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君を守れる兄貴になるから  作者: 下木ハク
4/5

見つけた居場所

目の前でドワーフの男とハーフエルフの女が言い争っている。

いや、女のほうが一方的に責め立てていた。

…なんだこの状況は?


ヒトミは二人の大声に怯え小さく縮こまって震えている。

そんな妹を抱きしめながら、僕は今の状況について考えていた。


女に責められている男を見ていると、この男は他のドワーフと違い、自分より弱い者に暴力をふるわないように見えた。

女と男では、見るからに男のほうが強そうである。

女の身長は僕より頭一つ二つ大きなくらいだ。

対する男は、おそらく身長2mほどだろう。

凄まじい体格差だ。

それなのに男は女を力でねじ伏せない。

なぜだ?


…まさか女のほうが強いというのか?

あり得ない、見た目的に。

しかしこの状況。それ以外に説明できないだろう。


いや、そもそも全てのドワーフが暴力的だとは限らない。

僕は今までのことからドワーフは全て暴力的だと思い込んでいた。

考えを改めてみる。

この男は本当に僕達に善意で飯を持ってきてくれたのか?

…もし、そうだったとしたら。


僕は男のほうに目を向けた。

涙目で女に怒鳴られている。なんだかすごく情けない。

改めて見てみると、そんなに悪い人物には見えない。

もし、本当にそうだったら。


「…あのっ」


僕は勇気を出して二人に声をかけた。

すると、女のほうが僕達の近くへ勢いよく駆けてきた。


「ごめんなさい、まさかあの人がこんなことする人だなんて思わなくて…」


女の後ろで、大柄な男の肩が小さく震えていた。

違う、その男はただ僕達に飯を持ってきてくれただけで危害は加えていない。


「いえ、あの、その人はただ…」


僕は男が鍋を持ってきてからの事を説明した。




「あら、そういう事だったの…」


僕達はまた椅子に座り直して話をしていた。

男は目を閉じて腕組みをしている。

この人には悪いことをしてしまったかもしれない。


「早とちりしてしまったのね…ごめんなさい、あなた」


「…誤解が解けたようでなによりだ」


男は目を開けず、そう返した。

まだ目が赤いのだろう。


「…でも、なんでそんな事…」


それは今までのことがあったからだ。

まず、それを説明しなければならない。


「…僕達は親がいません。二人でここから遠くの街のスラムで生活していました」


それから様々な事を話した。

残飯などを漁って生活していたこと。ドワーフに殺されそうになったこと。そのドワーフを殺したこと。

孤児院を頼ろうとしたけど話を聞いてもらえなかったこと。

話している間、二人とも無言だった。


話し終わる頃にはもう、テーブルの上のシチューは冷めきってしまっていた。

男は何も言わず席を立つ。

そして鍋を持って奥へ消えて行った。


「…ですから、妹を引き取って貰える家を探していたんです」


最後にこう締めくくる。

僕の目的はただそれだけ。

それさえ達成できればもうどうなってもいい。


「……」


話を聞いた女は無言のままだ。

俯いたまま微動だにしない。

しばらくその居心地の悪い状態が続く。


「……」


僕はどうすればいいのかわからなくなり、手持ちぶさたな手を妹の頭へ持っていく。

ヒトミはされるがままに撫でられていた。

いつの間にか妹の頭を撫でるのが癖になっていたようだ。

しないと落ち着かない。


ぐすっ、と鼻を啜る音が聞こえた。


「…こんな小さいうちから酷い目にあって…」


女のほうを見ると肩が震えている。

泣いているのか?

女は顔を上げ、潤んだ目で僕達を見て言った。


「…いいわ。うちにいらっしゃい!」


震えた声で言い放つ。


「あなた達二人は今日から私達の子供よ!家族よ!!」


…えっ?

