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水の申

—— 店長の戸田



 戸田は本屋のポイントカードにハンコを押す作業を続けていた。

 今日尾崎には、磯辺の棚卸の手伝いを頼んでいたため、この無限に続きそうな作業を任せることができなかった。


 外は生憎の雨だった。しとしとと小雨が降り、店内BGMと、尾崎と磯辺の会話が、戸田の作業用の音楽になっている。二人は、裏の本棚で在庫の確認をしている。


「磯辺くんって、彼女いるの?」

 あまり一緒に作業することがない尾崎は、早速磯辺に恋バナで絡み始める。

 尾崎とは高校からの付き合いだが、彼はなにかと恋愛関係について興味深々なところがある。

「いや、いないです」

 磯辺とこの本屋で一緒に働くようになって長いが、あまりプライベートのことは話さない。それこそ、尾崎がここに通うようになってから、共有の尾崎の話題を話すようになったかもしれない。

 磯辺の話題はなかなか気になる。


「へー、いないんだ。なんか、磯辺くんって年上のお姉さんとかにモテそうだよね」

 尾崎は他愛もなさすぎる会話を広げる。

「年上の方が好きですね」

 そうなのか。俺は年下の方が好きだ。

 聞き耳をそば立てている自分が恥ずかしかったが、作業が単調すぎるため、このまま聞かせてもらうことにした。

「尾崎さんは、彼女さんと同棲してるって言ってましたよね」

 あ、それは禁句だ、磯辺。

 尾崎が一瞬押し黙るのがわかった。

「今、喧嘩中」

「あ、そうなんですね」

 少しの沈黙。地雷を踏んでしまった気まずさが二人の間にゆらりと流れ込む。


「好きな人とかは? いる?」

 自らの地雷を踏み込まれても、尾崎は恋バナを諦めない。なんとも厚かましい男だ。

「好きっていうか、手に入れたい人はいますね」

 磯辺の言葉に、男の聞きたくもない高い声が聞こえる。ぐいぐい突き進む恋愛が、尾崎は好みだ。だからもう一人、共通の友人がいるが、戸田の恋愛の話より、そっちの方が顔をニヤつかせて聞いていることが多い。

「いいねえ、磯辺くん結構肉食系だね。俳優さんだもんね、そのくらいガツっといかないと」


 老紳士が、傘を閉じて店内に入って来た。

「いらっしゃいませ」

 戸田の声に、奥から二人の山彦が聞こえる。

「この本を探しているんですが」

 老紳士はポケットからメモを取り出し、尾崎たちのいる本棚の裏に歩いていく。

「あー、この評論家の人好きなんですか」

 メモは尾崎に渡したようだった。が、尾崎に本の場所がわかるわけない。即座に、磯辺がその本を探しに動いている。その間、尾崎は老紳士と世間話を続けた。

「これですか」

 磯辺が探している本を持ってくる。

「ああ、これだよ、ありがとう」

 見つけた本を老紳士はレジに持って来た。随分マイナーなジャンルの新書だった。これは、戸田でも見つけられなかったかもしれない。さすがベテラン店員だ。

 出してきたポイントカードにハンコを押して返すと、老紳士はいつもありがとう、と店を出て行った。


「尾崎さんって、爺さん婆さんに優しいですよね。あんなに話せるのもすごい」

 磯辺は在庫確認に戻る。尾崎は笑った。

「なんか、ああいうおじいちゃんおばあちゃんとか、子供とか、女の人もさ、庇護欲そそられる人好きなんだよね」

 確かに、道をよく聞かれるし、迷子の子供は親が見つかるまで探すような男だ。

「言い方がやばい人ですよ」

 小さな、磯辺の笑い声。

「よく言われるー」

 戸田も、尾崎に何度同じ言葉を言ったことか。

 磯辺が一つの棚を数え終えたのか、こちらに戻ってきて数が一致するか確認をしている。

 合っていたのか、また新たな棚を数えに戻っていった。


「掘り返すようで申し訳ないんですけど、喧嘩よくするんですか」

 今度は磯辺からの質問だった。

 戸田が知る以上、尾崎カップルの喧嘩は初めてだ。仲直りの仕方を探って、どうすればいいか迷っているところだろう。

「喧嘩初めてなんだよね。どうすればいいかわかんない」

「喧嘩中、逃げられたらって考えるの怖くないですか」

 やけに磯辺が食いついてくる。昔、喧嘩して別れた彼女がいるんだろうか。

「逃げられても追いかけ回す」

 恐ろしいことを言い放つ。だがまあ、尾崎の彼女もふわふわと雲のような女性だから、尾崎くらいしつこい方が相性が合うのかもしれない。

 尾崎の言葉に引いたのか、磯辺は言葉が出ないようだった。が、次にあげた声は予想外の言葉だった。

「かっこいいです」

 そんな男に憧れないでくれ、磯辺。


「そういう、ストーカーまがいの役とかもやってみたいな」

 大変だという今度の舞台、楽しみだ。どんな舞台なのか。

「ストーカーまがいとか、やめてよ。俺普通だから」

 尾崎の昔の行動を見る限り、かなり危ない域までいっていると思うから、普通ではない。

 以前、彼女と連絡が取れなくなった際には戸田やきっくんを巻き込んだ大騒動を起こすほどだった。結局は、彼女が尾崎に連絡を忘れて実家に帰っていただけだったのだが。


「俺、ハヤブサが好きで、よくハヤブサ撮りに行ったりとかもするんです」

 かっこいいよなあ、と陶酔するように磯辺は呟いた。

 いつの間にか、話題が変わっている。

「ハヤブサはかっこいいよねー、生まれ変わったら鳥になりたい系男子?」

「生まれ変わったら女の子になりたいです」

 思わぬ返答に戸田は吹き出した。


「やだー、戸田が盗み聞きしてる」

 尾崎の女のような声に、磯辺はふふ、と笑う。

「戸田さんは、生まれ変わっても男の子っぽいですね」

「本当だ。俺はどう?」

「尾崎さんは、生き物じゃなさそう」

 ごもっともだ。海辺のテトラポットくらいがお似合いだ。

 えー、と尾崎は声をあげる。

「虫は嫌だなあ」

 しゅん君、虫も生き物の仲間に入れてやってくれ。

第五話お読みいただき、ありがとうございます


犯人として浮上する男たち


よろしければブックマークやご感想、いただけますと励みになります。

短編ですので数日で完結いたします。

よろしくお願いします。

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