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風紀委員はスカウト制  作者: リョウ
6/17

6・絡み合う美しい植物

子供の頃、田舎で見た光景があった。

畑が広く続く場所で、空からたくさんの鳥が落ちてきた。

その鳥たちは雨の矢のように真っ直ぐに畑に飛び込んでいった。

その光景に、鳥とは地面に埋まる生き物なんだと思った。

その時、僕は誰かと一緒にいた。

僕はその人の服の袖を掴み問いかけた。


「あの鳥、見える?」

「うん、見えるよ」

「すごいね、すごい」

「ああ、壮観だね」

「そーかん?」

難しい言葉は首を傾げた。そんな僕にその人は言った。


「でも悲しい光景だね」

「悲しい?」

「うん、もうすぐ町にショッピングモールが作られるんだ。その為に林が一つ消える。だからあの鳥たちはあんなに悲しんでいるんだよ。いや、鳥ではないのかもしれないね。あれはあくまで象徴。すべての生き物の。きっと林がなくなる事を嘆く、近くのお年寄りの気持ちも含んだ、そんな悲しい光景」

やっぱり難しすぎて、僕にはよく分からなかった。


あの時、あそこにいたのは誰だっただろう?

いや、人ではなかったのだろうか?

僕は人ではないモノと会話をしていたのだろうか?


