかし小人の一人は思いました。「他の小人のもらったものが欲しい」と。


 ウェインラッド大陸、古き時代に生きた開拓者グウェイン・ベルンタスの名前が由来とされるその地には、多くの国が名を連ねていた。中央に広がる死の海の異名を持つ白海(はくかい)を囲むように広がるドーナツ状の大陸の上にある様々な国々は、大陸の外側の海に浮かぶ島国と貿易を盛んに行うことで、人々はその地で生活を営み文明を築いていた。そして、その時代に生きる者たちには等しく全てのものが持つある能力があった。

 「オブリヴィオン」

 この時代を生きる全ての人々が宿すとされる精霊の総称であり、その姿は動物や植物、武器、服など有機物から無機物までさまざまな形を模しており、似たような能力を持つものはあれど、全く同じものは一つとして存在しない、この時代の人々にとって個性のようなものであった。「オブリヴィオン」は生まれながらにして宿すものもあれば、ときが訪れた際に発現することもあり、さらに宿主が死ぬと「オブリヴィオン」は新たな宿主へと転生しその力を覚醒させる。そうしてこの時代の人々は「オブリヴィオン」と共に時を過ごし、伝承は遥か遠い過去より続いていた。

 そして、そのオブリヴィオンの中でも特別な存在とされるものがあった。古き時代から伝わり続いてきたことで生まれた伝説、かつて神より与えられた力とされる特異の存在であるそれらを人々は「三霊(さんれい)」と呼んだ。力を司る「黒翼(こくよく)のバハムート」生命を司る「神衣(しんい)のエグゼス」知識を司る「(くさび)のシュザ」、その存在は他のオブリヴィオンと比べることすら恐れ多いほどの力を有しているとされているが、伝説、古い御伽話として語られるほどにその存在は既に風化していた。しかし、その存在を信じるものも少なからずこの時代にもおり、それはときの権力者たちにとっては最も欲すものでもあった。


1.

 ウェインラッド大陸の内地、渓谷が多い高山地帯にあるケイロス王国は国王ダグベット・ケイロスが統治する国民およそ40000人ほどの小規模な国である。しかし、小国でありながら多くの高原や渓谷などの土地を保有しており、領地面積でいえば大国とも引けを取らなかった。領地内では農産物の栽培が盛んで、収穫したそれらの農産物を国外へ輸出することで経済を成り立たせていた。

 人口に対して大きすぎる領地、それほどの国有地を持つのは国内外ともにその名を知らないものはいない「ケイロス王国騎士団」の存在が大きかった。「ケイロス王国騎士団」はケイロス王国の軍部についている名称であり、兵量としては少ないがその一人一人の技量は他国の軍人10人分には匹敵すると恐れられており、その実力は国内外から認められるほどであった。しかし、それほどの力を持ちながらも国有地の侵犯、不当な侵略行為など行うことはなく、すべての騎士たちは高潔な意志のもとにあった。そのため領地のほとんども侵略ではなく、侵犯への防衛にて獲得した捕虜交渉や協定を結んだ国から譲渡されたものであり、その領地の多さが強さを実感させていた。

 近隣国には島国との貿易を盛んに行うマフェレー民主国や大国ノクティルが存在し、特にノクティルとは度重なる中立領への侵略行為とその対応から、常に緊迫した情勢であることを余儀なくされていた。それでも国民たちの多くが平凡な日常を送れるだけの生活基盤を作り上げられており、誰もその中で不満を持つものなどいなかった。


 「今日も、平和に終わってくれたな。」

 ケイロス王国の中心に位置するケイロス王ら王族が生活を営むバンドレイク城、その周りに栄える城下町をまとめて囲むように聳え立つ城下街への侵攻防御用に建造された50mほどの高さをもつ防御外壁(アルガンダント)、その上部全てを結ぶ外壁連絡橋に立つ一人の青い長髪の青年がそう呟く。彼の目線の先には広大なウェインラッドの地に植物が青青と生えた平原が広がり、その先には天気がすこぶる良いのか隣国であるノクティルのシンボルともいえるスタンピッド礼拝堂の上部にある大きな国章を象ったシンボルがうっすらと霞がかって見えた。下に目を向けると行商人が運搬用の供として良く利用する白色の巨体をもち動きは遅いが力の強い大型動物シウに荷台をくくりつけ東門を抜けていく。シウの後ろに固定されている荷台には国内で取れたであろうさまざまな色をした果物が溢れんばかりに積まれており、その荷台に腰をかけるようにもう一人の男性が座っていた。視線を右の方へ向けると自分と同じ王国騎士団の一部面々がシウと並ぶ移動手段のひとつである動物、黒色をしたシウよりも遥かに俊敏に動くことのできる大型動物マウへ人が乗るために作られた専用の荷台、屋車(レトン)を引かせ、大海へと流れ出るトラス川を沿うように道を歩いていた。朝の儀礼にて聞いた話によれば、貿易条約の更新を一部騎士団面々がマフェレー民主国へ申し付けに行くという話だったため、恐らくはその部隊であろうと青年は思った。頭上を見上げると空には晴天が広がり、日差しは眩しいほどにこちらを照らしていた。

 いつもと変わらない日常は青年にとって心地良くあり、この変わらない日々を国の人々が送り続けることが彼自身の役目だった。しかし、ここ最近疑問を持つこともある。父の教え、そして自身の才能もあってか青年は若くしてケイロス王国騎士団へと入団することができた。このことに育ててくれた父も母も大いに喜んでくれた。自身も父と母への感謝を形で表せたことが喜ばしかった。しかし最近、自分は父と母を喜ばすために強くなったのかと疑問に思うことがある。それだけではない、父と母との間にある壁、それを認識してしまうような歳になってから、自分から自然と両親との距離を置いてしまうようになっていた。血の繋がりの問題ではない、自分でも二人を本当の両親のように思っている。産んでくれた母や父の顔すら思い出せない青年にとっては今の父と母が家族であった。しかし、それでもそう感じてしまうのは自分が大人に近づいているからなのだろうかと青年は思った。

 「ご苦労様です。セシル・ヴァーンハイト六位、東門監視、交代いたします。」

 青年がそう呼ばれ振り向くと、そこには自身と同じように鎧をきた自分よりも幾分年上に見える男性がこちらを向き姿勢を正して立っていた。青年はその姿を見ると腰につけていた壁外監視者の証である装飾のついた短剣を外し、後ろから声をかけた男に、それを丁寧に手渡した。

 「よろしくお願いします。」

 セシル・ヴァーンハイト、ケイロス王国騎士団第六位の騎士位を持つ青年は壁外監視の役目を終え防御外壁を下っていく。時刻は昼下がりのときだった。


 バンドレイク城の城下街に設置されている防御外壁には国民や商人など、人間が出入りをすることに使用される東門、物資の補給など物流の輸入口として使用される南門、一部のものしか出入りの仕方を知らない王族専用の西門、そして現在は使用されていない北門の計四つの門が設置されていた。

 セシルが監視の任に就いていた防御外壁から東門へとつながる階段を下ると、下には東門監視の任を行う警備団のものたちが立っていた。警備団は王国騎士団と似た組織ではあるが、対外の戦闘行為には基本的に参加せず、国内で起きた問題を専門に取り締まる存在であり、立場的には騎士団の下方組織という位置付けであった。セシルの方から挨拶として敬礼をすると、立っていた警備団の人間たちも改まり丁寧に敬礼を返してくる。セシルはそのまま警備団の前を通りすぎていき、城下街の東大通りへと向かっていった。東門内側にある門前広場から東大通りの方を向くと、目の前には城下街と東門を分断するように流れるトラス川があり、その上には大きな煉瓦を積み重ねて堅牢に作られた橋がかかっていた。ケイロス王国はもともと渓谷の多い地を開拓して切り開かれた土地であった。そのため領地内に平野や森林、河川などの自然が多く溢れており、人が生活を営むのには難しい土地ゆえに他国の侵犯がほとんどなく、そのため防御外壁に包まれた城下街は他の国々と比べても大差ないが、防御外壁の外側、つまりは城下街を除いた部分の領土を合わせた場合、大国に引けを取らない領土の広さを誇っていた。

