【過去】『ミスター・ヴァーティゴ』(ポール・オースター)
1994年発行
「ヴァーティゴ」という言葉は個人的に非常に好きな単語である。
ヒッチコックの有名な映画『めまい』の原題もそうだし、かつて一世風靡したUKロックバンド、デュラン・デュランにも『ヴァーティゴ』という隠れた名曲がある。
ってのはどーでもいい話なのだが「ヴァーティゴ」。
なんか、響きがいいじゃん(笑)
んで本書の感想に入りますが、いや~、震えましたね。
読了後、体の中で雨が降りました。
細胞の一つ一つが泣いてました。
そんなださださな言葉じゃ作者に対して申し訳ないのだが、確かにそんな気持ちになったわけで。
「十二の時に、俺ははじめて水の上を歩いた。教えてくれたのは黒い服の男だ──」
という書き出しで物語は始まる。表紙の絵と照らし合わせるとまるで童話だ。実は僕もそんな感じで読み始めたわけだが、それはとんでもない間違いだった。
「古き良きアメリカ」の浮き沈みを一人の少年に重ねて書かれている部分もあるんだろーけど、一人の人間の生涯、その「心の旅」を、まるで自分の生涯のごとく重ねあわせることができる物語でもある。当然ながら誰もが。
もちろん、僕自身は主人公のように空を飛べるわけでもない。彼のように「ウォルト・ザ・ワンダー・ボーイ」と世に名を轟かせた栄光があるわけでもない。
なのになんでまた、これほどまでに共感が持てたんやろ。共感と言っちゃったけど、これは願いにも似ているのだろうな。
本書に出てくるキャラクターは本当に一癖あって人間臭くて、そして「いい奴ら」ばかりなのだ。
少なくとも「ああ、こんな奴らになりたいな」と思わせ、「こんな奴らに出会いたいな」と感じさせてくれる。
いい奴ばかり出てくる話はダメな話だ──とも言いますが、この本はその分、主人公の苦難で引っ張られますのでバランスがとれます。
主人公ウォルトに空を飛ぶ方法を教えるイフェーディー師匠など主人公を完全に食ってしまうほどのキャラ振りだ(僕はこの人に惚れこんでしまった)。
また、その「空を飛ぶための修行」というのがなかなか面白くて飽きない。ここは読んでのお楽しみってやつでありますな。
本書はまさに飛翔と転落の物語なのだけれど、はてどうしてやら、実をいうと本来ならば「泣けるはずのシーン」で泣けないのである。読了後つらつらと考えていたところ、それは主人公が「泣かせなかった」のだという結論に達した。
それくらいに彼はどんなことがあってもめちゃめちゃ前向きであり、それはそれは力強く、ことあるごとに、こう言っているように思ったからにあい違いない。
『おいおい、これは「俺の人生」の話なんだぜ。どうしてあんたが泣かなきゃならない?』
と。
といっても、やはり涙腺ダム決壊危機寸前の場面もあった。それは343ページ目にある台詞。抜粋するのは恥ずかしいのでやめとくが完全に自分と一体化して思わずページをめくるのを忘れてしまったくらいだ。
(※【現在】の私からの一言──はて、どんな台詞だったっけ?──と思ってさっき開いてみたけど、この1ページだけ見たところでピンとこなかった。小説ってやっぱ連続した繋がりがあってこそなんだよね。人生も然り、1ページだけ見てもわからないってことやね・笑)
絶望という言葉は決してネガティブな言葉などではないってことをつくづく教えられた。
もし、何かに絶望してしまうようなことがあればその時はまたこの本を読んでみればいいし、はたまたこれから絶望する予定がおありの方などにも強くお薦めもしたい。最後の一節に辿り着く時、さらにまた強くなれるような、勇気を与えてくれる一冊。
短い生涯でこの本に出合えたことを感謝、そしてこのような物語を書くことのできる人物がこの世にいることに感服するばかりであります。
P・オースターはデビュー作『シティ・オブ・グラス』以来、僕にしては珍しくずっと追いかけてる外国文学作家様ですが、これからも勢いを無くさず頑張ってほしいものです。