家族?ということは…。


「…妹を、引き取って貰えるんですか…?」


「ええっ!ええっ!そうよっ!」


女は椅子から勢いよく立ち上がり、僕達を両手で抱きしめてきた。


「今まで辛かった分だけ幸せにしてみせるわ!」


女は力強く、そして優しく抱きしめてくる。

…暖かい。

今まで、僕達を抱きしめてくれた人がいただろうか。

こんなことは初めてで困惑してしまう。


そんなとき、男がまた大鍋を抱えて持ってきた。


「…まず、飯を食え。…そんな痩せて、ろくなもん食えてないんだろう?」


テーブルにまた大鍋が置かれる。

シチューから湯気が立ち上った。

どうやらシチューを温めなおしていたようだ。


「…冷めないうちに食え」


そう言いつつ、少し深い皿にシチューをよそい僕達の前に置いた。

僕達二人は目の前に置かれたシチューに釘付けになった。

大きなじゃがいもに玉ねぎ、にんじんときのこ。

そして極めつけは大きなウインナーと厚く切られたベーコンだ。

口の中によだれが溜まる。

この世界でこんな料理食べたことない。なんて贅沢なベーコンの切り方なんだ!

今すぐにでも食べたい。…食べたい、が。


これだけは確認しておかなくてはならない。


「…あの、僕達、お金は持ってないんです」


そう、僕達はお金を持っていない。返せる物が無いのだ。

何か対価が必要だろう。


「む」


男が唸る。

ただで妹を引き取ってもらう訳にはいかない。勿論、ご飯の分も。

僕の身体を切り売りしてもらう予定だったが、今すぐにはできない。

この二人にヒトミを騙してもらう必要がある。

お前の兄は別の所に引き取られた、と。

いや、後払いというのも手か。


「あ、後でその代わりになる…」


「いいのよそんな事!!」


僕の声を遮るように女が言った。


「あなた達はもううちの子なの!お金なんていらないから、遠慮ぜずに食べていいのよ!」


「…そうだ。…そろそろ本当に冷めてしまうから早く食え」


二人が言った。

…本当に、良い人達の所にたどり着けて良かった。

しかし、後でちゃんとお金の代わりは用意しよう。

この人達にとっても、子供一人育てるというのは大変だろうから。

とりあえず今はお言葉に甘えていただこう。


「…ありがとうございます。いただきます」


「い、いただきます」


ヒトミも僕に習って挨拶をする。

そして木でできたスプーンを使い、シチューを口に運んだ。

瞬間。

弱った身体にシチューの暖かさが染み込んだ。

…美味しい。


「「…美味しい」」


二人揃って美味しい、美味しいと言いながらシチューを貪る。

気がついたらいつの間にか涙が出ていた。鼻水も止まらない。

今まで溜め込んでいたものが溢れ出すようだった。

シチューの皿に涙が落ちるが、それを気にする余裕もなかった。


「…そう。おかわりもいいわよ?」


そんな僕達を見て、女は涙目で微笑みながらシチューをよそってくれた。

男は腕組みをしながら声を出さず泣いている。


僕とヒトミ、そしてなぜか男も一緒になって泣き続けていた。




シチューを食べ終わり、僕達は寝室に案内された。

柔らかく、弾力のある清潔なベッド。

本当に僕達が使っていいのだろうか?