 橋を渡るとバンドレイク城へと続く城下街東大通りが目の前に広がる。東大通りではケイロス王国の国民らが国内で生産したものや、国外から輸入したものの売買を行うことができる市場が開かれており、そこで城下街に住む国民たちは生活の基盤を整えていた。東大通りから正面を見上げると、ケイロス王国の象徴であるバンドレイク城が(そび)え立っている。一見すると大通りをまっすぐに進めば城へと到着できそうに見えるが、実際は城下街の家の立地や建造方法に城を護るための細工がなされていた。

 バンドレイク城へと続く大通りは全ての門からそれぞれ一本ずつ繋がっており、東、南、西、北、全ての大通りが一見しただけでは城まで続くただの坂道のように見えた。しかし実際は城へ近づくほどその傾斜が緩くなっており、城へ近いほど周りの民家や屋敷は敢えて高く建造されていた。そのため遠くから一見しただけではその高低差に気づくことができない他、城周辺の家屋はさらに入り組んだ細道を両側から囲うように建てられているため、この構造から攻め入った際には入り組んだ高い建物間を縫うように細道を移動する必要があり、もし敵国の兵士に城下へ進軍されたとしても簡単に城へと進軍することができない構造をしていた。

 東大通りを抜け、建造物の構造が変化する境目となっている東中央広場の先に、セシルの住む今まで通り過ぎてきた民家と比べ明らかに堅牢であり絢爛な造りをしたヴァーンハイト家の屋敷が見えてくる。ヴァーンハイト家はケイロス王国騎士団第二位の地位をもつフィデル・ヴァーンハイトが当主を務める家系である。ケイロス王国騎士団は最低位として第十位、そして最高位として第一位という順にその位が決まっている。特に第一位から第三位は騎士団の中でも一人ずつしか任命されず、それは他の騎士位と比べても特別なものであった。フィデルはその中で二位に選出された存在であり、さらに王国に多大な貢献をしたものとして国王より直々に贈られる「王族憲章(イングレット)」を得たことのある歴戦の武人でもあった。故に王国騎士団第一位であるバセット・ダンテールと並び、王国騎士団設立から今に至るまでで最強の騎士と称されていた。

 セシルが屋敷正面にある両開きの大きな玄関を開けると、赤い絨毯の敷き詰められた広々としたエントランスにて数人の使用人たちがこちらに向かって頭を下げていた。

 「お帰りなさいませセシル様、お召し物をお預かりいたします。」

 使用人の一人がそう言うと、他の使用人たちがセシルのつけていた直剣と彼の鎧を手慣れた手つきで外していく。身体を使用人に預けるように差し出しながら、セシルが背筋のいい初老の男性へと質問する。

 「父上はまだ戻られてませんか。」

 「フィデル様は本日、バセット・ダンテール様との軍議に出席されております。ご夕食は先にとるよう申し付けられておりますので、お帰りは夜中かと。」

 セシルの質問に答えた初老の男性は使用人長であるカルネル・メーウィンだった。その間に他の使用人たちはセシルの装備を手際良く全て外し終えると、それをマネキンのような鎧がけに丁寧に取り付けていく。

 「こちらはお部屋へお運びいたします。よろしければご一緒に浴場へ。」

 「一人で構いません。鎧と剣だけお願いします。」

 「承知しました。」

 女性の使用人の言葉にセシルはそう答えると、鎧の下に着ていた肌着の状態で浴場へと歩いていった。その後ろ姿が見えなくなるまで、使用人たちは静かに深く頭を下げていた。

 

 浴場から上がり新しい肌着を着ると、大衆浴場のような広さの脱衣所の端にかけられていた部屋着を纏う。浴室を出ると目の前には使用人たち数名が屋敷内の掃除をしており、セシルに気がつくと笑顔で会釈を返す。セシルもその表情に少し口元を取り繕い返すと、脇にある螺旋階段を登り二階へと上がった。二階の廊下にはフィデルがこれまでに贈呈された様々な勲章や装飾品が飾られており、その道程を端まで歩いていくとそこにセシルの自室があった。自室の扉を開け、中へ目をやると部屋の隅には先程まで来ていた鎧が既に綺麗に清掃された状態で飾られており、その裏には竜が描かれたタペストリーのような壁掛けに直剣が飾られていた。

 セシルは部屋へと入ると、そのままベッドへと向かい深々とベッドへもたれこみ体重を預ける。シーツからは毎日使用人たちが取り替えてくれるため清潔な匂いがした。そのマットの中に顔を埋めると、とても心地の良い感触が顔を包み込む。当たり前のように清潔で新しいものに包まれ、身支度を使用人の人らが行ってくれるこの裕福な生活が彼にとっての今の日常であり、決して不自由のない生活に彼は慣れきっていた。しかし、その感覚に更けていると、いつも決まって昔のことを思い出す。

 彼がまだ2歳のとき、中立領であった彼の故郷は他国の軍に侵略された。中立領とは国に所属していない、されていない村々のことを差す。国の機能を持たないため、ほとんどが個人での生活基盤を確保する必要があるが、同時に国税や法律の概念がないため、理由あって国に名を知られたくないものや自営の商才に長けたものはあえて中立領で生活を行うものも多かった。しかし国へ属さない故、常に侵略行為の危険に晒されることも事実であり、ほとんどの中立領では隣国へ条約金を払い防衛を担なってもらうか、侵略行為を禁止する平和協定を近隣国と結んでいた。平和協定とは隣国たちとの貿易を簡易化、平等化することを目的に作られた協定であり、国同士の場合に掛かる可能性のある関税を放棄し、生産する食料、発掘される鉱物、製造する武器やその他の輸出品全てを、全ての国に同一の単価で流通させる代わりに侵略行為を禁止するというものだった。ほとんどの国はこの平和協定を遵守していたが、中にはそれでもなお中立領への侵略行為を行う国も存在した。なぜならば、中立領は国として属していないという部分が災いし、制圧、侵略された後にその国の領土として無理やり協定が結ばれてしまえば、他国からの干渉を妨げることができるため、その侵略行為自体を有耶無耶にすることができた。

 セシルが住んでいた村も元々は鋳造技術に富んでおり、刀剣の生産で有名な村であり、近隣国との平和協定を結んでいた。しかしその技術を求めたある国が彼の住んでいた村へと軍を派遣し村を制圧、そのとき村へと救援に来たのがケイロス騎士団の面々であり、部隊長を勤めていたのが当時王国騎士団第四位であったフィデル・ヴァーンハイトであった。騎士団が村へ着いた時には住民のほとんどが連行、又は殺害された後であり、それは凄惨たる有様だった。そんな中で、一人の少年が納屋の床裏にあった子供一人が入れるほどの収納に隠れ、静かに息を殺していた。それが幼き日のセシルとフィデルの出会いであった。生存者を探す中、それを見つけたフィデルは、恐らく彼の母か父が大事な息子を守るためにそこへ隠れるよう促したのだろうと察した。フィデルはセシルへとゆっくりと手を伸ばすがセシルはその手を見ても決して取ろうとしなかった。その怯えた表情を見て悲哀にくれるフィデル、そして意を決すると、黙って腰にさしていた短剣を取り出し自身の手のひらに突き刺した。驚く周りの兵たち、しかしフィデルは決して表情を変えずに短剣で自身の手を傷つける。鮮血で真っ赤に染まったフィデルの手、そしてフィデルはその手を再び怯えるセシルへと伸ばした。

