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君を守れる兄貴になるから  作者: 下木ハク
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10年の成果

季節は夏。

セミの声が響く森の中を、一体の獣が走っていた。

巨大な牙、そしてどんな物でも蹴散らしてしまう馬鹿力。

その体躯は大人の男ほどもある。

皮膚は硬い剛毛と乾いた泥で強固な鎧と化しており、並大抵の攻撃など弾き返すだろう。


その獣は腹が減っていた。

無論、餓死寸前というわけではない。

縄張り争いなど負けたことのない獣は、食べ物に困ったことなどなかった。

今はただ腹が減っているだけ。

その気になればそこらの獣など簡単に蹴散らして食べ物を奪うことなど造作もない。

問題はその食べ物を持っている他の獣がいないことだ。


しばらく走り続けると、拓けた場所に出た。

なんだここは?

こんな場所が自然にできるのか。

そう思った獣は、その場所に芋のような植物が群生していることに気がついた。

なんという量だ。ここなら食べ物に困ることなどない。

ここを自分の縄張りにしよう。

そう考えたが、近くに他の獣の気配がするのを感じとった。

まずはそいつの排除が先だ。


まずは匂いの出所を探した。

獣の鼻は優れており、地中にある食べ物でも探し当ててしまう。

風上に居たということもあり、その鼻は目的のものをすぐに見つけた。


人間の男だ。


頭には麦わら帽子をかぶり、黒い布で顔の左側を隠している。

手には軍手をはめ、大柄な身体のせいでしわの無くなってしまったシャツを着ていた。

男は手に鍬を持ち、畑を耕している。

こちらに気付く様子もない。


この場所は自分のものだ。

畑を作ったのは男なのだから自分のものではないのだが、獣には関係がない。

自分は強い。強い者は好きなように生きることができるのだ。


獣は大地を思い切り踏みしめ、男に突進する。

さすがにこの音に気がついたのか、男の目が獣を捉えた。

だが、もう遅い。

この速さの突進をかわすことなど不可能だ。

このまま牙を突き立てて殺す。

巨大な牙が男に触れた、その瞬間。


「…ふぅん゛ん゛ん゛!!!」


男の手が素早く動き、獣の牙を掴んだ。

土煙をあげ、後退しながらも巨体を止める。


「…うぉらぁ゛ぁ゛あ゛!!!」


牙を掴んだまま、獣を持ち上げた。

そしてそのままぐるぐると振り回し、畑を台無しにする。

勢いがつくと、なんと獣の巨体を真上に投げた。


…獣は何が起こったのか分かっていなかった。

こんなことはあり得ない。

自分の重さはかなりあるのだ。この重さこそが強さだったのに。

自然落下しながら混乱し続ける。


獣が宙を舞っている間、男は手放してしまった鍬を拾う。

そして獣が落ちてくる瞬間。


「はぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛っ!!!」


鍬で掬い上げるようにして獣の頭を打ち付けた。

鍬が獣の頭蓋骨を砕き、中身が飛び散る。

耐えきれなかった鍬の柄も砕け散る。

勝敗は決した。


鍬を犠牲にしながらも勝利した男は、柄だけになってしまった長年の相棒を持ち、言った。


「今夜は猪鍋だな!」




畑を耕していたらいきなり猪に襲われた。

しかもくそでかいサイズ、ここ十年で一番大きいんじゃないか?

なかなか食い堪えがありそうだが…血抜きが大変そうだ。


僕は大猪の後ろ足を掴んだ。

そのままハンマー投げのように回転させ、血抜きをする。

近くにこれを吊るせるような木もないのでこうするしかない。

大猪から出た大量の血がドバーっと畑を紅に染めあげた。

…美味しくいただく為に少し畑には犠牲になってもらおう。


こんな無茶苦茶なことをできるのはこの肉体のお陰だ。

森の中の夫婦に拾われた僕は妹を守る為に力と知恵を欲した。

ドワーフの大男とハーフエルフの女。

二人は命の恩人であり、僕達二人の親代わりでもある。

男…今の父さんには強靭な肉体を作るためのトレーニングと身体の使い方を学んだ。…まぁ、仕事の関係で勝手についただけだが。

お陰で大柄な身体と、鋼のような筋肉を手に入れることができた。


女…今の母さんには魔法を教えてもらおうとしたが、あいにく僕には魔法の適正が無いそうだ。妹のヒトミのほうは適正があったらしく、凄まじい勢いで魔法の腕を上げているらしい。

