紡がれた輪
連絡を交換したあとつむぎたちは食事を取りいろいろ話をしたあと喫茶店を出てそまりと別れた。
「ねねこちゃんが来年わたしたちの後輩になるかもしれないって思いもよらなかったね」
「うん」
帰路。つむぎは笑うように言い、前を歩くさやが頷く。
ねねこ、リアル名そまりは姫乃市の隣にある三毛市に住んでいるらしい。今は中学三年生で来年姫乃女学園に受験予定だとか。
もし入学できれば晴れてつむぎたちの後輩となる。はじめは先輩呼びはしなくていいと言ったがそこに関してはそまりは頑固で先輩呼びを徹底してきた。
今となってはもう身バレがどうこういう話はとうに忘れていた。ただアンリアルで仲良くなった友達とリアルで会ったような感じだった。
そまりとさやは作曲の方向性について話し合ったりもしていた。あまり自分から話さないさやも音楽のこととなると本気なのか結構話す頻度が多く、咲夜でいるときと同じような口数になっていた。
そまりは話すにつれて段々噛んだり顔を赤くする回数が減っていた。相手に慣れればあがり症もそこまでひどくないのかもしれない。
「それにしても……」
つむぎはつぶやきあることを思い返し立ち止まる。
「さやちゃん、成長したね……」
「……私が?」
さやは歩くのをやめつむぎの方を振り向く。
さやはなんの事だかわからない表情が表に出ている。
「はじめて咲夜ちゃんとしてリアルで会ったときは人と関わるのを嫌っていたのに、今じゃわたし以外にも友達が出来て自ら関わりにいくようになってさ……」
ここ数ヵ月のことを振り返る。
さやは少し前までずっと一人でいた。孤独でいるのが自然なように。
でもそれは強がりでつむぎが手を差し伸べた。
そこからさやはどんどんリアルでの関わりのある人物が増えて言った。
それがつむぎにとっては……
「ちょっと遠くの存在になったようで寂しいな。あはは……」
つむぎは苦笑いをする。
それを見たさやはつむぎの方をずっと見つめていた。そのまま数十秒変わらないまま見つめてくる。
そしてさやはなにか考えが纏まったのか言葉を放つ。
「この後まだ……時間ある?」
「へ? うん、大丈夫だけど……」
つむぎはきょとんとした顔でさやの方を見ていた。
「家についてきて」
さやはそう言ってつむぎの手を取り歩き出して行った。
◇
「こここ、これがさやちゃんの家!?」
つむぎはその高らかな建物を見て騒然とする。
その建物は地上何十階にも渡る高くそびえ立つマンションだった。
「こ、これってうちの市で一番高級なマンションだよね!?」
「そうなの……? 知らなかった」
動揺を隠せないつむぎ。しかしさやはそれについて特に興味も無さそうな感じだ。
このマンションは姫乃市随一の高級マンションで有名でここに住める人間はそうそういない。
さやは自然にマンションの中へと入っていく。
入るのにオートロックがされていたりしていちいちカードキーが必要なようで警備がしっかりされているのがわかる。
そのままつむぎはさやにはぐれないようについていきエレベーターの中へと入っていった。
さやは自分の住んでる階にボタンを押しエレベーターが上へと上がっていく。つむぎはただただ場違いなのではないのかと思いながら心の中で不安がっていた。
目的の階につきつむぎたちはエレベーターから降りる。しばらく歩いたあと一つの扉にさやは足を止めカードキーで1202号室と書かれたドアを開けた。
「ここが私の住んでる所……とりあえず私の部屋に入って」
つむぎは言われるがままにさやの住んでる1202号室の中へと入る。
玄関は綺麗にされており余計なものが一切無かった。靴を脱ぎこの場所にふさわしいように綺麗に整える。
「そういえば家族は今日いないの?」
「母は今日仕事……父は海外にいる。いつも忙しいからなかなか顔を合わせる機会はない」
「そうだったんだ……」
知らなかった。そう言えば家族のことなんて全然聞いたことがない。さやがどんな暮らしをしてるのかそこまで知っていなかった。
さやは先行して廊下にある一つの部屋の扉を開く。
「す、凄い……!?」