 周りの兵たちには何故フィデルがそんなことをしているのか分からなかった。しかしその手を見て少しずつ身を床下から出してきた少年の姿を見たときその意味が分かった。少年の身体は真っ赤に染まっていた。彼自身の血なのか、他の人間の血なのかもわからない、もしかしたら彼を守ろうとした両親の血なのかもしれない。少年の身体は鮮血に濡れていた。

 同じ色のフィデルの手を見てセシルが恐る恐る手を伸ばす。その瞬間、フィデルはその手を取り目一杯引き寄せる。驚く少年であったが、その瞬間フィデルは少年を自身の胸の中で優しくも力強く抱きしめた。

 「すまない、本当にすまない・・・!。」

 フィデルは震えた声でセシルへと必死に謝罪する。フィデルにとってはそれが今の自分にできる最大限のことだった。フィデルの言葉を聞き、幼き日のセシルは次第に涙をため力強く泣いた。セシルを支配していた恐怖、父や母、そして故郷との別れが全て涙と共に流れ出る。その二人の光景を見て騎士団の面々は唇を噛み締め、深くその村へと黙祷を捧げた。

 セシルの記憶はそこからのものしかなかった。あの村で共に暮らしていたはずの本当の母も父も覚えていない。一緒に過ごしたはずの幼い友も、かつての村の光景も思い出せない。思い出そうとして出てくるのは、瓦礫と化した民家と並べられていた遺体の布袋だけ、その日から彼の故郷はケイロス王国となった。唯一村の生き残りであったセシルは孤児としてフィデルにケイロス王国へと連れられた。中立領の人間に対して支援を行うことは平和協定内に細かくルールが明記されており、戦災孤児を引き取ることは残酷なことではあるが協定内で禁止されていた。しかしフィデル他、当時救援へと駆けつけた騎士団の面々はセシルのことを思い彼の素性を隠し、フィデルの希望のもとヴァーンハイト家の養子とした。もともと子供が出来なかったフィデルと彼の妻ラウラは喜び、セシルを本当の息子のように育てた。フィデルは特に自身のように強くあれとセシルへ己の剣術を幼いときより教え続けた。その甲斐もあってかセシルは王国騎士団へと入団し、今年へと入り第六位という騎士位を得るほどにまで成長した。

 フィデルもラウラもそれを誇りに思い喜んでくれた。セシル自身も父と母の喜ぶ顔を見れて嬉しかった。しかしそのときより、自身の中の思いに疑問を持つようになっていた。

 「自分は父と母のためだけに剣を握ったのか。」


 皆がほとんど寝静まった夜、民家の明かりも残っていない時間にエントランスの重い玄関が再び開き、音が静かな屋敷内に響き渡る。ただ一人扉の前に立っていたカルネルが、開く扉に内側から手を添えて優しく引く。すると外から左頬に傷痕をもつ、蒼い装飾が多く施された軍服を着た一人の屈強な男が屋敷へと帰ってきた。

 「お帰りなさいませフィデル様、予定よりもお早いようで。」

 「軍議の決着が早くてな。」

 「左様ですか。既にセシル様は夕食をとられております。ラウラ様はフィデル様とご一緒にとられるとおっしゃられておりました。すぐにご用意いたしますので。」

「頼む、セシルは自室か。」

 「はい、おそらく自室に居られるかと。」

 カルネルがそう答えるとフィデルは軍服を着たままセシルの部屋へと向かう。途中、帰り支度を整えていた使用人たちが廊下を通るフィデルを見かけると彼にお辞儀をする。フィデルは軽く手で応えながら、セシルの部屋の前へ立つと部屋の扉をノックし、セシルの「はい」という返事の後、部屋の扉を開けた。机と向かい何かを書いていたセシルであったが、部屋へと入ってくるフィデルの姿を見ると、立ち上がり、フィデルの方へと向き直る。

 「おつかれさまです、父上。」

 セシルが父フィデルにそう言うとフィデルは少し被せ気味にセシルへと言った。

 「セシル、急だが明日に部隊の派遣が決まった。中立領ルネリスにいる侵略部隊の制圧にダンテール一位の下で動ける人間がいないかと話が出てな。私の方からお前を推薦した。明朝に出発とのことだ。これも武功として励んでくれ。」

 「ルネリスですか。しかしダンテール一位が自らお出になると・・・。」

 セシルの口調がそう重くなるとフィデルも口を重くしたがセシルへと応えた。

 「・・・そうだ。中立領へノクティルが行っていることを我々としても見過ごすわけにはいかない。情報兵からの報告ではおよそ500人程度の部隊という話だが、ダンテール一位が出るのもノクティルへの牽制も兼ねてだ。」

 その言葉を聞くと、セシルは机の上に向かって開いていた手記を目線を落として閉じ、再びフィデルの方へ向き直ると、右手を自身の胸にかざし応えた。

 「承知しました。励まさせていただきます。」

 「すまないな。これも騎士の役目と思ってくれ。」

 フィデルがそう言ってセシルの部屋を後にしようとしたとき、一言付け加える。

 「そうだ。帰還したときの晩餐はラウラに言ってお前の好物のマフスのローストを作ってもらおう。」

 「楽しみにしています。」

 セシルが笑顔でそう答えるとフィデルも笑顔で部屋を出ていった。フィデルが部屋を出ていくのを見送ると、セシルが一言呟く。

 「また、中立領か。」

 フィデルがセシルの部屋を出ると扉の前でカルネルがこちらを見ていた。

 「ご立派になられました。フィデル様も感じておられるのでしょう。」

 カルネルがそう言うと、フィデルはカルネルに顔が見えないように通り過ぎようとする。そして、去り際に一言カルネルへと言った。

 「今日は気分がいい。古酒倉庫から一本出しておいてくれ。」

 フィデルがそう言うとカルネルはフィデルの背に深々とお辞儀をした。


 2.

 まだ日も上りきっていない時間、市場では店を開ける前の準備を市民たちが忙しそうに行っていた。それを見るように東門前広場には一人一人似てはいれど細部の異なる鎧を着た兵士たち100人ほどが隊列を組み並んでいた。そしてその隊列の一番先頭、明らかに他のものとは鎧の装飾の数が違う翼が象られた兜を脇に抱える一人の屈強な男、ケイロス王国最強の称号である騎士団第一位の騎士位を持つバセット・ダンテールが背中に長剣を携え勇ましく隊列へ向かい合うように立っていた。

 「諸君!隣国であるノクティルが行う数々の行為、我々は誇り高いケイロスの騎士として見過ごすことはできない。中立領であるルネリスは平和協定を結んでいることもあり、そのルネリスに対する侵略行為は立派な平和協定違反である。我々は平和協定項第七条「他国の侵略行為を疑いなく発見した場合、これを制する権利」の上、正義のもとにそれを正す。その剣は弱きものを救い、悪しきものを切るためにある。躊躇うな、救い、守り、そして裁け。それが我々ケイロス騎士団の信徳である。」

 バセットはそう大声で語ると、旗持ちの男へと目をやる。目を向けられた旗持ちの男は雄々しく軍旗を空高く持ち上げる。悠然とケイロス王国の紋章である「蒼炎の翼」が空へとたなびく。するとバセットが騎士団へと向け叫ぶ。

