06
わたしは力が抜けたようにベッドに腰を下ろした。全てわかっていたのなら、ライカさんのあの優しい笑顔はまるで児戯を眺める親のような気持ちだったのだろう。
何か隠し事があると勘繰り、必死に暴こうとしたわたしの行動も全て彼女の掌の上だったのだ。
「アオイちゃんは二重人格でしょう。今私と話しているあなたはそのもう一つの人格の方ね。知っているわよ」
「・・・・・・」
黙ってライカさんを見据える。
その顔には既に何事もなかったように優しい笑顔が戻っている。
「主人格と肉体が眠っていたら、あなたも眠るからいいかなと思っていたけど、あなたは眠っていても時間感覚が優れているのね。アオイちゃんは気づいていないみたいだったけど」
「・・・どうしてわかったんですか。わたしがアオイじゃないって」
「私、少しばかり『人間』に詳しいの。多分この研究施設で二番目にね」
ピースサインを作るライカさん。
「・・・けど、少しひどいと思わない?私ってそんなに怪しく見えるかしら?確かに三日間も眠らせて不安にさせてしまったのは申し訳ないけれど、あなたに、いや、あなたたちに変なことはしていないはずよ」
「確かに体は何ともないし、『ノイズ』は消えています、けど・・・」
言いよどむわたし。それを見てライカさんはうんうんと頷く。
「言いたいことはわかるわ、ハルちゃん」
「どうしてわたしの名前を・・・?」
名前がすでにばれている。この人はどうして入れ替わっていたことに、気づいたのだろう。
どうしてわたしの名前を、アオイの別人格『染崎ハル』の名前を知っているんだろう。
「私が、あなたとアオイちゃんが入れ替わったことに気づいた理由が知りたいのでしょう?言ったでしょ?私は『人間』に詳しいって。あなた達が多重人格だってことくらいは知っているわ。それに――――」
ライカさんは自分のこめかみに人差し指を当てて言った。
「――――――私も少し、変わっているのよ?」
と言って少し意地悪な感じで微笑むのだった。
「変わっている・・・ってどういうことですか?」
ライカさんの言葉にわたしは純粋な疑問を投げかけるが、しかし、ライカさんは首をゆっくりと横に振る。
「その前に付いてきてほしいところがあるの。いいかしら?」と言うと、ライカさんは立ち上がり、わたしに手を差し伸べた。
一体どこに行くというのだろう。
わたしは少し逡巡したが、大人しくその手を取り、ライカさんにつられて部屋を出た。
それから二人でただ黙って歩き続けた。階段を降り、いくつか角を曲がった。
ライカさんは途中でどこかに寄ることもなく、目的地に真っすぐ向かっているようだった。しばらくしてライカさんはあるドアの前でピタリと止まった。
そして数回ノックをし、中からの返事を待つ間もなく、ドアを開けた。
「博士、染崎さんを連れてきましたわ」とライカさんは言った。
「はかせ・・・?」
はかせ。ハカセだって。わたしは少し驚く。博士という存在と人生初対面になるからだ。
フィクション作品でしか見たことない博士というものが、まさか現実に存在するとは思わなかった。