7・ヘビの恩返し
子供の頃、母方の田舎によく遊びに行っていた。
たくさんの山が見えて、駅までの道のりは遠く、広い畑が見えた。
植えられていたのはだいこんやネギ。
秋には庭の柿の木が実をつけ、駐車している車の上に落ちては汚していた。
ザクロを初めて食べたのもそこでだった。
赤い小さな実が美しく、宝石のようだった。ザクロの実は血の味がすると聞いた時も、幻想的で素敵だと思った。
思えばそう、僕は不思議なモノをあまり怖いとは感じなかった。
従兄とした肝試しもあまり怖くなかった。
それはもしかしたら、おかしなモノをおかしなモノとして、捉えていなかったせいかもしれない。
きっと僕は昔から鈍かったんだ。
海には馴染みがない地域だった。あったのは山と畑と川だった。
川は駅の方から、家の方まで、そしてさらに大きな町の方まで流れていた。
その川でよく遊んだ。
川の周りには大きな岩がたくさんあった。
上流の細い川には小さな滝もあった。
僕は川が好きだったが、泳げなかった。
そう、僕は泳げない。
なのに僕には、川に入った記憶がある。
流れる水に呑みこまれる記憶。伸ばされた腕。泣き声。それ以上は思い出せない。
あの時、僕は川に流されてしまったのだろうか?
もしかしたら、僕はそのまま死んでしまったのではないだろうか?
僕は鈍いから、だから今もそれに気付かずに、生きていると思っているのではないか?
僕は生きているのか、誰か教えて。
「アスカは泳げないのか」
「はい、そうです」
登校途中で出会ったフミヤさんと、珍しく一緒に歩いている。
通学路にある民家の庭では色鮮やかな紫陽花が咲いている。
季節はもう初夏。そして話題は夏の思い出となっていた。
「でも、まぁ意外ではないかな。泳げなそうなイメージだよ」
「え? なんでですか?」
「うん、なんとなくね、例えばそうだね、風紀委員のメンバーで海でも行ったとしよう。そうしたら君が秀人に足を引っ張られて水に沈む絵が想像できるよ」
「ちょっと待って下さい! それは泳げない僕の絵ではなく、水橋さんに苛められる僕の絵になってます! 泳げない僕とは関係ありません」
「ああ、そう言えばそうだね」
フミヤさんも天然だろうか。もしもワザとだとしたら恐ろしい気がする。いや、うん、だからワザとのわけはないんだ。
「僕のイメージとしてはね、君は海で楽しそうに、嬉しそうに、河童とビーチボールで遊んでいそうな感じなんだ」
「そこも突っ込ませて下さい。海に河童はいるのでしょうか? しかも何故僕は河童とビーチボールで遊んでるんですか?」
「ほら、アスカの事だから、河童を普通の人間と思いこんで、日常会話をしていそうじゃないか?」
「待って下さいよ! 流石に僕も人間と河童の区別位はつきます。あんまり見くびらないで下さいね」
「そうか、そうだね、悪かったよ」
フミヤさんに微笑しながら謝られると許さないわけにはいかないな。
僕はそう思うと、話題を変えた。
「夏休みなんですが、宿題とか、風紀委員のメンバーで集まってやったりしませんか?」
「ああ、勉強教えて欲しいの?」
「はい!」
「良いよ、じゃあ今度その計画も練ろうね」
僕は心の中でガッツポーズした。
水橋さんはともかく、研坂さんもフミヤさんも勉強は出来そうだ。
まぁ研坂さんの場合は毒舌つきだろうから、ちょっと心弾むってわけにはいかないんだけどね。
フミヤさんと一緒に校門をくぐった時だった。
前庭に見知った少女を発見した。
「あ」
「え?」
僕の視線を追って、フミヤさんがエンジュの木の方を見た。
「あそこに何か……いや、誰かいるね」
「見えますか?」
「いや、気配を感じるだけだけど」
「あそこにリンちゃんがいます」
「ああ、いつぞやの猫の子だね」
「はい、なんか地面に手をついて何かやってます。なんだろ、また何か落したのかな? ちょっと声かけてきます」
僕が言うとフミヤさんは微笑んだ。
「授業には遅れないようにね」
「はい!」
フミヤさんと別れると、僕は走りだしていた。
リンちゃんはその気配にビクリとしたが、相手が僕だとわかると笑顔を向けた。