 「我々、騎士としての誇りを持ちそれを果たす!」

 「弱気ものへ盾を、強気ものへは矛を!」

 それに続き、騎士団の面々たちもバセットに続き叫ぶ。

 「心に宿すは誠を、腕に宿すは強さを!」

 「掲げしは雄々しく輝く蒼き焔!」

 「我らケイロス王国騎士団!」

 悠然と羽ばたくケイロスの紋章、朝焼けが兵たちを輝かせる。まるで絵画のような美しさを感じさせるその光景を眺めていた市場の人々は、そんな彼らに自然と拍手を送った。

 そしてバセットがマウへと跨ると、それを先頭に騎士団の面々が東門前にて隊列を組む。バンドレイク城より響く日照の合図である大太鼓の音、その音と共にバセットのマウが東門の外へと駆け出す。バセットの背中を追うように隊列を組んでいた騎士団の面々もマウと共に東門を抜け中立領ルネリスへの道程を進めていった。そしてセシル・ヴァーンハイトも同じように共にルネリスへと向かうのであった。

 

 中立領ルネリス、ケイロス王国の中を流れるトラス川を遡った先にある村であり、鉱物資源の豊富な鉱山とその採掘技術の高さから侵略行為が常に危惧されていた。特に条約違反の目立つ国であるノクティルはルネリスと距離が近く、ことを及ぼすのは時間の問題であると隣国たちから警戒されていた。

 マウの脚でもおよそ一日はかかるルネリスまでの道のりを進む騎士団一行。マウへ跨るバセット他、騎士第七位までをもつ面々も自身のマウの背に跨っており、それより第位が下、または第位をもたない兵たちは一台に4人ほど乗りこむことのできるマウに引かせる人を運ぶための輸送車、アフバへと乗りこみルネリスを目指していた。

 「ヴァーンハイト六位はルネリスという街をご存知ですか。」

 バセットから数えて前から5人目ほどの位置にいたセシルの後ろから突然話しかける声が聞こえる。目を向けると、セシルの後に着いていたのは結った赤褐色の髪を靡かせる華奢な体つきの青年ベルノール・ケイロスだった。ベルノールは国王ダクベッド・ケイロスと王妃エトランゼ・ケイロスの実子、つまりはケイロス王国の王子であり、セシルが剣の前期指南役を任されている人物でもあった。ベルノールは騎士としては不向きな華奢な体をしていたがそのハンデを覆すほどに才が高く、15という若さでありながら既に第七位という称号を得ていた。中には王子故の贔屓と噂するものもいたが、指南役をしているセシルはその才を最も理解していた。

 「これから向かう中立領のことでしょうか。特別には何も。」

 セシルがベルノールへ答える。

 「父の話ではルネリスはかつてノクティル領だったという話を聞きました。しかしノクティルが戦争の折、協力要請を出したにも関わらずルネリスがそれを放棄、激怒した当時のノクティルの王がルネリスを領から追放したと。」

 ベルノールはそう言うと一瞬口籠もったが言葉を続けた。

 「自分たちから手放したものを、必要になったからと再び囲おうとするのは傲慢に思えます。しかし、それが全てノクティルを悪とするには私は疑問に思えます。」

 ベルノールがそう語ると、セシルがベルノールへと答える。

 「ノクティルには他にもさまざまな疑いがあります。全てがノクティルに非があるとは思いませんが、少なくとも彼らの行なっていることが正であるとは言い難いでしょう。」

 セシルがそう答えると、ベルノールが少し俯く。その様子を見てセシルは前を向き直るとベルノールへ言った。

 「ベルノール様がそう思うのであれば、あなたが王となったときにあなたが変えればいい。あなたにはその権利がある。お父上と違う道を歩まれることが全て間違っていることなどありえません。」

 セシルがそう言うとベルノールはセシルに聞いた。

 「ヴァーンハイト六位は、そのとき供についてきてくれますか。」

 「・・・。」

 中立領の生い立ちが全て正しさの元にあった訳ではないということはセシルにも分かっていた。それにどちらかと言えば公にすることができないことの方が多いことも確かだろう。しかし、その中立領で生まれたセシルにその質問は答えることが出来なかった。ましてやケイロス王国騎士団に助けられ、そのことを隠す彼にはそれを否定することも出来なかった。

 「ルネリスが見えてきたぞ。」

 先を走るバセットが声を出す。バセットの視線遥か遠く、平野の先にケイロスのものよりは低い防御外壁が立っているのがうっすらと見えた。次第にバセットがマウの速度を落とすと、それに合わせるように他の面々も速度を落としていく。そしてルネリスの様子を伺えるギリギリの場所にあった森林の影で騎士団の面々は歩みを止めた。

 「・・・見たところ、正門側の監視は20人ほどか。情報通り防御外壁は落としていないらしい。突入するのであれば、正面切って行くべきか。」

 手に取った望遠筒を覗き込み、ルネリスの防御外壁周辺を見ながらバセットが言った。

 「他の経路も探すべきでは。」

 バセットの言葉に対し、並走していたケイロス王国騎士団第四位アーデル・カルムフェントが提案した。

 「いや、確かルネリスの防御外壁は正門側にしかまともな進入口がないはずだ。裏手は紙重石の採掘場になっていて突撃することも出来んだろう。それに彼らの目的が紙重石なのであれば、恐らく向こうの方が数を配置しているはずだ。」

 バセットはそう言うと、後ろに追随していた騎士団の面々の方を向き直ると彼らに指示を出した。

 「私が監視部隊を一手に引き受ける。その間に他のものたちは正門へと進み門を突破、先陣をきったものたちは代表庁舎へと一気に進み、後続のものたちは突入後に街へ拡散、ノクティルの侵略部隊を討て。衛生兵は正門突破後、情報にあった右方の厩舎にてマウと共にアフバを待機、歩兵の諸君は住人たちの誘導を。」

 バセットはそう言うと背に携えていた長剣を抜き、刀身の先端をセシルへと向けた。

 「ヴァーンハイト六位、撹乱後の先陣は君に任す。君のオブリヴィオンであれば混乱した兵たちを突破することは大した問題ではないだろう。恐らくノクティル軍は代表庁舎へ本隊を派遣し、領地化の調印を強制しようとしているはずだ。押印されれば我々の敗北になる。」

 「承知しました。」

 バセットの命令にセシルが答える。

 「頼んだぞ。ヴァーンハイト六位のもと第七位までのものは彼に続け。第四位、および第五位のものはカルムフェント四位の元行動、アーデル問題ないな。」

 バセットの言葉にアーデルがバセットの目を見てうなずく。

 「その他のものたちも蹂躙しているノクティルの兵たちを騎士の名のもと残らず叩け。」

 バセットのその言葉に他の兵たちも深々と頷く。するとバセットはマウの向きを変え、握っていた剣の先をルネリスの正門へと掲げる。次の瞬間、バセットの背後より一匹の大鷲が突然姿を現す。その翼はまるで炎が燃え盛るように赤々しく猛っており、全身から火の粉が舞いあがっていた。

「はーっ!!!」

 バセットは大鷲の姿が現れた瞬間、ルネリスの防御外壁へとマウを全速力で走らせる。背後の大鷲はバセットの駆けゆく姿の後ろから、それを先行するようにバセットの先へと飛び立つ。大鷲が翔け抜けた地面に大鷲の深紅の羽が舞い、その羽が落ちた地面はまるで山火事が起きたかのように赤く焼け爛れていった。しかしバセットのマウはその上をものともせずに走り続ける。そしてそのバセットの背を追いかけるように騎士団のものたちが付き従う。

