たとえ遠くに行っても
「神咲……レア!?」
その姿そのネームプレートを見て間違いようのない事実。
憧れであり遠い存在に感じた孤高の黒き薔薇。
咲夜がどうしても届かないと感じた相手。
だが咲夜には少し疑問があった。
「本当に……? アバターはまだしもネームプレートの変更はこんなすぐできないはず……どういうこと……」
それはネームプレートが仁瀬のあから神咲レアに変わっていることだ。
もし仁瀬のあのネームプレートで神咲レアの姿をしているならただレアの真似をしたアバターに変わっただけで話は済む。
だがネームプレートまでもが神咲レアと表示されている。これは本来ありえないことだ。
「この世界だとできないことさえ覆す存在がいますよ?」
レアのその言葉を聞き咲夜は理解する。
Unreallyの常識を覆しねじ曲げることすら可能な存在。
それは誰もが知っている存在だ。
「七色こころか……」
レアはそれに頷く。
「彼女に頼んであのアバターを使うときはお忍びのネームプレートに変えてもらっているんです。私のこの裏表を知ってるのはアンリアルドリーマーであなたとUフォースのみなさんだけですよ」
「そう……でもお忍びにしてもあのキャラのしゃべり方難しくない? 神咲レアとかけ離れすぎてる」
レアとのあが同一人物だとは少し信じがたい。
もやしが好きて貧乏でしゃべり方が訛っている。
そんな属性マシマシなキャラにする必要はあるのだろうか。
しかしレアは首を横に振る。
「逆です。あっちが本来の私の素に近い姿なんですよ。こうやって敬語で喋るようにして表に出るのも苦労したんです」
「なら素でいたら? 黒薔薇の歌姫様が田舎訛りの元貧乏少女だと知られたら新たな層を獲得できるかもしれないよ」
咲夜は冗談混じりに言った。
「ふふっ……確かにそれもいいかもしれないですね。確かにそう思ったこともあります 」
するとレアは微笑んだ。
彼女がこうやって笑うのは珍しい。
それから彼女は続けてしゃべる。
「でもこの姿は本来歌うときのために作った理想の姿。いつもの私がでてくるのは嫌なんです。私は私の理想であり続けるためにこれからも気高き黒薔薇の歌姫として居続けます」
「気持ちは…分からなくはない……」
レアの気持ちは理解できた。
Unreallyはなりたい自分に理想の自分になれる場所だ。それは姿だけじゃなく言動や性格までも変えてまるで生まれ変わったかのように振る舞うものもいる。
咲夜もさやに比べたら前を向いて人と接することができるから。
「本題に戻しましょう。プロのアーティストデビューしませんか?」
「どうして私なの?」
「事務所の方からメジャーデビューしてもおかしくないポテンシャルのUドリーマーを誰か推薦するように言われたんです。それであなたのことは去年から気になってました。なので近づいたんです。あなたはもっと上に行ってもいい存在です。なのでどうですか? もし、あなたにその気があるなら」
するとフレンド申請の通知がくる。
相手は神咲レアからだ。
「いい返事を待っています」
彼女はそう言ってドアを開きその場から立ち去っていった。
◇
「神咲レアが直接、私に会ってきて同じレーベルでCDデビューしないかってオファーをしてきたんだ……」
さやはこれまでのことを思い出しながらも仁瀬のあの事は伏せてつむぎに話せる内容だけを説明する。
「レアちゃんが……」
つむぎは口を開けたままその事実を知り沈黙する。
まさか咲夜があのレアに直接レーベルデビューを受けるとは思いもよらなかった。
確かに咲夜は凄い音楽センスを持っている。
だがあの黒薔薇の歌姫が認めるほどだったとは。
思えばティンクルスターの番組で注目している気になっているUドリーマーがいるとは咲夜のことを言っていたのかもしれないとつむぎは思った。
「でも受けようかどうか迷ってる……」
だが当の本人は嬉しそうな表情をしていない。
「どうして?」
つむぎが聞くとさやは寂しそうな顔で言った。
「つむぎが夢を叶える機会を失って私がその機会を得ていいのかなって思って。あんなこと言ったのに私だけ幸せになっていいのかな……」
つむぎはやっと理解した。
さやはこれをずっと今日悩んでいたのだろう。
だからつむぎは言う。
「それは……ちょっとその才能に嫉妬しちゃうよ。レアちゃん自らオファーでデビューなんてわたしだったらすぐOK出しちゃうよ」
「そう……だよね」
さやは悲しそうな表情をした。
つむぎはそれからさやに背を向き数歩距離 を取り言った。
「でも応援しないわけないでしょ……だってさやちゃんは親友なんだもん」
つむぎはさやの方に振り向く。
そして笑顔を見せた。
「さやちゃん……昨日咲夜ちゃんの歌を聞いたとき、胸がいっぱいになるような気持ちになったよ。咲夜ちゃんの歌はわたしに勇気をくれた。だから咲夜ちゃんがどれだけ遠くに行ったとしてもわたしは応援し続けるよ!」
「つむぎ……」
さやは悲しそうな表情からなにかを安心したかのようなかすかな微笑みを見せた。
そしてつむぎは咲夜の腕をつかむ。
「チャンスは何度でもあるから大丈夫! ほらみんなのところに戻ろ!」
◇
「つむぎーさやーどこ行ってたんだよ二人してよぉ」
ひなたたちのところに戻ってくるとひなたが不満そうに言った。怒ってるというよりは心配している雰囲気だ。
「それは……」
「えへへ……ごめんごめん。ちょっと二人で話したかったことがあったんだよ」
さやが言おうとして言葉に詰まった後つむぎがフォローをするように言った。
戻ってくると花火の時間は後少しで終わりそうになっていた。
「それよりさ記念写真しない。せっかくみんな浴衣で花火もきれいだからさ」
するとことねがスマホを持って言った。
「いいね! じゃあことちゃん撮影お願い」
「わかった、じゃ後でUINEで写真共有するね」
するとつむぎたちは四人が密着するように集まる。
「ほらさやちゃんも笑って!」
「うん……」
つむぎの言葉でさやは微笑みを見せる。
「はいチーズ」
ドーンと花火は美しく咲いていくなかでスマホのシャッターが押された。
今年の夏は少し切なくて、でも新たな成長が見込めた季節だった。