つむぎは目を疑った。
さやの部屋だと思われる所はUnreallyでの咲夜の部屋と同じような豪華な部屋になっていた。
オーディオコンポにゲーミングPCらしき大きなパソコン本体とディスプレイ。
さやが愛用しているオリジナルデザインのギター。そしてアップライトピアノがあった。
だいたいのものはUnreallyでも似たような家具が配置されていたがピアノだけはUnreallyではなかったものだ。
そしてベッドにはUnreallyのヘッドマウントが置かれてあった。
「凄い高そうなのばかりあるね……」
現実でここまでの機材を揃えるとなるとかなりの額になるだろう。とてもじゃないが普通の女子高生の部屋ではない。
「だいたいは両親が買ってくれた。仕事が忙がしくてあまり親らしいことができないからって欲しいものはだいたい買ってくれる」
「す、すごいね……」
口をポカーンと開けたままつむぎは言う。
つむぎの家は決して質素と言うわけではないが裕福というほどでもない。だが家庭環境の差を見せつけられ驚きを隠せない。
するとさやはピアノの前に座った。
「今日は聴いて欲しいものがある……それで家まで連れてきた」
「聴いて欲しいもの?」
つむぎは首を傾げる。聴いて欲しいものとはなんだろうか。いつもならギターを演奏するさやがギターではなくピアノを演奏しようとしている。
そこになにかしらの意味があるのかもしれない。
そしてさやはピアノの鍵盤に指先を添え弾き始めた。
そこから奏でられるのは美しい音階だった。はじめて聞くメロディーだ。
それには歌は添えずピアノだけで完結された音色は思わず口ずさみたくなるような心地のいい曲であった。
この曲を堪能するのにつむぎは目を閉じ世界観に没頭することにする。その世界は真っ白でなにも見えない。だが徐々に黒い線が現れ物が形付けられていく。
光と闇、陽と陰二つを交差するようなその世界観は不思議で切なくて、でも最後には優しいそう思わせてくれるような曲だ。
「どうだった……?」
いつの間にか演奏は終わっていた。
目を開くとさやがこちらを見て問いかけてきた。
「寂しさがあるけど凄く優しくて最後は救われるようなそんな優しい曲だったよ! これって新曲?」
はじめて聴いた曲なのでつむぎは質問する。しかしさやは首を横に振った。
「これは昔からある……私がはじめて作曲したときの曲」
「へぇ、何て言う曲名なの?」
「曲名はない……歌詞も。自分では完成させることができないで何年もずっとこのままなんだ」
軽音部ですぐに耳コピアレンジできるようなさやでもできないことが存在するのか。それともそこまではじめて作曲したこの曲に思い入れがあるのか。
「それでつむぎにはこの曲の歌詞と曲名を考えるのを手伝って欲しい」
「わ、わたしが作詞を!? どうしてそんな思い入れの強い曲をわたしなんかに頼むの!?」
つむぎは戸惑う。そんな大層なことを自分に任されるのはあまりにも理解が追い付かなかった。
つむぎは音楽についてあまりよく理解してない。作曲はもちろんましてやこんなにいい曲に作詞をするなんて自分がしていいものなのかと思ってしまう。
だがさやは真剣な目付きでつむぎを見つめて言う。
「つむぎにはもっと私のことを知って欲しいから……私が成長して変われてるならそれはつむぎのおかげ。つむぎが手を差し伸ばしてくれて紡がれた輪。そんなつむぎならこの曲の作詞を頼める。暗闇の中から一筋の光をくれたのはつむぎだよ……」
「さやちゃん……!」
それははじめての出来事だった。さやははじめて笑顔を見せた。多少微笑むことはあってもここまでちゃんと笑った笑みを見せることはなかった。
そんな彼女の笑みを見てつむぎは心を奪われる。いつも無表情な彼女の笑みは優しく思えてとても素敵だった。
彼女にとってつむぎは本当に大切な親友なのだと実感する。
愛しいとさえ感じるその笑みを見てつむぎを思わず微笑む。その笑みを今だけは自分が独占したい。
「わたし頑張るよ。時間は掛かるかもしれないけどさやちゃんのために作ってみせる!」