 「なんだ!?」

 ノクティルの監視が異変に気づき、こちらへと近づきつつある部隊が目に飛び込んでくる。しかし次の瞬間、バセットは大鷲に向かって力強く命令した。

 「滅却しろ!ファルザー!」

 バセットの声と共に彼のオブリヴィオン「ファルザー」がノクティルの監視たちの元へと勢いよく羽ばたく。

 「敵襲だー!」

 ノクティル軍の兵が大声で叫んだ瞬間、上空を深紅の大鷲が翔け抜け、鷲の羽が天より舞い降りてくる。それに目を奪われた矢先、突然彼らの足元から火が上がった。その火は一瞬で防御外壁の上、前方に構えていたノクティルの監視たちを包み込む。監視の兵士はその炎に包まれると、叫び声もなく一瞬に灰と化した。

 「私のファルザーの炎に痛みはない。せめて安らかに消えてゆけ。」

 監視の兵たちが混乱した矢先、バセットの後ろから先陣を任されたセシルを先頭に他の騎士団のものたちがルネリスへと進軍する。他のノクティル兵らも異変に気づき応戦へとかり出るが、そのほとんどが気付く前に無痛の炎に包まれた。

 「救ってみせろ、我らの剣で!」

 バセットの掛け声と天へと突き上げられた剣を合図に、ルネリス奪還の狼煙があがった。


 先陣をきるセシルたちは正門を抜けると、勢いそのままにルネリスの中央街道の先に聳え立つ代表庁舎までの一本道をマウと共に駆けてゆく。その後ろに続き続々と他の兵たちもルネリスの街へと突入し、街の至る所で戦闘が始まった。

 「ケイロス王国騎士団である!生存者は自身の位置を示せ!」

 剣と剣のぶつかり合う金属音の間に騎士団の誰かがルネリスの民に対する大きな呼び声が聞こえる。突然の強襲に驚いたノクティルの兵たちも抵抗を見せるが、一人一人の強さではケイロス王国騎士団の面々が一枚も二枚も上手であり、次々にケイロスの騎士の剣に落ちていった。

 戦闘の音を背に聞きながら、ただ目の前に見える代表庁舎へとセシルたちのマウが駆けてゆく。すると後ろから一騎のマウがセシルの横に付き従うように並んできた。マウの騎上からセシルが目線を向けると、そこにはベルノールの姿があった。

 「お供いたします、ヴァーンハイト六位。」

 「感謝しますベルノール様。」

 セシルがそう言うと、二騎の騎士を先頭にルネリスの中央街道をケイロスの騎士たちが駆けていく。マウの蹄鉄が街道に敷き詰められた石造りの地面を猛る音をたてながら登ってゆく。このまま進み続ければ5分もかからず代表庁舎までたどり着けるであろう。セシルがそう思ったときだった。

 「ヴァーンハイト六位!」

 誰かが後ろから叫ぶ。その声に目を向けると、後ろから五、六騎のノクティル兵がマウと共に追ってくる。更にはマウの足元、そして民家の脇よりセシル達を目掛けて弓を射る数人のノクティル兵の姿もあった。しかし、一刻も止まるわけにはいかないとセシルは怯むことをせずにその矢が降り注ぐ中をただまっすぐに代表庁舎へとマウを走らせた。

 「任せたぞセシル!」

 追走していた騎士団の一人はそう言うと、マウの足を急に止め後ろへと勢いよく突っ込んでゆく。その姿を見ると他の騎士たちもセシルに対し目で合図を送り、セシルとベルノールを先に行かせ、後ろから追ってくるノクティル兵へと向かっていった。

 「ヴァーンハイト六位、ベルノール様、頼みます!」

 誰かがそう言ったとき、代表庁舎までの道を進んでいたのはセシルとベルノールだけになっていた。

 「急ぎましょう!」

 ベルノールがセシルへそう言ったとき、目の先にある建物の影から赤い装具を付けたマウに乗る二騎のノクティル兵が現れた。

 「これ以上行かせんぞ!」

 ノクティル兵の一人がそう呟くとセシルたちに突っ込む形でマウを走らせる。このまま進めば追突しかねない速度で迫りくる二騎をベルノールは見ると、セシルへと何かを訴えるように無言で視線を送る。ベルノールの方を向いたセシルはベルノールの意図を感じ取ると無言で頷き前を向く。するとセシルとベルノールは正面の二騎へと速度を緩めずに向かっていった。

 「突破できると思うか。」

 正面から迫るノクティル兵二人が持っていた槍を構える。するとセシルのマウは逆に速度を落とし、ベルノールだけが先陣をきる形となる。正面のノクティル兵たちは突き進んでくるベルノールへと狙いをつけマウをさらに加速させる。しかし次の瞬間、ベルノールは器用にマウの上に立ち上がると、同時に何かを紙のようなものを右手で握り潰した。そして、ベルノールがマウの鞍を勢いよく蹴りあげると彼は上空へと大きく飛び上がった。常人離れしたその跳躍力と浮遊時間に驚くノクティル兵たちであったが、それが術具の効力だと悟ると飛び上がった上空のベルノールに対しノクティル兵たちは槍をマウの槍掛けへと置き、弓を構えベルノール目掛け放とうとする。しかしその刹那、上空のベルノールの空いた左手に剣というにはあまりに細すぎる白銀の刀身をもつ武器が現れる。

 「切り拓け、アルファリウス!」

 ベルノールはそう名を呼ぶと、彼のオブリヴィオン白銀の細剣「アルファリウス」が、弓を構えるノクティル兵目掛け空を斬りつけた。次の瞬間、斬りつけられた空間から一閃の閃光が走りベルノールを狙って弓矢を構えていたノクティル兵へとその閃光が直撃する。その一閃は刃の如くノクティル兵を鎧とともに切り裂いた。斬撃を受けマウの上から崩れ落ちるノクティル兵、もう一人がその光景に驚く。その一瞬の混乱に乗じてセシルのマウが再び速度を上げ走り抜ける。もう一人のノクティル兵がセシルを追おうとするが、ベルノールは自身のマウへと着地するともう一人のノクティル兵へと再び「アルファリウス」の斬撃を繰り出す。ノクティル兵はベルノールの方へ目を向け、間一髪構えていた直剣によりそれを受けたが、その空撃は思いの外重く、構えていた剣が弾き飛ばされた。バランスを崩したノクティル兵がマウの上から転げ落ちる。咄嗟に受け身を取るも、ノクティル兵の首元へと後ろからベルノールが右手に握った直剣の刃を向ける。

 「無駄な命を、散らせたくはないでしょう。」

 ベルノールがそう言うと、ノクティル兵は横目で見えるその刀身の煌めきに唾を呑み、無言で腰の脇差しにかけていた手を上へと上げた。

 「ヴァーンハイト六位。」

 ベルノールはそう呟くと、代表庁舎の方を見上げた。


 市街地での戦闘は徐々に収まりつつあり、ケイロスの騎士たちとノクティル兵の実力差は明らかだった。何故ならば、ケイロスの騎士たちは自ら望んで兵となり騎士として成長していく。それに対しノクティルの兵は齡15を超えたものたち全てが兵とならなければならず、そもそもとして全員が最初から戦う意志を持っているものではなかった。

 「報告!市街地内の鎮圧はおおよそ完了致しました。」

 戦闘が落ち着き剣を懐へと納めようとしたバセットのもとに一人の兵が報告に来た。その言葉を聞き周りを見渡すと、確かに先ほどまで聞こえていた金属同士が重くぶつかりあう戦の音はほとんど聞こえなくなっていた。

