表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風紀委員はスカウト制  作者: リョウ
8/17

8・雨を降らせて

雨はまだ降らなかった。


「梅雨はどこにいったんだろう」

日射しの照りつける、暑い通学路を歩いていた。

隣りには駅で一緒になった百合彦の姿がある。


「なんだかもう、梅雨なしで夏になっちゃうんじゃない?」

「そうだね」

そこまで会話をしていて、はっと気付いた。


「そうだ、ユリ! 昨日風紀委員室に佐々木君がやってきたよ!」

「え、ああ、なんだ。そっか」

「そっかって、彼、なんか僕を頼れって百合彦に言われて来たって言ってたよ」

「うん、言った」

「なんで僕なんかを頼れって言ったの? まぁ確かに風紀委員の人達は頼りになるけど、僕はあんまり役に立つとは思えないよ」

百合彦は僕の言葉を聞いているのかいないのか、頭の後ろで手を組みながら、民家の庭に咲く夾竹桃のピンクの花を見ていた。


「一応、みんなで水まきして解決したけど」

「解決したんだ、それは良かった」

「もう、ユリ」

僕が呟くと、百合彦はニコリと笑って僕を見た。

「俺の想像通りだよ」

「想像?」

「うん、アスカは面倒見が良い子だからね、困ってる人はちゃんと助けてくれると思ったんだ」

「そ、それは誰かが困ってたら助けてはあげるけど」

「意外といないんだよ、そういう人」

「そうなの?」

「そうだよ。それに」

「それに?」

「友達が増えただろう?」

夾竹桃の花よりも鮮やかに笑う百合彦を見て、僕は大物かもしれないと思った。


「それにしても暑いね」

汗だくで呟いた僕は百合彦と一緒に校門をくぐった。

昨日、水をあげた紫陽花も、暑さのせいでぐったりしているように見える。


「やっぱり梅雨がないと、ダメだよね」

呟いた時だった。僕の上にザーっと雨が降り出した。


「わ、何この局地的雨!?」

百合彦が一歩身を引きながら叫んだ。その百合彦の上には雨が降っていない。

「それは僕が聞きたい!」

「校舎から誰か放水してる?」

百合彦は校舎を見上げている。

けれどそこには異常は見られない。ただ僕の上にだけ雨が降っている。

何故に?