「アスカ君」
慣れたのか、すっかり名前呼びされている。僕は笑顔でリンちゃんに近寄る。
するとリンちゃんは立ちあがった。
「丁度良かったアスカ君、ほらヘビ!」
「ヘビ?」
言われて彼女の手を見た。おもいっきりヘビを掴んでいる。
「う、うわ!」
悲鳴を上げて一歩後退した。
「なに? アスカ君、怖いの?」
「こ、怖くはないよ。ただちょっといきなりだったからビックリしただけ」
僕はリンちゃんに近づいた。
「今日は落し物じゃなかったんだね?」
「うん、今日は何も落してないよ。でもね、ここに来たらヘビがいたから、だからヘビで遊んでたの」
「そう、ヘビで……」
呟きながらヘビを見た。リンちゃんが遊んだせいでヘビはグッタリしている。
「もう飽きたし、ヘビはいいや」
いいと言いながら、リンちゃんはヘビを口に入れようとした。
「わーちょっと待った!」
僕は慌てて止めた。
「た、食べちゃダメだよ」
「え、リン食べないよ。ただ噛むだけだもん」
「それよけいにダメだから!」
「なんで?」
「なんでって、かわいそうだろう?」
「かわいそう?」
リンちゃんは首を傾げながらヘビを見つめた。
「うん、むやみに生き物を殺すのはかわいそうだろう? 僕だってリンちゃんだって生き物なんだから、生き物の気持ちはわかるよね?」
リンちゃんは頷いた。
「うん、わかった」
彼女は足元にヘビを置いた。ヘビはぐったりしていたが、やがてのろのろと動きだし、植え込みの方に消えた。
僕はそれを見て安堵してからリンちゃんの頭をなでた。
「リンちゃんは良い子だね」
リンちゃんは嬉しそうに目を細めた。
こういうのに喜ぶのが子供らしいというか、女の子らしいというか、猫らしいというか、まあ、あったかい気持ちになる。
「僕はそろそろ教室に行かないと行けないから、じゃあリンちゃん、またね。今度は落し物しないようにね」
「うん」
僕はリンちゃんと別れると、校舎に向かって走った。
昼休み、お弁当を食べていると貴一君が呟いた。
「梅雨なのに雨が降らないな」
「言われてみれば」
呟いた僕に、百合彦が言う。
「雨降らなくても良いんじゃない? 俺、雨嫌いだもん」
百合彦はかわいらしい名前と外見と違い、結構ハッキリした事を言う。
「えっと、百合彦君、雨が降らないとお百姓さんが困るんだよ」
「ああ、そっか、言われてみれば」
「そう言えば、園芸部も大変だろうね」
貴一君の言葉に僕は驚きの声をだす。
「うちの学校園芸部があるんだ?」
「部活動紹介の時にちゃんと紹介されてたよ。庭に咲いている花は園芸部が世話してるんじゃなかったかな?」
「へえ、そうなんだ。結構綺麗な花がいつも咲いてるよね」
今までに庭で見かけた花を思い出していた。今は紫陽花が綺麗に咲いている。
「俺、花より団子派だな」
呟きながら百合彦はお弁当を口に運んだ。
僕もどっちかと言えば花より食べ物だ。で
も花も結構好きだったりする。だって綺麗だし、美味しそうじゃないかな?
放課後、風紀委員室で昼休みにした園芸部の話をフミヤさんに聞いてみた。
「ああ、うん、園芸部が学校内の花の世話をしてるよ」
「やっぱりそうなんですか?」
「うん、一応うちは風紀委員だし、園芸部とは交流があるよ」
「え、そうなんですか?」
「表向きは、ここはただの風紀委員だからな」
そう言ったのは研坂さんだった。
「そう言えば、この委員会の秘密はどこまで知られているんですか?」
「生徒会長とその側近は知っているよ。あとは事件の関係者とか、一部の生徒と教師だな」
「一部の生徒と教師……」
僕はこの委員会の本当の仕事を、友人である百合彦や貴一君に教えてはいけないのか気になっていた。
なんとなくまずそうな気がしていたので、内緒にしていたのだが、打ち明けられるものなら打ち明けたい。
「ちなみに友人にここの事を打ち明けるのは賛成しないぞ」
研坂さんは心を読んだようにそう言った。
「なんでですか?」
「もちろん可哀そうなお前が、心療内科に通わなくても良いようにだ」
「……」
やっぱりそうだろうか?