 「市街地は片付きつつある。市街地での戦闘行動を終了し、採石場側の鎮圧を開始するよう伝えろ。」

 バセットの伝令に兵は敬礼で答えると、走って街中の方へと向かっていった。それを目で送るとバセットは代表庁舎の方へと目を向ける。すると、バセットの後ろからアーデルが剣についた赤い液体を布切れで綺麗に拭き取りながら現れた。

 「ちょうど伝令をだしたところだ。採石場の鎮圧を頼む。」

 「承知しました。」

 そう応えるとアーデルは、バセットとは反対の市街地の方に目を向ける。戦闘が終わった街には戦の残り香の火薬と鉄の匂い、そして街の瓦礫と倒れている兵士たちが多く見て取れた。

 「それにしても、ノクティルの兵はやはり我々とは覚悟が違うようです。剣を突き立てればすぐに武器を捨てるものばかりだ。数を取り揃えたところで何の意味が。」

 アーデルがそう言うとバセットが答えた。

 「少しでも軍事力を大きく見せるには数が重要だ。大国であればあるほどその母数は重視され、幾ら技を上げようとも、所詮は圧倒的な数の前では無力だ。だから取り繕うように、望まぬ形の兵を作る。」

 バセットはそう言うと同時にその場に屈み、下に倒れていた若いノクティル兵の遺体が着ている鎧の隙間から何か折り畳まれた一枚の紙を取り出すとそれを広げて見せる。

 「だが、中にはその命を本当の意味で国のために捧げようとするものもいる。そういう者達こそ、鍛え、強くしてやらなければならない。彼らにはその意志がない。だからこそ、こうやって散ることになる。」

 バセットの拾い上げたそれは一枚の写真のようだった。そこに写っていたのはたった一人の女性、彼女が目の前の遺体の兵とどのような関係なのかは分からない。しかし彼が死しても戦おうとした場でもその写真を抱えていたということは、何かしらの理由があるのは明白だった。バセットはその写真を遺体の懐へと戻すと、遺体の最後に死への恐怖に直面した目をゆっくりと手の平で閉じてみせゆっくりと立ち上がった。そして、着ていた鎧を整えるとマウの鞍へと手をかける。

 「私も代表庁舎へと向かう。アーデル、頼んだぞ。」

 バセットはそう言い残すとマウへと跨り、セシル達が登っていった中央街道に向かってマウを走らせた。


4.

 ルネリス代表庁舎は中立領ルネリスの管理の役目を担う施設である。国の領土としての役目を負わない反面、その管理は住民たちにて行う必要があり、その業務の全てを代表庁舎が一任していた。そして、その代表庁舎の中でも最終決定権をもつ存在であるルネリスの土地そのものの保有者である執官が滞在する執官室の中にて、黒い茨を模したような刺々しい甲冑に身を包んだ男、ノクティル軍第二大隊長アグリッサ・キャンベルが執官室にある机の前に座る初老の男性、ルネリス代表者グアマン・サルヴァン執官へと詰め寄っていた。グアマンの脇には二人のノクティル兵がグアマンが怪しい動きをしないよう剣を彼に向けながら監視し、扉の側にも二人の兵士が槍を携え立っていた。

 「あなたが頷いていただければ我々も何もせずに済むのです。首を縦に振っていただけないでしょうか。」

 腰に携えた剣の柄に触れながらアグリッサがそう言うとグアマンはアグリッサの方を向き言葉を返す。

 「何度も申し上げている通り、ここをどこかの領地にするつもりはありません。どんなに手荒なことをされても、それを皆分かってここに住んでいるのです。私の感情で頷いてしまえば、それこそ皆を裏切ることになる。」

 「なるべく血を見たくないのは我々も同じです。しかしこの一週間一向に進展がありません。あなたがずっとその態度を取り続けるのであればいつかは・・・。」

 アグリッサはそう言うと、触れていた腰の直剣をゆっくりと引き抜きグアマンの喉元へ優しく突き立てる。グアマンはその刃の輝きに唾を呑み込むが、すぐにアグリッサへと睨み返した。

 「どちらにせよいずれは死ぬ身、殺したければ殺せばいい。だが、その剣を汚したところで何も変わりはしません。例えこの屍に力づくで押印させたところで、皆は他へと逃げるだけです。そうなれば原本の入手も不可能になるでしょう。」

 「過去に裏切ったのはそちらの方です、代表。その立場にいる者なら聞いているでしょう、ルネリスの生い立ちを。ただ我々は元の鞘に戻っていただきたいだけです。」

 「そちらから追い出しておいて何を今更。それにあなた方が欲しているのはルネリスの土地ではなく、剣の術具(カレン)の原本と紙重石(しじゅうせき)の採石場だけでしょう。あれがなければそもそもこんなことする必要もなかったはずだ。我々があの原本をいざというときのために皆で隠匿していなければ今頃・・・。」

 術具(カレン)とは術力と呼ばれる力を込めて作られるものの総称である。術具は「オブリヴィオン」のようにさまざまな能力を発揮できるが、基本的に術力の扱いに長けた術師にしか製造することができず、また術師自身にとってもその製造は簡単なものではなかった。そのため製作するにはその製造方法を製作者が描き記された原本が必要であり、原本を持つ地域ではその原本を貸し出すことによりパテント料を得ていた。その術具の材料として最も多く使用されるのが紙重石と呼ばれる術力を込めるのに適した特殊な材質をもつ石の成分だった。ルネリスは近年紙重石の採石が可能な鉱山が発見され、そこをサルヴァン一族が主導となって開拓したことで紙重石の採石が進められるようになった。さらにサルヴァン一族は剣の術具の所有者であり、剣の術具は戦を多く行う攻撃的な考えを持つ国家にとっては最も重要なものであり、その原本は喉から手が出るほど欲するものだった。グアマンはその原本が争いを呼ぶことを危惧し住民でその原本を分割して所有するようにしていた。

 「これは我々のものです。何を言われようと頷くつもりもない。原本に関しても写本は存在しない。誰かが奪われてもその価値を落とさぬように。」

 「確かに、その二つも理由の一つではある。しかし、それだけでは無いのですよ。それだけなのであればもっと事を急いでも良かった。だが、我々はそうしなかった。何故だと思います?」

 アグリッサはそう言ってグアマンへ突き立てていた剣を少し引いてみせた。確かにこの男の言う通り、今更とグアマンは感じていた。意地を悪く、栄えてから潰そうとすることは流石のノクティルでも考えづらかった。それ以外の理由、今でなければならない理由、その意味に気づいたとき、アグリッサが笑みを浮かべる。

 「!まさか刻版を、だがあれの存在をどこで。」

 グアマンが驚きつつそう言うと、アグリッサが一枚の紙を懐から抜くと彼の前広げて見せた。そこに書かれていた内容をグアマンが目で読み進める。すると次の瞬間、グアマンは机の上の誓約書やペン、そしてアグリッサの持っていた一枚の紙を怒りのまま手で強く払いのけた。他の兵が剣を構えようとしたが、アグリッサは兵たちに剣を下ろさせる。アグリッサは散らばったペンや紙をアグリッサが拾いながらグアマンに対して言った。

 「あなたが思うほど、あなたの街では無いということです。動き始めているのでしょう、針が。」

 アグリッサがそう言うとグアマンが再びアグリッサを睨みつけた。

 「尚更、あなた方のようなものたちには渡せない。あれは我々のものだ。底を見ている者たちなどに。」

 グアマンがそう言い捨てた瞬間、アグリッサが少し眉間に皺を寄せる。すると執官室の外よりひとりの男が少し慌てた様子で部屋へと入り何かをアグリッサへと耳打ちした。アグリッサはそれを聴くと溜息と共に何かの合図を扉の前に立っていた兵士に送った合図を受け取った兵士が部屋の外へと出ていくと、アグリッサがグアマンへと距離を詰める。