でもそれ以上は思い出せなかった。

僕の記憶はその後、水に呑み込まれてしまう。記憶が水に溺れて何も思い出せない。

けれど一つだけ分かる事がある。

あの時話していた人はもういない。

僕の前からいなくなってしまったんだ。





教室ですごすメンバーが三人になった。

僕は例のキノコ事件から、貴一君と親しくしている。彼は最初の印象通り、とても面白い人だった。

話し方は古風と言うか、難しいんだけど、でも悪い人ではない。いや、むしろ真面目すぎる位の良い人だ。



例のおホモダチの噂は、僕がさりげなく他の話題にすり替えておいた。


「あの二人、ホモって噂だよね?」

そういう女子の声が聞こえたら、「ああ、それは間違いだよ。それより研坂先輩と、水橋先輩がアヤシイともっぱらの噂だよ」と言っておいた。

僕と言う地味な生徒と違い、華がある二人の名前に女子はキャーキャーと喜んでいた。

先輩という、すぐ近くにいないと存在というのも良かったかもしれない。

見えない分、想像が逞しくなるだろう。うん、僕は賢かった。


そう思っていた放課後、委員会室で僕は研坂さんに口の中に指を突っ込まれた。

「い、いひゃいです!」

涙目で訴える僕に、研坂さんは冷たい目で言う。


「嘘をつく奴は閻魔大王に舌を引き抜かれるっていうのは、子供でも知っているよな? この学校では俺が直々に引き抜いてやる事にしている」

研坂さんは僕の舌を掴んでグイグイとひっぱっている。


「ご、ごめんなひゃい、もう、ちませんから」

そんな僕達を見て、水橋さんが楽しそうに言う。


「なんか卑猥な絵だな」

研坂さんが人を殺しそうな目で睨んだ。

それはもう、ナイフのような鋭さだ。

僕だったらあんな目で見られたら、グサって心臓に穴があいてると思う。


「お前も何か拷問を受けたいか?」

「おいおい、俺はお前と同じ被害者だぜ。このバカのさ」

言いながら水橋さんは僕の脇腹を拳でグリグリと押す。ちょっと鈍い痛みがあります。


「ほ、本当にごめんなひゃい」

「ちっ」

研坂さんは舌打ちをしてから、僕の舌を解放した。

そしてその指を隣りにいた水橋さんのシャツに擦りつけた。


「うわ、何してくれる!?」

「早くふかないと、おかしな菌が繁殖するかもしれないからな」

「だったら尚更俺にこすりつけるな!」

「ああ、お前も菌の固まりだったな。頭も悪くなりそうだし、口にはできない卑猥な病原菌も持っていそうだ」

「こいつはともかく、俺はそんな病原菌持ってねーよ!」

水橋さんは僕を指さしてそう言った。


「なんだかさっきから僕、酷い言われようなんですけど!?」

僕は叫んだ。けれど軽く研坂さんに睨まれてしまった。


「うるさい、俺が正義だ」

すでに独裁者だ。


「はい、みんなお茶が入ったよ」

フミヤさんはそんな僕達の様子を気にする事もなく、マイペースにお茶を淹れて持ってきた。


「そんなの飲んでる場合か! 俺はこいつとの決着をつける!」

叫ぶ水橋さんにフミヤさんはサラリと言った。

「今日のおやつはレーズンサンドだよ」

水橋さんはおとなしく席に座った。そうか、好物なのか。目がキラキラ輝いているよ。

なんか子犬みたいだ。もしもの時にはレーズンサンドを投げれば、僕は彼から逃げられるんだな。メモしておこう。



今日の委員会はこれといった議題とか問題はないようだった。

そういう時はただ部屋の中で話しているだけなので、なにげに楽しかったりする。

まあ研坂さんは口が悪いし、水橋さんは暴力的だけど、やさしいフミヤさんがいるのでバランスが取れている感じだ。


「なんか喉が渇いたな」

呟くと、研坂さんは僕を見た。

「じゃあ、おかわりのお茶を淹れようか?」

フミヤさんが席を立ちかけたが、研坂さんは僕を見たまま言う。

「いや、冷たいジュースが良い」

「え?」

もしやそれは僕に買いにいけと言っている?


「アスカ、行ってこい」

「え、あのなんでですか? もしかして後輩苛めですか? 僕はパシリの為にこの委員会に入れられたのでしょうか?」

「お前はあんな嘘をついておいて、ジュースを買いに行く事もしないって言うのか?」

「・・・…わかりました」

僕は席を立ちあがった。


「シュートお前も行け」

「え、なんで俺も?」

「お前もだ、さっきの発言を忘れたわけじゃないからな」

「ちぇ、なんだよ、コウだって俺の事ばい菌扱いしたくせにさ」

文句を言いながらも水橋さんは席を立つ。そういう所は素直だ。


「俺はお茶にしろよ。炭酸買ってきたら殺すからな」

風紀委員長が殺すとかって発言ってどうなんだよと思ったが、僕も買いに行く準備をする。


「フミヤさんは何にしますか?」

「じゃあ紅茶をアイスで。味は何でも良いよ」

「了解です」

僕は水橋さんと一緒に部屋を出た。

ここから一番近い自販機は一階の購買前か、はたまた職員室の脇か。

どうやら水橋さんが購買に向かっているようなので、僕はおとなしくついて行った。


「コウはさ、炭酸飲めないんだぜ」

「そうなですか?」

「ああ、あいつは炭酸は身体に悪いとかもっともらしい事を言うけど、単純に炭酸が痛くて嫌なだけなんだ。ガキみたいだろう?」

貴方には言われたくないんじゃないですか? と思ったが口にはしない。またグリグリされてしまいそうだからね。



購買に辿り着いた。けれどそこには先客が居た。

一人の女子生徒が、自販機でジュースを買っている。

僕はその人に釘付けとなった。

彼女は細い腕を伸ばすと買ったばかりのジュースを拾い出して振り向いた。

その時初めて僕達に気付いたようで、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑した。


「水橋君、委員会?」

「そいう那美ちゃんは部活? 文芸部だったっけ?」

「うん、そう、じゃあまたね」

彼女は歩き去った。

僕は茫然とその後ろ姿を見つめた。

そんな僕に気付いて水橋さんが声をかける。


「ん、どうした? もしかして那美ちゃんにひとめぼれか? 彼女は俺も狙ってんだからな。ただ彼氏と別れたばっかだから、今はちょっと卑怯かと思って待ってるんだから、邪魔すんなよ」