いや、普通はそうなんだろうな。おかしなモノが見えるんだから。
でも百合彦や貴一君は僕の言う事を疑ったりはしないんじゃないかと思うんだけどな。
「本当に信頼できると、君が思う人には打ち明けて良いと思うよ」
そう言ったのはフミヤさんだった。
「君が自分で判断したら良い事だよ。僕だってすべての人に内緒にしているわけではない。信用できる人間には打ち明けているしね」
フミヤさんの穏やかな顔を見て思った。フミヤさんの言葉を疑う人なんて、いないんじゃないかと。
これが水橋さんだったら、間違いなくホラ吹きだと思う所だけど。
僕の視線に気付いた水橋さんが、いきなりボディにパンチを入れてきた。
「ちょ、いきなり何するんですか!?」
「お前、今、俺の悪口考えただろう?」
「な、何故、それを?」
「フン、俺の能力をなめるなよ」
「そ、そんな、心が読める能力が水橋さんにはあるなんて!」
僕達のやりとりを見ていた研坂さんが、頬杖つきつつ淡々と言う。
「あるワケないだろう。お前が単純だから、思考が顔に出ているだけだよ」
「な、なんだ。そうなのか」
「でも僕はそれも一つの能力だと思うな。人の気持ちが表情で読めるなんて」
フミヤさんが言うと、すぐに研坂さんが否定した。
「そんなのは大概の人間が感じ取れるだろう。この場合、思考が単純でダダ漏れな、アスカの方が特異な存在と言うべきだな。こいつに裏なんかありはしない。単純明快、小学生レベル、いや犬並だ」
「あの、前から聞きたかったんですが、研坂さんは何か僕に恨みでもあるんでしょうか?」
「ないよ」
サラリと答える。
「分かってないね、アスカちん。コウはただイジメっ子なだけだよ。そして君は苛められ体質なんだよ」
「水橋さんも、いつも研坂さんに苛められてますよね?」
「何を!?」
またボディにパンチが入る。エンドレスだった。
「そう言えば、今朝、猫のあの子が居たようだけど、今日はトラブルはなかったの?」
フミヤさんに聞かれ、朝の経緯を説明した。
「ふーん、ヘビね、ヘビの恩返しとかに来ないかな?」
水橋さんの発言に驚いた。
「え、恩返しですか!?」
「当然、話の流れとしてはそう来るだろう」
「そ、そうですか?」
僕は恩返しという言葉にドキドキしてしまった。
もしかして山もりいっぱいのお菓子とか、持ってきてくれるだろうか?
いや、彼ら昔話的な存在には現代的感覚はないのかもしれない。山もりの米とか大根とか人参とか、反物かもしれない。
「あれだな、嫁にもらってくれって言ってくるよ」
水橋さんの言葉に、僕は飲んでいた紅茶をふき出した。
「嫁!?」
「そりゃもう、昔話の恩返しの定番だろう」
「い、言われてみれば。でも僕まだ高校生だし、成人もしてないのに嫁をもらうのはちょっと。それにまだ婚姻届けを受け取ってもらえない年齢です」
「お前のつっこみ所はそこか」
水橋さんに言われた。
「だ、だって彼女とかは欲しいじゃないですか?」
「相手はヘビだろう? それ以前の問題だろう?」
「確かに。でも、もしかしたらかわいい女の子の姿で来るかもしれませんし」
「俺は今、お前の懐の広さに、実は驚いているよ」
何故か研坂さんに感心されてしまった。
「ぜってーブスが来るよ。恐ろしいヘビ女が来るに違いない」
「俺もそう思うな」
水橋さんの言葉に研坂さんが頷く。
「もう、放っておいて下さい! 夢を見るのは僕の自由です!」
そんな会話をしている時だった。
部屋のドアがノックされた。みんながドアに注目する中、ドアがそっと開かれた。
「すいません」
そう言って顔を覗かせたのは一人の男子生徒だった。
「ここ風紀委員室ですよね、実は立川アスカさんに会いに来たんですが」
「おい、アスカ、お前の嫁さんはどうやら男のようだぞ」
「ちょ、何言ってるんですか、水橋さん!」
「お前は懐が広いからな、別に嫁が男でも構わないだろうな」