 「ケイロスの騎士団がルネリスに立ち入ったようです。できればお早めに決断いただければと。」

 「ならば尚更、あなたたちの方こそ退いたほうがよろしいのではないか。私が調印しない限り平和協定を乱しているのはあなた方では。ケイロスの騎士たちは強いと聞く。」

 「ええ、だからこそお早めに。」

 アグリッサがグアマンにそう返したとき、先ほど部屋から出ていった兵士たちが数人の人間を連れ戻ってきた。そして彼らが連れてきたものたちの顔を見たとき、グアマンの表情が消える。

 「探すのには苦労しました。別に汚す血には慣れているが手洗い真似は好きではない。だからこそ、あなたの血よりもこちらの方が良いかと。」

 連れられてきたものたちがグアマンの前へと並べて立たされる。その見知った者たちが並べられた光景にグアマンが絶句した。  

 空虚の表情をして目の前に並べられているのは彼が街の外へと逃したはずのグアマンの息子とその妻、そしてまだ幼い彼の孫だった。

 「どうして・・・。」

 グアマンが思わず呟く。その言葉に今までの強気な態度は消えていた。

 「簡単ですよ。見たでしょう、先ほどの密告書を。」

 そう、アグリッサがグアマンに見せてみせた先ほどの一枚の紙、それは、ルネリスに住んでいる住民からの密告が記されていたものだった。

 「安心してください。私のオブリヴィオンの能力で彼らの五感は今や完全に失われている。苦しむこともない。」

 アグリッサはそう言うとグアマンに突き立てていた剣を並べられたグアマンの家族へと向けた。

 「誰からでも構いません。もしくは全員でも、あなたが頷くまで。」

 そう言うとアグリッサは初めにグアマンの孫に刃を向ける。

 「やめろ!」

 「それを決める権利があるのはあなただ代表。多くの街の人間が死にました。だがあなたは民意を盾にその犠牲を傍観し続けた。だからこそ、あなたが恐れた一番身近に感じることのできる死を天秤にかけてもらう。さて、どうしますか。」

 そう言われグアマンが初めて動揺を見せる。自分が頷かなければ自分の愛しいものたちの命を奪われる。しかし自分が頷いたとしても彼らが助かる保証もなかった。そして何より、その決断が更なる危険を自分、家族、街に及ばす可能性もある。全てがグアマンにとって恐怖であった。何かを言おうとするもさまざまな感情が入り混じり口の中で詰まってしまう。自分に何かできればと思うもグアマンにその力はなかった。グアマンがもつオブリヴィオンには微塵も戦う力などない。そして決断を下せるほどの余裕も彼からはこの一瞬で消え去ってしまった。他人と家族の命の価値、それは天秤で釣り合うことなどなかった。

 ほんの少しの時間が経ったとき、遠くから戦いの音が代表庁舎に届くようになっていた。その音を聴くとアグリッサは再びため息をつきながらグアマンの元を離れ、彼の家族のそばへとゆっくりと近寄る。

 「・・・ではこうしましょう。」

 そう言うとアグリッサは彼の孫へと手を近づける。するとアグリッサの手から黒い茨のような物が出ると同時に少年の身体に巻きつく。すると少年の中からも同じような茨が現れ、それはアグリッサへ帰るようにアグリッサの中へと戻っていった。そして全ての茨がアグリッサの中へ消えた瞬間、さっきまで無表情だった少年の顔に表情が戻る。

 「あれ、僕さっきまで。」

 その言葉を聞いた瞬間、グアマンの表情が一変する。

 「やめろ!殺すなら私を!」

 「だから言っているでしょう。権利はあなたにあると。」

 アグリッサがそう言った瞬間、彼の握っていた直剣の刃が少年の横を過ぎ、彼の横に立っていた母の喉元を容易く切り裂く。母の喉元から赤い鮮血が周りに勢いよく吹き出すも、五感の奪われた少年の母は何も言わず、ただ無の表情のままにその場へ崩れ落ちた。母の血を浴び、恐る恐る亡骸となった母にゆっくりと近づく少年。

 「お母さん・・・?お母さん!」

 母の亡骸を必死に揺らす少年、しかし既に事切れている母が動くことはなかった。

 「貴様ら!!」

 「殺したのは私です、間違いなく。しかしそれを許したのはあなただ、代表。」

 そう言うとアグリッサは次に少年の父へと刃を向ける。

 「おじいちゃん!お母さんが!お母さんが!」

 少年の必死の叫びにグアマンは呆然とすることしかできなかった。頷けなかった自分を殺したかった。それでも頷けない自分を殺したかった。グアマンはただ歯を噛み締めながら下を向く。その表情を見てアグリッサは哀しげな目と共に少年の父へとその刃の向きを変えた。

 「・・・残念です。この年で身寄りをなくすとは。」

 そう言った瞬間、アグリッサが再び刃を振りかざす。

 「やめろお!!」

 グアマンが叫ぶ。少年が泣く。その瞬間だった。


ガシャン!!!


 部屋の窓が吹き飛び咄嗟に身構えるアグリッサと兵士たち、その瞬間何かがアグリッサへと刃を向ける。咄嗟に剣を交えるが、見るとそれは辛うじて人の形をした人とは思えない甲冑姿の何かだった。

 「オブリヴィオンか!?」

 アグリッサがそれと剣を交えた次の瞬間、アグリッサは吹き飛び壁へと打ち付けられると、甲冑姿をした何かは浮かぶように窓の方へと戻っていく。泣き顔の少年がその何かの方へ目を向けると、そこにはそれを従えた一人の蒼髪の騎士が立っていた。

 「ケイロス王国騎士団第六位セシル・ヴァーンハイトである。ノクティル軍に告げる、ルネリスに対しては平和協定に順じ、不当な侵略行為は禁止されている。すぐに退去せよ。」

 セシルは剣を掲げながら、執官室にいた全てのノクティル兵にそう告げた。壁へと打ちつけられたアグリッサは剣を支えに体を起こすとセシルの方を見た。

 「・・・ケイロス王国騎士団が一方的に攻撃とは。我々は公正をもってルネリスの代表と話し合いをしている。お引き取り願おう。」

 「何が公正だ。外部からの監視をつけ街全体を軍兵にて制圧することを公正とは言わない。」

 「それは諸君らケイロス王国の考えだ。我々ノクティルの民とは根本が違う。」

 アグリッサがそう語ったとき、セシルの目に女性の亡骸とそれにしがみつきながらこちらを見ている少年の姿がはいってきた。鮮血に染まった少年の姿にあの日の自分がフラッシュバックする。そこに至るまでの経緯は分からない、しかしその場で行われたことの察しがついたとき、セシルの直剣を握る手に力が入る。

 「・・・これが貴公らの公正な手段なのか。」

 セシルが静かにそう呟く背後からノクティル兵がセシルへと斬りかかる。その瞬間、動きを見せないセシルより先にさきほど姿を見せた甲冑姿の彼のオブリヴィオンがノクティルの兵の腕を文字通り斬り落とす。

 セシルがその怒りのこもった眼でアグリッサを睨みつけた。

 「斬る!貴様ら全て!」

 そう叫ぶとセシルはアグリッサへと向かっていき剣を振り斬るが、アグリッサもその一撃を自身の剣で受け止める。両者鍔迫り合いの状況となるが、そこへ他のノクティル兵の剣撃がセシルへと向かう。