雨で霞む視界の中、空を見上げた。そこには小さな雲がちゃんと存在していた。


「な、なんだろ、これ」

視線を戻した時、植え込みの後ろにいる、昨日の童顔の少年が見えた。

「あ……」

僕は理解した。彼は人ではないんだろう。その彼が雨を降らせているんだ。


「その、僕の上にだけ雨が降っても仕方ないから」

少年に向かって言った。すると僕の上の雨がやんだ。

百合彦は雨を確かめるように手を上に翳した。


「なんだったんだろ、天気雨ってやつかな?」

「……だと思うよ」

百合彦を誤魔化しつつ校舎に向かった。

とりあえず、あとで風紀委員のメンバー連絡はしておこう。


昇降口に入ろうとしたら、隣にいた百合彦が軽くお辞儀をした。

「おはようございます」

僕はそれをチラっと見ながら、普通に下駄箱に手を伸ばした。少し遅れて百合彦が横に並ぶ。


「アスカは先生をガン無視ですか?」

「え、先生がいた?」

「いたよ、服装チェックで昇降口に立ってたんだと思うよ」

「うわ、気付かなかった!」

「君は本当に大胆だね。その天然が羨ましいよ」

「いや、だって本当に気付かなかったんだよ」

さっきの雨に気を取られていたせいで、気付かなかったんだろう。

これはちょっとした害かも。だって先生に目をつけられちゃうよ。




放課後、部屋に集まったみんなに、今朝の事を報告した。


「昨日のアイツ、またやってきたんだな、やっぱヘビなんじゃない?」

水橋さんはヘビに固執していた。

「でもさー昨日見た時から、あいつなんかちょっと他の人間と違うって感じがしたんだよなー」

「そうなんですか? 僕には、まったくもって普通の人間に見えましたけど」

「相変わらず鈍いことで」

そう水橋さんは言ったが、研坂さんは真剣な顔をしていた。


「いや、もしかしたら鈍いとかの問題じゃないかもね」

そう言ったのはフミヤさんだった。

「どういう意味だ?」

水橋さんに聞かれ、フミヤさんは立ちあがるとホワイトボードに向かった。

そして世にもブサイクなタヌキの絵を描いた。


「相変わらずヘタクソな絵だな」

心底いやそうな顔で水橋さんが呟く。

フミヤさん贔屓の僕でも、流石にフォローできない、呪われそうな絵だった。

とりあえず人を3人位食べてきたような顔をしている。


「このタヌキが人に化けたとしよう」

言うとフミヤさんはまた絵を描いた。

タヌキに食べられた後だと思われる、ゾンビのような人間が描かれた。


「うわ、マジでキモイ!」

「それ目玉片方飛び出してますよね!?」

僕もつっこまずにはいられなかった。


「君達はみんな失礼だね。僕は普通に絵を描いたつもりだよ。ちゃんと整った顔じゃないか」

知らなくても良かったフミヤさんの欠点を知ってしまった気がした。

もしかすると美的感覚もかなり狂っているのかもしれない。


「話を戻そう。タヌキが人に上手く化けるとこうなる」

どう見ても上手く化けたとは思えないホラーな絵を、フミヤさんは指差した。

「でも化けるのがヘタなタヌキだと、こういう風に失敗する」

フミヤさんはタヌキの背後に爆風を描いた。


「なにそれ、ブラックホール? ブラックホールにタヌキが呑みこまれてる絵?」

「違いますよ、水橋さん。あれは爆風です。だからあのタヌキはあんな風に顔面がただれ落ちてるんですよ」

「二人とも、これはタヌキのしっぽだから」

引きつった笑顔でフミヤさんが言った。


「ええ! それしっぽですか!?」

「ふざけんな、フミヤ! タヌキのしっぽがそんなに凶悪な黒いブラックホールなワケないだろ!」

「秀人君、今何か言ったかな?」

笑顔のフミヤさんが怖かった。

背後にある殺気を感じ取ったのか、流石の水橋さんも黙る。


「良いから、話を続けろ」

今まで黙っていた研坂さんがピシャリと言った。

あの絵に動揺しないなんて、やっぱりつわものだ。


「つまり、人ではないモノが人として現れた時に、僕達にどう見えるかって問題なんだ。能力が低いタヌキがうっかりしっぽを出してたら、僕や秀人にはそのしっぽが見える。所がアスカにはそのしっぽが見えないんだ」

「なんでだよ? こいつが一番能力が高いんじゃなかったっけ?」

水橋さんが僕を指差して聞いた。


「能力が高いからこそだよ。アスカは本来見えているハズのしっぽを、自分の能力で補完して、しっぽはないモノとして見てしまってるんだよ」

「補完?」

「えっと、タヌキじゃなくて幽霊の例えの方が良かったかな」

フミヤさんは、ボードに人間のような絵を描いた。

まあ、ほぼゾンビだが。

そして後からあえて足の部分を消した。


「霊感が弱いと、幽霊はこんな風に足が欠けて見える。だけど霊感が強い人間はこの欠けた部分も普通に見えて、人間と同じに見える」

「なるほど、それなら納得だ」

水橋さんは腕を組んで頷いた。


「じゃあ、僕は単に鈍かったんじゃないんですね? 能力が高かったから、気付かなかった。そういう事ですね?」

僕は自分がドジっ子ではなかったと、安堵してそう聞いた。


「いや、お前の場合は天然の割合のが高いだろう」

僕の希望をあっさりと研坂さんが打ち砕いた。

今日は言葉数が少ないと思ったのに、ちょっとしゃべっただけで僕に与えるダメージはやはり甚大だ。



「で、問題の雨男君だが、やっぱりヘビの恩返しと考えるべきだろうな」

研坂さんの言葉に僕は首を傾げる。


「座敷わらしの可能性はもうなしですか?」

「ああ、お前が雨乞いしたら雨が降った。恩返しだろう」

研坂さんは席を立ってホワイトボードの横に立った。


「アスカ、そこの窓から顔を出してみろよ」

僕は窓に移動した。

「そこで雨が降って欲しいと言ってみな」

言われた通り、僕は言ってみた。

「あーあ、雨が降らないかなー」


ザバー!