「研坂さんまで、何を!? というか僕は懐深くありませんから!」
「えっと何の話ですか?」
戸惑っている訪問者にフミヤさんが近付き、部屋の中に促した。
「あの、俺は園芸部の佐々木ススムといいます。実は園芸部の事でお願いがあってきました」
どうやらヘビでもなんでもなく、一般生徒のようだった。フミヤさんが椅子を一つ取りだすと、彼をそこに座らせた。
「実は今日、園芸部の部員の欠席が多くて、仕事である校内の植物への水やりの手が間に合わないんです。それで風紀委員の皆さんに手伝って頂けないかと思って」
「それは構わないが、どうして……」
研坂さんの言葉の途中から、僕はかぶさるように訊ねた。
「なんで僕を指名して来たんですか?」
「え、ああ、君が立川アスカか。いや、実は百合彦に何か困り事があったら、友人が風紀委員にいるから頼ってくれって言われてたんだ」
「え、君は百合彦の友達?」
僕が訊ねると佐々木君は頷く。
「ユリに俺の事聞いた事ない? 彼とは移動教室で一緒なんだ。俺はよく君の話聞かされてたんだけどな」
百合彦はああみえて社交的だから、僕なんかより交友範囲が広い。
因みに、移動教室とは数学の授業の事だ。
レベルごとに普段のクラスとは別に、教室を分けられて授業を受けるシステムだ。
「んじゃあ、頼まれたアスカちん、頑張ってこいよー」
椅子に座ってダルそうに水橋さんが言った。
「え、来ない気ですか? 水橋さん!」
「この俺様がこんな真夏日に、植物に水やりなんてないだろう。俺には相応しい仕事や絵があるんだよ」
「なんですか、絵って?」
「んー、ホストクラブごっことか、アイドルユニットごっことか」
「意味分かりません!」
「ち、わかってないのはお前だよ。俺様はそれはもう、文化祭体育祭では大活躍だぜ?」
「大活躍で、セットとか道具とか壊しそうですね」
またもボディにパンチが入る。そしてそのまま関節技が極められる。
「その、それで水やりなんですが」
佐々木君の言葉に研坂さんが立ちあがった。
「ああ、やろう。我が風紀委員が引き受けた」
研坂さんが格好よくそう言って、僕達は無理やり庭に出された。
「アスカ、延長ホース! それに如雨露。熱中症予防も考えて麦わら帽子も用意しろ!」
僕はホースと如雨露を装備したまま研坂さんに向かって叫んだ。
「麦わら帽子は無理です!」
「まったく使えない奴だな」
「ちょっと待って下さい、その判断は間違ってませんか? 学校に麦わら帽子なんかないでしょう!」
「それ位、フミヤなら2時間で編んで持ってくるぞ」
「そんなスキル僕にはありません! しかも2時間では僕には無理です! 日が沈んでも出来ません!」
「出来ない出来ないと文句ばかり言うな。頭を使え」
なに、そのサラリーマンの意地悪な上司のようなセリフ。僕は頭を使った。そして。
「これでいかがでしょう?」
庭にあった鉢植えの蓮の葉を差し出した。
蓮の葉は直径30センチ位あるサトイモに似た葉だ。良い日傘になる。
「ああ! それ先輩が大事に育ててる蓮の葉!」
佐々木君が叫んだ。どうやら大失敗のようだった。
僕達は手分けして、学校中の植物に水をかけた。
とても暑かったけれど、水をまくと若干涼しくなった。
それに植物に当たってはじける水飛沫はとても綺麗だった。キラキラしている。
跳ねた水を浴びるのも楽しかった。なんだか水遊びでもしている気分だ。
僕は周りの人たちを見てみた。
研坂さんは黙々と水をまいている。いつも通りクールな顔だが、若干楽しんでいる気配がする。
だって左手には僕が渡した蓮の葉を持って傘のようにさしている。
ヘタに美形だから幻想的な童話みたいな風景だ。
フミヤさんはにこやかに、植物に話しかけるように水をあげている。
心の優しい人は植物にも優しいと実感する。
園芸部の佐々木君はこなれた様子で、テキパキと水をあげている。