「違いますよ」

「違うのか? あれ、え、って言う事はまた何か見えたのか?」

僕は頷く。


「まさか水子の霊が」

「違います! そうじゃなくて」

「何が見えたんだ?」

水橋さんは真剣な顔を向けた。


「彼女の身体にツタが絡みついてたんです」





僕達はジュースを買うと、委員会の部屋に戻った。

そして早速さっき見たモノをみんなに説明をした。


「彼女の全身に、緑のツタが絡まってたんです。こうなんていうか、こんな感じに」

僕はホワイトボードに絵を描いてみた。

それを見て研坂さんと水橋さんが呟く。


「DNAの二重螺旋のようだな」

「ベルバラのオープニングみたいだな」

まあ、どっちがどっちのセリフかの説明はいらないだろう。


「文芸部の戸川那美だって言ってたな」

研坂さんの言葉に水橋さんは頷く。


「でも彼女の事なら、今回は心当たりがあるぜ」

「心当たり?」

フミヤさんが聞くと、研坂さんが答えた。


「ああ、彼氏と別れたばかりって話だったな。まず疑うべきはその彼氏、松浦イツカだろうな」

「なんだ、コウもあの二人が付き合ってるの知ってたんだ?」

「当然だ。俺は風紀委員としてそういう情報は押さえてある。言っておくが、お前のような興味本位や私利私欲のためじゃないからな」

「はいはい」

研坂さんの言葉に水橋さんは肩をすくめて見せた。


「でもさ、イツカって別れた彼女を呪うような奴じゃないぜ」

「呪う!?」

不穏な言葉に大きな声を出してしまった。


「なんだよ、そのツタっての呪いじゃないのか?」

水橋さんに聞かれ、僕は首を傾げる。

「えっと、なんなのかは分かりません。でも、そんな呪いのような嫌な感じはしなかったんですけど……」

「嫌な感じがしないねぇ」

研坂さんは呟いた後で、水橋さんを見た。


「お前には何も見えなかったんだな」

「そうだね、今回は。まあ、こないだキノコで力を使ったし、俺の能力は今は休養中かもね」

一体どういうシステムなんだ、その能力は。


「とりあえず、明日、そのイツカ君の様子を見に行ってもらおうよ」

フミヤさんの言葉に全員が僕を見た。

やはりそうですか、そういう役目は僕ですか。




翌日、僕は朝早く登校させられた。

イツカさん待ち伏せ計画のスタートだ。でも登校してくるイツカさんは難なく見つかった。


僕は2階にある、昇降口の真上の吹き抜けのホールから、登校してくる生徒を見ていたのだが、イツカさんが誰かは説明を受けるまでもなかった。

「あの人がイツカさんですね?」

「何故分かる?」

付き添いで隣りにいた研坂さんが僕を見た。


「ああ、見えないですか?」

「何が見えるんだ?」

研坂さんは手すりに手をついて身を乗り出してイツカさんを見た。


「イツカさんって、今、右はじの下駄箱の方に歩いていった人ですよね?」

「ああ」

「うん、納得です」

「だから何が見えた?」

「昨日の彼女と同じです」

「同じ?」

「植物のツタがグルグルと巻きついていました」

「どういう事だ?」


研坂さんは顎を摘まんで考え出した。

黙って真面目な顔をしている分には、この人は彫刻のように綺麗だ。

見惚れるように見ていると、やがて研坂さんは顔を上げた。


「ちょっと、俺に考えがある。お前は放課後また委員会室に来るように」

「はい、了解です」

僕は研坂さんと別れた。


それにしても、二人に巻きついたツタはなんだろう?

イツカさんに巻きついたツタも、嫌な印象は受けなかった。

別れた恋人同士が、同じように植物にグルグルと巻かれているなんて不思議だ。

ある意味ペアルックみたいじゃないだろうか?

どんな理由で別れたのか分からないけど、僕からしたらお似合いだったんじゃないかと思った。




放課後、委員会室に向かった。

フミヤさんがお茶を淹れて並べている最中に、研坂さんが口を開いた。


「今日、松浦イツカに会ってきた」

「ほう、そんで? どうだった?」

水橋さんがいつものように、行儀悪く片足を椅子に乗せながら訊ねた。

「ちょっと布石を打っておいた」

布石?

