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【過去】『共喰い』(田中 慎弥)

 2012年発行。


 ナニガシ賞をとったから読むとか観るとゆーのはどーもアレなのであるが、たまには芥川賞受賞作でも読んでおかねばと思いたち、いつもの飲み屋でイッキに読む。時間にして二時間半、飲み屋大迷惑って感じであるが、もはやすでにここはわしゃの図書館になりつつあるので嫌な顔はしない。いや、させない(笑)


 芥川賞てなんかこーゆー要素がないとダメなんかな?


みたいなある意味ベタな公約数があるように思えてならない。


性描写(なんかコレ絶対あるよーな・笑)とか血とか生理描写とか、うなぎやら蝸牛やらぬめぬめした小動物を使う、トカ、ちょっと気のふれた女性トカ出てくるとか、なんかそんな感じ(イメージです)。


愛と殺意は隣同士とか、天才と狂人は紙一重とかバカとハサミは使いよう(これは違うか?)トカいうけれど文学と官能小説も近いとこにあるのだろーかいね?(あくまでイメージです)


それでもやはりうまいなぁと思うとこが多々あり、人がやってからどーのこーの言うのは簡単だけどなかなか最初に自分からこの台詞は書けんぞ、という箇所が複数ある。


「産んじょったらあの男の子どもになっちょるところいね。その前に引っ掻き出したけぇうちの子どもになったそよ。あんたの時にね、うち一人の子じゃ思うて産んではみたけどいね、悔しゅうてどうもないけど、やっぱり二人の間の子じゃったわ」


 これは主人公の母親が二人目を身ごもった時のことを語る台詞だが、とても“肉”のある台詞だな、と印象に残ってしまった。



 さらには翌日朝起きてからやっぱり引っ張られるのね。アレはこうか? いやコレはそういうことなのか? みたいな。


 いい気持ち、悪い気持ち、どちらであってもこんな風に翌日まで引っ張られる作品は映画でも何にせよ良作だとわしゃの中ではある。


 両親の夜の営みを目撃してしまった時の子供のような、誰もが原体験をきな臭く思い出すようなものがそこにあったりもする。


 この小説のように極端でないにしろ父のようになりたくないと無意識に感じる時期は必ずあり、けれどそんな風にメタモルフォーゼしてゆくのを見つめ思い悩む自我も人間特有のものであることは否めない。



もっとも大きいのは読者に対してコビを売ってない。全くといっていいほど。



わしゃは物語であればファンタジーでもミステリーでもドロドロでも大好きなのだが、偏る傾向がある人なら「これはちょっと……」って避けたってそれはそれで良いと思うし。



アタマの中では今村昌平先生の映画を想像してしまいましたね。



父と息子に重心を置いてるし、なにより作者が男であるゆえ、女性よりは男性には少し感じるものがあるのではないか、とわしゃはみている。

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