全員で全力で楽しもう
翌日、合宿二日目。
その合宿二日目を仕切っていたのはさやだった。
音楽室の黒板にはさやの書いた文字が書いてあった。さやは黒板の前に立ち他のみんなは椅子に座っていた。
新曲作りについて
・どんな曲が好きか
・どんな演奏が好きか
と書いてある。
「私からの提案だけど新曲作り……それぞれどんな曲が好きでどんな曲を作りたいか考えてみない?」
「それってつまり?」
ことねが疑問を抱く。それに対しさやはことねの方を一度見てから全員に言うように答えた。
「みんなで一緒に曲を作る。困ったときはみんなが一致団結する……それがバンド……だと思う」
昨日考えた結果。
それは自分がブルーシルに手を加えてもいいとするならば自分だけじゃない、みんなで作曲をするべきだ。
という答えだった。
するとことねは微笑む。
「みんなで作る……とてもいい考えだとことは思うよ」
さやは安堵する。
これはことねが許可しなければ成立しない。
ことねがこのバンドの作曲者だ。
彼女の作風を尊重したかったからさやは自分が手伝うのをためらいがあった。
「それじゃあことから。ことはエモい曲……感情が揺さぶられるような曲が好きでそういった曲を作ろうといつも思っているよ」
ことねが答えた。ことねの作る曲は青春をモチーフとした曲でエモさがよく伝わる曲が多かった。
「私は切ない曲が好き……胸が苦しくなるような……でも優しさもあるそんな曲」
さやは胸に手を当てながら言う。
さやはロック全般好きだが特にピアノとギターがメインの曲をよく一人で作っていた。
このバンドにはピアノはいないが。
「わたしは落ち着いてる曲かなー。あまりBPMの高い曲は得意じゃないしー」
「私はテンションが上がる曲が好きよ! BPMが高くて叩きがいのあるやつ」
「ふふっ二人とも正反対だね」
「さすがにその二つを成立させるのは難しい……」
かなでとひびき両者正反対の意見を言いくすりと笑うことね。
これは相談しあって二人が満足する方向を考えるしかない。
するとひびきが椅子から立ち上がる。
「こういうメロディーあったらどうよ。ラララーラララーラララーララ」
ひびきは思い付いたメロディを言葉に出して歌う。
「いいねどんどん思い付いたのを入れていこう!」
ことねは微笑みながらノートにこれまで言ったことをまとめていく。行き詰まっていた作曲がどうにか進んでいく。
それからも全員で思い付く限りのアイデアを出していった。
こういう歌詞を入れよう。
こういう音を入れてみよう。
そういったことを考えていき今日は一日作曲作りに全員で力を入れた。
◇
「今日一日でこんなに進むなんて……」
その日の夜ことねはノートを見て言う。
ノートには昨日までなかったたくさんの文字やメロディーが書かれている。
びっしりとノート一冊が埋まるほどだった。
それだけ語り合っていたのだ。
「一日でこんな進むなら最初からこうすればよかったのにねー」
「ふふっそうだね。一人で悩んでいたのが馬鹿みたいだよ」
かなでの言うことにことねは笑いながら答える。
「軽音部はさ……ことが設立してできるかどうか最初は分からなかった。経験者はいなくて、一からのスタートでひびきとかなでが部に入って……そしてさやが加わって。諦めずにやったおかげで今こうやって夢が叶って嬉しいよ。みんなでバンドを組んで仲を深めあって……この瞬間がとても楽しい」
思い出に浸るようにことねは両手を胸に当てながら言った。
さやは部の設立についてはつむぎから聞いていた。それは心の底からのことねの想いだった。
「わたしもひびっちに誘われて入ったけどことっちたちとバンド組めて良かったよー。いっぱい楽しいことできてさー」
「あのときびびっときた私のセンサーは間違ってなかったわ。練習は大変だったけど……やる都度に新しくできることが増えて楽しくて、はじめて一曲通して演奏できたときは感動したわ」
いつの間にかみんなは布団の上で囲むようにこれまでのことを語り合っていた。
ここまでいろいろあったのだと実感する。
そしてさやも口を開く。
「私は途中からの参加であまり部活に顔だし出来なくてちょっと距離感があったけど……こうやって輪の中に入っていいんだって気付けた」
さやはありのままの想いを口にする。
「なにーさやっち距離感感じてたのー?」
するとかなではにやにやと笑い言う。
「馬鹿ね、そんなこと感じなくてもあなたは立派な軽音部の仲間よ」
腕を組んで言うひびき。
最後にことねがこちらを見て微笑む。
「さやのおかげでブルーシルは成長できたんだよ。今日だってそう。さやには助けてばかりで仲間以外の何者でもないよ」
さやは自分は部外者だと勝手に感じていた。
しかしそれは違ったようだ。
「ありがとう……」
さやは微笑んでそう言った。
◇
翌日。合宿は最終日だ。
「起きなさいみんな! 朝御飯作ったわよ!」
朝からひびきの目覚ましのような声でさやは起きた。
「ふぁー……まだ8時じゃん……寝させてよー」
同じく起きたばかりのかなでが眼鏡を外したままの状態でスマホを見て言う。
まだ眠たげにあくびをしていた。
「もう8時よ! 合宿は今日で最後なんだからしゃきっとしなさいな! あんた寝癖酷いわよ!」
ひびきがかなでに怒鳴るように言う。
かなでの寝癖はあり得ないくらい跳ねていて簡単には解けそうになかった。
「えーひびっち解かしてぇ」
「仕方ないわね……」
ひびきは仕方なさそうに言いかなでの髪をブラシで整えてあげることにした。
なんだかんだいってひびきは面倒見がいい。
「ひびきってかなでのお姉ちゃんみたい……」
そのせいか思わずさやは思っていたことを笑うようにボソッと言った。
「違うしっ! まぁかなでは妹と重なって放っておけない部分はあるけども」
「いや、わたしからしたらお母さんだよー」
「姉ならまだしも私はあんたのお母さんじゃないわ!」
かなでの発言に突っ込むひびき。
しかし髪は丁寧に解かしてあげていた。
そんな二人を見てさやはとても微笑ましく思う。
◇
ひびきがつくった朝食を食べた後、さやたちは音楽室へと行った。
「仮の楽譜ができたよ。とりあえず演奏してみよう」
ことねがそれぞれのパート用の楽譜を渡す。
ことねは昨日のうちに纏まったメロディーとコードを合わせてそれぞれがやりたい曲調を尊重しながら楽譜を作ったようだ。
楽譜が全員に行き渡り一通り見るとさやたちは演奏することにした。
「これが新しい曲……いい感じね」
演奏が終わってからひびきが言う。
完全に完成されたとはいえないこの曲はそれでもなお素晴らしい曲であることが皆に伝わっていた。
「これがわたしたち四人ではじめて作った曲かー」
「はじめてでおそらく最後……」
かなでが何気なく言った言葉の後にさやが言いその場がシーンとする。
そう、これはきっと最後の曲だ。
文化祭が終わったら残りやれる回数はいったいいくつあるだろう。そもそもあるのだろうか。
ことねもそれを分かってか、さやの言ったことに頷く。
「そだね。きっとこれが最後のオリジナル曲。そしてブルーシルの集大成の曲。あと何回演奏できるか分からないけどこの瞬間を楽しもう」
この青春は今しかない。だから全力で楽しもう。
そう彼女たちは誓った。