僕は首を傾げたが水橋さんはニヤリと笑った。


「それで、お前の方はどうだった?」

聞かれて水橋さんは、紅茶を一口飲んだ後で答える。


「那美ちゃんに、イツカ君の事どう思ってるか聞いたわけよ。そしたらもう何とも思ってない。ただの友達だってそう言ってたよ」

そういうものなのか。恋人同士は別れてしまうと、スッキリあっさりなんだな。

「ま、嘘だと思うけどね」

「え?」

つい声を出してしまった。すると水橋さんは僕を見ながら、微笑む。

「彼女は芸術家のクールビューティーだからね、正直じゃないんだよ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。でなきゃこの俺が誘って落ちないワケないじゃん」

「いや、それは単に水橋さんが好みじゃないんでしょう。チャラいし、頭悪そうだし、ガサツだし」

「アスカ君は前歯を何本折られたいのかな?」

指を鳴らしながら水橋さんが言う。逃げなければ。


「まあ、その意見は俺も同感だ」

「ちょっと待てコウ、その意見とはどこを指している?」

研坂さんはそれを軽く流す。

「まあ、俺がイツカに助言をしておいたから、これは数日のうちに決着がつくはずだよ」

研坂さんは自信満々にそう言った。

そしてその数日後、本当に事件は解決した。





僕達はいつものように委員会室に集まっていた。

そこで研坂さんが口を開く。


「例の件は一件落着だ」

「は?」

僕だけが首を傾げる。どうやら他のメンバーはもう知っていたようだ。


「松浦イツカと戸川那美は先月別れたばかりだったが、お互いにまだ相手の事が好きだったんだよ。その思いが植物のツタとして元恋人の身体に絡みついて、アスカに見えたという事だ」

「えっと、じゃあ解決したって事は?」

研坂さんは頷く。

「ああ、よりが戻った」

僕は安堵した。そうか、あの二人が元の恋人同士に戻ったのか、そう思うと他人の事だけど嬉しい。


「一体、研坂さんは何を言って二人の仲を戻したんですか?」

僕が聞くと、研坂さんは淡々と答える。


「松浦イツカにもう一度、戸川那美に告白するように言っただけだよ」

「え、それだけ?」

足を組みながら水橋さんが言う。

「バッカ、それだけって言っても、人間関係は大変なんだよ。那美ちゃんは表面上は興味ないフリして、ヨリを戻す気ない宣言しててさ、イツカはそれで物おじして、もう一度告白するなんて空気じゃなかったんだよ」


あんなにツタを絡める程、相手の事を思っていたのに、人間関係は複雑だ。


「最初はシュートが戸川那美に言い寄っているから、取られないようにしろと言うつもりだったが、それはやめた。こいつが相手だと戸川那美が振り向くとは、イツカも思わないだろうと思ったからな」

「コウ! お前は俺にケンカ売ってんのか!?」

研坂さんはその発言を無視した。


「だから、イツカには、戸川那美にフミヤを紹介するぞと、脅しをかけた」

「え?」

「僕の名前を出したのか?」

フミヤさんは微妙な顔をしている。


「でもそうしたら、すぐにそれはやめてくれと泣きついてきたよ。フミヤ相手では分が悪い。そうなる前に寄りを戻すってさ」

「それで一件落着ですか? いや、さすが、本当にフミヤさんは人望ありますね」

僕はフミヤさんを尊敬の眼差しで見つめた。


「お前ら、揃って俺にケンカ売ってやがるのか?!」

水橋さんが怒鳴っているが、それは無視した。





翌日の早朝。

僕は昇降口が見える2階ホールに居た。

そこで暫く待っていると、イツカさんと那美さんの二人が登校してきた。

二人は優しく微笑み合っている。そしてツタではなく、手を握って絡ませている。

そんな二人の周りには美しい花が咲いているように見えた。

僕はそんな光景を見て胸が暖かくなった。


幸せな人を見ると、自分の心も幸せになる。

僕は風紀委員の仕事が好きかもしれないと、ちょっと思った。





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