慣れた作業だから、僕達のように浮かれた感じはしない。
僕はよそ見をやめ、作業に戻ろうとして視線を止めた。
知らない男子が一人、同じように水をまいている。
「あれは……」
僕は首を傾げたが、どうやらあれは園芸部員だなと悟った。
今日は部員が少ないとは言っていたが、他に誰もいないとは言っていない。
少ない部員の一人なんだろう。僕は彼と目が合ったのでニッコリと笑顔を向けた。
すると彼も微笑み返してきた。
そして手を大きく振ってきた。ホースを持った手で。
「う、うわ!」
その水がかかって濡れてしまった。パンツまでぐっしょりだ。
「ご、ごめんなさい!」
自分より幼く見えるような少年にそう言われ、首を振る。
「いや、大丈夫だよ」
きっと彼はドジっ子なんだ。おそらく園芸部のトラブルメーカーなんだろう。
必ず一人はドジっ子が部活にはいるものだ。
そう思いながら水まきを再開した。どうせ真夏日だし、服は自然乾燥するだろう。
その時、僕の前にふいに水橋さんが現れた。
「あれ、作業嫌なんじゃなかったんですか?」
「いや、水飛沫を浴びるのはなかなか気持ちよさそうだと思ってな」
そう言った瞬間、彼の自慢の顔に水がかけられた。ちなみにさっきの僕よりも全身ずぶ濡れになっている。
「だ、誰だ、コノヤロウ」
怒りにすごんだ声で水橋さんが言った。ふり返るとさっきの園芸部のドジっ子君がいた。
「お前の仕業か!?」
人を30人位撲殺しそうな目で水橋さんが聞いた。
「うん、だって気持ちよさそうって……」
「度を超えてんだろう!」
殴りかかろうとする水橋さんを、僕はタックルして止めた。
「やめましょう、水橋さん! あんなか弱そうな子殴っちゃダメですよ! どう見ても殺人罪! というかあんなかわいらしい子に水橋さんが襲いかかったら、性的乱暴を行おうとしているようにしか見えません!」
「俺はお前を殴る事にする!」
何故か僕がボディにパンチを受けた。
そんなこんなの大騒ぎの後で水まきを終えた。
真面目そうな佐々木君は僕達に向かって深々と頭を下げてくれた。
「本当に、今日は助かりました。ありがとうございます」
「いいや、また何かあったら遠慮なく言ってくれ」
研坂さんが優等生的な返事をした。
「おもにこいつが頑張ってくれるよ」
そして何故か、僕の肩をポンと叩いた。
なんというか、これは上級生による下級生苛めではないだろうか?
「ありがとう、アスカ。君が百合彦に聞いた通りの人で良かったよ」
「え、ああ、うん」
僕は百合彦にどう説明を受けているのか気になった。
でも人に喜んでもらえたのだから良かった。
その時、僕はふと気付いた。そう言えばさっきのドジっ子君がいない。
「佐々木君、他の部員はもう帰ったの?」
「え、今日は俺だけだよ。だから風紀委員に助っ人頼んだんだから」
「え? でも茶色い髪の童顔な子が……」
そこで僕は言葉を切った。あれは人ではないモノだったのではないかと思ったからだ。
側にいた委員会メンバーも僕の様子でどうやら気付いてくれたようだった。
佐々木君と別れた後で、僕と水橋さんでさっきの出来事の説明をした。
「やっぱアレだろう? ヘビの恩返し」
水橋さんの言葉に僕は眉を寄せる。
「でもどちらかと言うと迷惑かけられたような……」
「ん、確かに」
「ま、そう性急に答えを出すなよ。可能性はいくらでもあるんだから」
研坂さんの言葉にフミヤさんが頷いた。
「そうだね、ヘビだとはまだ言い切れないね。この世界にはたくさんのモノが存在し、可能性はいくらでもあるんだから。僕は学校に居る座敷わらしみたいなモノじゃないかって気がするよ」
「座敷わらし?」
「そう、それが一緒に遊びたかっただけなのかもね」
なるほどと思った。
水まきをする僕達は、きっととても仕事をしているようには見えなかっただろう。
彼は単に水遊びに混ざりにきただけなのかもしれないなと、そう思った。