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「・・・・・・」


人格移植。確かに魅力的な提案だったけど、良からぬリスクを孕んでいると博士は言う。


「まあ、安心してくれ。余程のことは起こらないと思うし、どんなことにも悪いケースは存在する。それに僕とライカは全力でリスクは回避するさ」


「本当ですか・・・?」


「もちろん」と胸を張る博士。


その時。


『・・・・・・ハル・・・ハル・・・』と声が聞こえた。


それは頭の中で響くアオイの声だった。


『アオイ・・・。どうしたの?』


『ハル、お願い。替わって』珍しくどこか神妙そうなアオイの声が頭の中に響く。


『・・・うん、替わるけど・・・どうしたの。急に』わたしは素直にアオイに従った。


「そんなの、絶対駄目です!ハルに何かあったらどうするんですか!」


「おや、驚いた。急にアオイちゃんかい?」


「そうです!よくわからない実験に、よくわからない『不一致エラー』なんてものが起こるなんてそんなことハルには絶対にさせられません!」


「おやおや、君は反対なのかい?確かにこの人格移植はまだ確実とは言い切れない実験段階だけれど、リスクは限りなく少ないと思って安心してほしい。何よりこちらにはライカがいる。知識、経験に加え超能力を持った万能の助手だ。それに君に危害が加わることはないように最善を尽くすつもりだよ、アオイちゃん」


「私への危害なんてどうでもいいんです!・・・ハルが危険な目に遭うなんて、私はそんなの耐えきれません!私はずっとハルといたいのに、こんなわけもわからない実験で死んじゃうかもしれないなんて・・・そんなの嫌なんです!」


「・・・しかし、アオイちゃん。さっきの話を聞いていただろう。アオイちゃんはいつかハルちゃんを必要としなくなる時が来るかもしれない。そうすればハルちゃんは消える。彼女の命は君と違って儚いんだ。ハルちゃんは生きていたいと願っている。ならばこの方法が一番なんだよ」


「でも・・・そんなの、ハルが・・・ハルがいなくなっちゃうかもしれないのに・・・!」


次第に涙がにじんできて、そのまま目じりから一つ二つと頬を伝って流れていった。


「君も分からず屋だね。ハルちゃんの苦労がよくわかン・・ンンーー!」


「お口をチャック」


言いかけている最中、博士の口がジッパーで閉じられたようにきつく一文字に結ばれた。

おかしな現象だが、私はライカさんの超能力だとすぐに察した。


「・・・博士、少し聞き苦しいわ」


ンンンー!と抗議する博士を放っておいてライカさんは私のほうを見た。


「ごめんなさい、アオイちゃん。これはあなたとハルちゃんの問題ですもの。二人でゆっくり話し合って決めないとだめだわ。話し合ってそれでもし移植を決めたなら私たちに電話して頂戴。もちろんほかに気になることがあれば気軽に電話しても大丈夫よ」


言いながらライカさんが指先で軽く空を切ると、どこからともなく一枚の紙が飛んできた。

紙を掴んで見てみると、そこには『真木ライカ』という名前と電話番号が記載されてあった。


「半年間待つわ。それまでに連絡をしてほしい。半年間待って連絡がなければ私たちはあなたたちのことは忘れるし、申し訳ないけど私の能力を使って私たちの記憶も消させてもらうわ」


言い終えると、ライカさんが博士の口にかけた能力を解いた。


「ああ、やっと喋れる、まったく・・・ライカ・・・」


博士はライカさんに非難の目を向けるが、ライカさんはそっぽをむいて鼻歌を歌っている。


「まあ、確かにライカの言うことは正しいよ。アオイちゃん、半年間よく考えるといい。それで答えを聞かせてくれ。僕らも急かす理由なんてないしね」


「・・・・・・はい・・・」


私は頷いた。ただそれだけしか出来なかった。


「ライカ、アオイちゃんを家まで送ってあげなさい」


「・・・言われなくてもわかってますよ。まったく」


博士に別れを告げた後、私とライカさんは施設の一角へ向かった。そこは車庫になっていた。

いくつか停めてあった車の一つに案内され、私は黒く綺麗に光った車の後部座席に案内された。

車は穏やかなエンジン音をあげながら走行する。車中ではライカさんといくつかとりとめのない話をしただけで、あとは無言の時間が続いた。

私は無性に疲れていた。信じられないこと、理解できないこと、それらが立て続けに起こったせいで私は今自分がちゃんと生きているのかさえ曖昧な気がしてならなかった。ライカさんはバックミラー越しにこちらを見て、余程私が疲れた顔をしていたのだろうか、着くまで寝てていいわよ、と言ってくれた。しかし、どうも見知らぬ車ではそんな気にもなれなくて、私は窓の外をただ無心に眺めていた。

どれぐらい走っただろう。出発して二時間はかからなかっただろうが、それに近い時間はかかったような気がする。私はほとんど何となくでライカさんに質問を投げかけた。


「・・・・・・ライカさんは実験をした時、恐くなかったんですか?」


それは独り言のように洩れた言葉だった。一瞬だけバックミラーを通して目が合うが、ライカさんは直ぐにまた視線を戻した。


「・・・恐かったわよ」


わずかな間をおいて、そんな言葉が返ってきた。私はくぐもる感情を言葉にできずに黙っていた。


「・・・恐かったけど、私たちはそれ以上に生きたいと望んだの。自分の体を以て、この世界を歩きたいって思ったのよ」


「それで・・・」


私はまだ窓の外を眺めたまま呟く。私の息で窓ガラスがぼんやりと曇った。


「それで、よかったですか?」


ライカさんがもう一度私を見た。緑のサングラス越しに見える瞳の奥には複雑な感情が揺らめいているのが見えた。


「よかった・・・。きっとみんなそう思ってる」


それから私たちはまた無言になった。そしてしばらくして、車はゆるゆると速度を落とし、止まった。どうやら到着したらしい。ぼうっとしていて気づかなかったが、そこは見知った近所の風景だった。


「どうもありがとうございました」私が言うと、ライカさんは幾度と見たあの優しい笑みを浮かべて「ハルちゃんとのこと、二人でよく考えてね・・・」と柔らかな声音で言った。


その言葉を最後に私とライカさんは別れた。


私は家に帰るや否やすぐに自室のベッドに飛び込み、静かに眠りについた。

この日、ハルと互いに話すことは無かった。何となくだけど、私もハルも一人で考える時間が必要だった気がしていたのだ。




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