正直、ヒトミが羨ましいと思ってしまった。

しかし、無いものは無いのだ。

母さんは仕事上薬を扱っていた。

薬の中には回復魔法の代わりになるものがある。

代わりに薬について教わった。

と言っても今は簡単なものしか作れないのだが。


さて、あらかた抜けただろう。肉が痛む前に帰るとするか。

僕は血が抜けて少し軽くなった大猪を担ぎ上げた。

…そんなに重くはないが、持ち辛い。

今日は芋を収穫する予定ではなかったから、荷車は持ってきていない。

うーん、どうにかして運ばなければ。

色々試した結果、下に潜り込み背負うことにした。

これが一番運びやすい。気分は大猪である。


帰路につき、ほどほどに整備された道をしばらく歩いていると、人影が見えた。

数は2。二人共若い女の子だ。

服装はこの近くにある学校の制服で、白と青が混ざった爽やかな色をしている。

夏服だから半袖である。

…学校というのもいいものだな。


僕は拾われてからすぐ、仕事をするようになった。

だから学校には行ったことがない。

ヒトミは魔法の適正があったので、僕が二人に頼み込んで学校に行かせてもらった。

幼いうちに親に捨てられ、話相手が僕しかいない状況が長く続いたのだ。

他の人ともコミュニケーションをとらせなければ、うまく生きていくことができない。

学校はヒトミの人見知りを治す絶好の場だった。

初めは物凄く抵抗したのだが、今は友達もできたらしく普通に行けるようになった。

良いことである。


そこで僕は気がついた。

一人は知らない。だが、もう一人には見覚えがある。

背中まで伸ばした、少し青みがかった艶のある綺麗な黒髪。

そして小さな背丈。

間違いない、僕の妹のヒトミだ。

こんなところで会うとは奇遇だな!

仕事終わりに会うなんてことは滅多にない。僕は少しテンションが上がった。

会って話でもしながら帰りたいところだが、ヒトミ達とはかなり距離がある。

このままの歩きの速さだと合流する前に家に着いてしまうだろう。

となれば、答えは一つ。


僕は大猪を担ぎ直し、姿勢を低くする。

そして土煙を上げ一直線に走りだした。

この筋肉で肥大した身体は重く、走りでは小回りが効かない。

しかし、曲がらないのならば凄まじい速度を出せるのだ。

この速さならすぐに追い付けるだろう。

猪突猛進というやつだな!


ヒトミ達と距離を積める。



「それで兄さんがね…」


「ねぇ…何か聞こえない?」


「…何の音ですかね?」



するとさすがに音で気がついたのか、二人共足を止め振り返った。


「「……っ!??」」


僕を見た二人は顔を青くして互いを見合わす。

そして、無言で風を纏い全力疾走しはじめた。

…何もそんな顔して逃げなくてもいいじゃないか。

それもお友達まで…。

お兄ちゃんは少し悲しくなったぞ。


最近、妹が反抗期らしい。

ついこの間までは僕のことをお兄ちゃんお兄ちゃんと呼びながらくっついてきていたのに。

今ではもう一緒に寝ることも無くなってしまった。

甘えるのが恥ずかしくなってきたのか?

そのうち、一緒に洗濯しないで!とか言い出しそうだ。

完全に兄離れする前に一緒に遊んでおかなくては。


「…ひぃ…ひぃっ!何、あのアンデッドみたいな猪!!」

「わかっ…分かりませんっ!とにかく今は逃げましょう!!」


二人はそこそこ速い走りを見せてくれたが、体力が少ないのかすぐにバテてしまっている。

風の魔法で速度を上げたとしても、体力が続かなければ意味がない。

みるみるうちに二人の背中が近づいてきた。

これならすぐに追い付くな。


「ママごめんなさいもう勝手におやつ盗みません!!」

「夜中にいたずらしてすいませんでしたお兄ちゃんごめんなさい!!」


やっと二人に追い付いた。

大猪を担ぎながらだとやはり速度が出ないな。まだ鍛え方が足りないようだ。

片手で大猪を支えながらヒトミに手を伸ばす。

そして、ヒトミの肩を掴んだ。

ヒッと息の飲む声が聞こえた、次の瞬間。


「いやぁぁあっ!!助けて!お兄ちゃぁぁぁ!!!」


なぜか半狂乱になり、僕を呼びながら崩れ落ちた。

そのまま丸くなりながら地面を滑っていく。


…いや、目の前にいるだろ。

そんなことを思い、口を開こうとすると。


「痛ってぇ!」


突然、ヒトミの友達が氷の塊を飛ばして攻撃してきた。


「ヒトミちゃんから離れて!!」


泣きそうな顔をした友達が、走るのをやめてこちらに攻撃を続ける。

ヒトミを必死で守ろうとする気迫が感じられるが、なぜヒトミの兄である僕から守ろうとしているのか?

これが分からない。


担いだ猪で防ぎながら考えを巡らす。


何かヒトミに酷いことをしてしまったのか?

知らないうちに傷つけてしまっていたのだろうか?

そんな事はしてないと思っていたのだが…。


とにかく今は攻撃をやめさせなくては。

話はそれからだ。


しかしどうすればいい?

このまま大猪をどけて土下座するか?


そんなことをすれば放たれた氷が容赦なく僕の体に当たるだろう。

流血沙汰だ。

なんとか攻撃を防ぐには…これしかない。


体の全ての筋肉を隆起させる。

こうすることで防御力を上げ、そして…。



「お゛ぉ゛ぉ゛!!!」


「「ひぃっ!?」」



地面を蹴り大猪の影から飛び出す。

そして空中にいる間に土下座の姿勢を完成させる。

そして…。



「すいませんでしたぁぁあ!!!」



高速で地面を滑りながら謝罪の言葉を言い放った。


これなら攻撃を避けつつ、敵意がないことを伝えることができる。

原因が分からないときはとりあえず謝っておくのだ。


土下座の姿勢でヒトミの目の前で止まった。


ヒトミは目の前に来た僕を見て目を見開き。



「…お兄ちゃん?」



呆然とした様子で呟いた。


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