部屋の中に、横から真っ直ぐに水が入ってきた。まるで消防ホース並の威力だった。またもずぶ濡れだ。

「お、溺れる」

僕は制服を水でぬらしながら振り返った。

水橋さんは、またも派手に濡れ、フミヤさんも微かに濡れていた。

けれど研坂さんだけはホワイトボードでガードしてほぼ無事だった。なんでだよ。


「な、これで分かっただろう。ヘビはお前が望めば雨を降らせるんだよ」

僕は納得しかけた。けれどその時、軽くぬれた前髪をはじきながらフミヤさんが言った。


「でもこれだけでヘビかは分からないよ。もしかしたら河童かもしれない」

「河童!?」

意外な名前に僕は大声を出した。


「さっきも言ったように、アスカは人とそれ以外の区別があまりつかない。一見人に見える誰かを助けたのかもしれないが、それが河童だったのかもしれないだろう?」

「えっと、なんで河童にこだわるんでしょう?」

僕は訊ねた。するとフミヤさんはさわやかな笑顔で言う。


「ああ、だって僕、河童に会ってみたいんだ。だから希望的観測。それに水と言えばやっぱり河童だよ」

何だか今日はフミヤさんの知らなくても良い部分をいろいろ知ってしまった気がした。


「あの、とりあえず、僕が助けたあのヘビ……もしかしたら河童ですが、とにかくあの少年が問題なんだと思うんで、僕ちょっと話してきます」

「え、話す?」

水橋さんが驚いたように机に身を乗り出す。


「はい、いつまでも突然雨を降らされても困りますし、ちょっと話してみます」

「一人で平気か?」

珍しく研坂さんが優しい言葉をかけてくれた。


「はい、大丈夫です。それに大勢で言ったら、彼、おとなしそうだったからビックリしちゃうと思うんで」

「そうか、分かった。だが何かあったらすぐに呼べよ」

「了解です、携帯持っていきます」

僕は部屋を飛び出した。



少年を探してまずは裏庭に移動した。さっき窓に水を入れたって事は僕の事をずっと見ているのだろう。

だから庭に出れば彼がこっそり僕を窺っているのを見つけられると思った。


裏庭につくとあたりを見渡した。

緑の木々の間に紫陽花が咲き乱れ、ベンチの上にはオレンジのノウゼンカズラが咲いている。


僕は裏門に続く道を進もうとして、木陰でこっちを見ている少年に気付いた。

怖がらせないように、僕は笑顔で声をかけた。


「やあ、君が雨を降らせてくれたのかな?」

少年は一瞬ビクリとしたが、やがてコクリと頷く。

「君はもしかして僕が助けたヘビかい?」

少年はコクコクと頷く。

「えっと、名前、ある?」

「マシロ」

「マシロ君か。君は僕に恩返しをしてくれたんでしょう?」

またマシロは頷く。


「ありがとう、でももう恩返しは良いよ。十分だよ」

「でも、僕まだ何もできてない」

なんだかとてもかわいらしい子だった。

「気にしなくて良いよ」


そう言った時だった。どこかからバカ笑いが聞こえた。

マシロが怯えたように植え込みに隠れる。

声がした方をこっそり窺い見た。

すると校舎の陰に二人の生徒が座り込んでいた。しかもその手にはタバコがある。


腹が立った。学校での喫煙なんてとんでもない。

僕は風紀委員だし、ここは注意をするべきだ。するべきだけど、でもトラブルは困る。

振り返るとマシロの所まで行った。


「な、マシロ、僕のお願い聞いてくれるかな?」

マシロはコクコクと頷く。

「じゃあ、あそこの校舎の陰でタバコを吸ってる人間に、水をザバーってかけてやって。もしも他にもタバコ吸ってる生徒がいたら、いつでもどこでもかけてくれる?」

マシロは嬉しそうに頷いた。

「僕、役に立つ?」

「うん、もちろんだよ。あ、でもやりすぎないようにね」

「大丈夫」


マシロは立ちあがり手を掲げた。

その瞬間、校舎の向こうから声が聞こえた。


「うわ、なんだ、水だ!」

「どこからだよ!?」

僕とマシロは見つめあって笑った。




マシロと別れると風紀委員の部屋に戻った。そして今の出来事を報告した。


「ま、妥当な対応だったんじゃないか」

研坂さんがそう言った。

「お、コウが褒めるなんてめずらしいじゃん?」

水橋さんの言葉に僕は驚く。

「え、これって褒められたんですか?」

「ん、こいつの場合、否定じゃないんなら十分褒められた範囲になるよ」

「確かに」

呟いたら睨まれた。


「それでやっぱり、彼は河童だったのかな?」

「え?」

フミヤさんに聞かれ首を傾げた。


「本人はヘビだって言ってましたよ」

「うん、それは通常目に見える時だよね。でも実態は違うんじゃないかな?」

「実態?」

「ヘビも擬態で、本来の姿があると思うんだ。なにせ雨を操れるんだからね、普通のヘビとは違うはずだよ。だから河童だと思ったんだ」

言われてみればそうだ。ただのヘビに雨を降らす力があるのだろうか?


「龍だろ」

「え?」


短く呟いた研坂さんを見た。研坂さんは机で手を組んで淡々と言う。


「昔からヘビとは龍の事だ。しかも龍は雨を司る。他にないだろう」

納得の解答だった。

昔からヘビと龍は同一視されている。





翌日、僕は百合彦と貴一君といつものように教室で会話をしていた。

その時、ふいに風紀委員の話になった。


「ふーん、そんな個性的な人達がいるのか、ちょっと見てみたいな」

貴一君が言うので、僕は気軽に答えた。

「じゃあ遊びに来たら良いよ、僕がスマホで連絡しとくから大丈夫だよ」



研坂さんからの返事を確認して、放課後、二人を委員会室に連れていった。


「ここが風紀委員室だよ」

僕が言うと二人は挨拶をして中に入った。

「お邪魔します」

「お邪魔します」

そして。


「な、なんだ、これは!? 呪いの絵か? 呪いの絵なのか!?」

「アスカ、ここオカルト研究会の部屋じゃない!? ゴーレムの絵が描いてあるよ!」

昨日のフミヤさんの絵を見て、二人は叫んでいた。


「……いらっしゃい」

呟いたフミヤさんのポットを持った手から、紅茶がドボドボと零れ落ちている。

フミヤさんを不機嫌マックスにしてしまったようだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