 「ゼルフィ!」

 セシルのその声と共に白い甲冑姿をし双剣を携えたセシルのオブリヴィオン「ゼルフィス」が再び現れる。ゼルフィスがノクティル兵へと剣撃を繰り出し、それを盾にて受け止めるノクティル兵だったが、その一撃はまるで大砲の如く重く、受け止めたノクティル兵はその体勢のまま執官室の壁へ勢いよく叩きつけられた。それを見たアグリッサは瞬間を突き、セシルに対し自身の剣を握っていない左手を伸ばす。咄嗟に危険を感じたセシルはアグリッサと距離を取る。見るとアグリッサの手には黒い茨のようなものが巻き付いていた。

 「貴公のオブリヴィオン、どうやら剣撃と共にまるで凝縮した突風のようなものを飛ばすようだな。打ちどころが悪ければ私も死んでいたということか。」

 アグリッサはそう言うと剣を構える。セシルが一瞬視線を先ほどゼルフィスの剣撃で吹き飛ばされたノクティル兵へと向けると、ノクティル兵はその叩きつけられた衝撃で首があらぬ方向へと曲がっていた。

 「つまりオブリヴィオンの攻撃を受けることは危険、直接貴公へ剣を入れるしかない。」

 アグリッサはそう言って身をかがめると同時に突然加速し、セシルの懐へと入る。

「容易い!」

 セシルは剣を構えアグリッサの剣撃を自身で受ける。その瞬間、ゼルフィスがアグリッサへと剣を振り下ろす。しかしアグリッサは腰に差していたソードブレイカーを左手で抜くと、その剣撃を敢えて受け、いなすようにゼルフィスの剣を床へと振り落とす。床に当たったゼルフィスの重い一撃により床の一部分が崩れ落ちる。アグリッサはそのソードブレイカーを軸に再びセシルの懐へと入り込む。咄嗟に剣を引き防御の構えを取ろうとするセシルであったが次の瞬間、アグリッサはソードブレイカーを捨て、再びセシルの顔目掛け武器を持たない左手で直接触れようとする。セシルはアグリッサのその不自然な動きに危険を感じ、寸でのところで避けるが、中指の先が目元に触れた瞬間、アグリッサが口元をニヤつかせる。再びくるゼルフィスの剣撃に距離を取るアグリッサ、それに向かい再び剣を構えるセシルだったが、そのとき右目に違和感を感じる。

「!?」

 何故か右目がぼやける。まるで霧がかかっているかのように右目の視界に違和感がある。霞む右目にたじろいでいると再びアグリッサがこちらへと一瞬で近づく。ゼルフィスが剣撃を打ち出すがアグリッサはそれを全て避け、再びセシルの元へと近づいた。

 「!?ゼルフィ!!」

 セシルは何かを察するとゼルフィスの剣撃を床目掛け全力で叩き込ませる。その瞬間、先ほど空いた床の穴を中心に床が崩れ落ちる。寸でのところでアグリッサは残っていた床に飛び移るが、およそ10mほどの高低差のある一階へと落ちてゆくセシルとグアマンたち、セシルは落ちる直前に一枚の紙を取り出し、そこに先ほどまでの傷口から血を垂らすと、グアマンらが落ちる一階の床へと投げつけた。するとセシル、そしてグアマンらが落ちた床がまるで藁のように4人の衝撃を吸収した。

 「さすがは小国でありながら大国と渡り合うケイロス王国騎士団の一員、術具(カレン)も色々と持ち合わせているようだ。」

 二階からその様子を見下ろしていたアグリッサはそう言うと下へと飛び降りる。アグリッサは着地の直前手のひらを下へと向け、そこから再び黒い茨のようなものを出現させた。茨はアグリッサを受け止めるように彼の足元に敷き詰められ、その上に降りたアグリッサは平然とその場に立って見せた。そしてセシル同様、術具を取り出すとそれを握りしめる。再びアグリッサへセシルが剣を構える。

 「このオブリヴィオン、触れたものの視覚を奪うということか。」

 「視覚だけではない。このネクリムは時間を要せば全てを奪うことができる。そこにいるもののように。」

 そう言うとアグリッサは後ろにいた少年の父を指さした。セシルが目を向けるとその少年の傍にいた男はただ息をしているだけで微動だにしていなかった。そしてその父を少年が必死に抱きしめていた。その光景がセシルに幼い日の記憶を思い出させた。そして再び剣へと力が入る。

 「・・・これがノクティルの正義なのか問いたい。」

 「我々は我々のためにある。我々の民を守るため、我々の国を守るためこの剣を握り立っている。」

 アグリッサがそう言ったときセシルは隙をいれずにアグリッサへと斬りかかる。

 「ならば、その正義を正す!」

 憤りと共に何度も斬り込むセシルだがアグリッサはその剣撃を全て受け止める。そして隙をついてはセシルへと手を伸ばすが、セシルもその手には二度と触れまいと何度も距離をとっては斬り込む。ゼルフィスの剣撃もセシルの剣撃と同時に何度も繰り出されたが、アグリッサもゼルフィスの一撃を繰り出されるタイミングでは避けることに徹し攻防のタイミングを切り分けながら切り攻め続け互いに攻防を譲らない状況だった。そのときだった。

 「そこまでだ、ケイロスの騎士。」

 男の声が聞こえる。一瞬目をやるとそこにはノクティル兵数人がグアマンたちに自身の直剣を向けていた。

 「剣を下ろせ、お前が救いたいのなら。」

 ノクティル兵はそう言うと剣をグアマンへと近づける。セシルはそれを見ると剣を構えていた右手を静かに降ろした。

 「そのまま鞘ごと剣を床へ置け。オブリヴィオンを使って妙な真似はするなよ、その時は俺のオブリヴィオンでこの男の首が飛ぶぞ。」

 ノクティル兵はそう言うと自身の手に風のような纏わせて見せた。その能力がどんな能力かセシルには分からない。しかしどうでも良かった。彼の元にはすでに灼けた匂いが届いていた。

 「早くしろ!」

 ノクティル兵がそう叫んだ瞬間だった。窓を破り一羽の深紅の大鷲が部屋の中へと飛びこんでくる。大鷲は飛び回ると同時に羽を振り散らし辺りにばら撒く。そして羽に当てられたノクティル兵は次々と燃え盛った。

 「うわああああああ!!!」

 ファルザーの突き破った窓からバセットが歩み入ってくる。

 「ノクティル兵に次ぐ。市街を占拠する部隊は全て掃討、投降した。」

 バセットがそう告げる。その言葉を受けファルザーの炎を免れたアグリッサがバセットを見る。

 「深紅の大鷲、バセット・ダンテールか。」

 アグリッサはそう言うと剣を握ろうとするが、後ろに付き従う他のケイロス騎士たちの姿を見て少し苦い表情をする。

 「ケイロス騎士団、これほどとは。次はれっきとした戦場で剣を交えたいものだ。」

 アグリッサはそう言うと自身のオブリヴィオン、ネクリムに自らの体を覆い隠した。

 「セシル・ヴァーンハイト、良い腕だ。いずれ戦場で。」

 「逃すな!ファルザー!」

 バセットの掛け声と共にファルザーがアグリッサを包み込んだネクリムへと突き進む。しかしファルザーはネクリムを突き抜け、そこに人の姿はなかった。

 「消えた。いや、術具を使ったと考えるのが普通か。」

 バセットはそう言うと剣を納める。代表庁舎の火はバセットのファルザーが消えると共に消え、辺りには散乱した瓦礫と数人の遺体だけが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