身体も汚れているというのに。


「いいのよ、どうせ明日には引っ越しちゃうんだから!」


女はそう言ってくれた。

このベッドを使うのもこれで最後というわけだ。

なら、お言葉に甘えさせてもらおう。

しかし、僕達は本当に運が良い。

もう一日遅かったら、あの二人はこの家には居なかったのだ。

神様など信じていなかったが、思わず神に感謝してしまう。


「…すぅ…すぅ」


そんな僕は今、久々の満腹と今までの疲労で寝てしまった妹の頭を撫でていた。

…本当にいい人達だったと思った。あの人達になら妹を任せられる。

この寝顔を見るのもこれで最後だ、しっかりと目に焼き付けておこう。

…僕はもう長くない。

長い間の栄養失調と不清潔な環境で、この顔の傷はもう身体の深くまで蝕んでしまっている。

いずれ無くなってしまうこの命を妹の為に使おう。


しばらく撫でてから、僕はヒトミを起こさないように寝室を出た。




「…むっ。どうした?」


「あらあら、眠れなかったのかしら?」


シチューを食べた部屋に二人はいた。

もう外は暗くなっているというのに、この部屋は明るい。

天井にある照明のおかげだ。

おそらくあれは魔道具というやつだろう。

この近くに電柱のようなものはなかったはずだからな。


「すいません。実はお二人にお願いしたいことがあってきました」


二人は顔を見合わせる。

そして、女は微笑みながら話の続きを促した。

男は頷いている。

ひとまず聞いてもらえるようだ。

僕は自分の提案を言った。


「僕達は返せるものがありません。なので、僕の身体を解体して売ってください」


女の微笑みが凍った。

男は目を剥いてこちらを見る。

そして、男は困惑したように言った。


「…さっき言ったと思うが、お前達はもううちの子供だと…」


「僕はもう長くありません」


男の声を遮るように言う。

そして、僕は顔の左側を隠していたボロ布を取り払った。

床に膿が落ちる音が響く。

最近は自分の顔を見ていないが、どんなことになっているのだろう。

男は僕の顔をしばらく呆けたように眺めていると、急に顔を青くし、口を押さえた。


「おえっ!」


えずき出した男の前に、女はシチューを入れていた空の鍋をドンと置いた。

そのまま男は鍋に吐いた。


「…おぅぇ゛ぇ゛え゛!!」


…そんなに酷いことになっているのか、僕の顔は…。

僕は急いでボロ布を顔に巻き直した。


「…それは、どうしたの?」


女のほうは意外と冷静だった。

なかなか肝が座っているな、この人。

そういえば、このことは話していなかったな。


「…さっき話した孤児院でつけられたものです。いきなりだったので、避けられなくて…」


「…そのまま、放置していたの?」


「…お金が、なかったので…」


しばらく、男のえずく音が続く。

やがて静かに女は言った。


「…そんなに悲観的にならなくていいわ」


…どういうことだろう?

女は続けて言う。


「それくらいだったら死ぬことはないでしょう。…でも、その目と火傷の後は治せないわね…」


「…えっと?」


「ん?…あぁ。…私はね、先生なの。学校と診療所の両方の」


なんか凄い事言ってるなこの人。

しかしなるほど、だからこういうのを見慣れている訳か。

…まだ僕は生きられる。ヒトミの側にいられる。

だが、そのためには…


「…いくら位、かかりますか?」


お金が必要だ。

女は少し考えた後、頬をかきながら言う。


「…えっと、ウン十万くらいかしら…」


この世界の通貨の価値は分からないが、様子を見るにかなりかかるらしい。

僕は息を吐いた。

やはり、僕の身体を売るしかない。

いやらしい意味ではなくだ。

そう考えたとき。


「…金の事は心配しなくていい」


復活した男が青ざめた顔で言った。

鍋から顔を出し、こちらを見つめる。

髭に吐瀉物が付いて凄まじいことになっていた。

男の言っていることはありがたい。だが、それでは…。

…苦しい生活になるだろうことは想像に難くない。

この二人に迷惑をかけてしまうだろう。…もちろん、妹にも。

だからこうするしかないのだ。


「…いえ。これ以上迷惑をかける訳にはいきませんから」


僕が差し出せるものはこの身体一つだけだ。


「顔以外はまだ大丈夫なはずです。身体のほうを売ってください」


話は終わった。と、寝室に戻ろうとしたとき。


「お前が居なくなったら、あの子はどうなる?」


男が僕の背中に声をかけた。

どうなる、だって?


「お前はあの子の兄貴だろう?兄貴は妹を守るものだ」


確かにその通りだ。

現に今まで必死になって守り続けていたのだ。

だが、もうその必要はない。

僕の力ではヒトミを守りきれない。もしあのままだったら二人共死んでいただろう。

この人達に任せればヒトミは僕といるより幸せになれると思う。

それに僕はヒトミの側にいる資格はない。一度見捨てようとした糞野郎なのだ。


「血は繋がってないです。…それに僕はヒトミの側にいる資格はないので…」


「…どういうことだ?」


この話をしたらこの人達は僕のことをどんな目で見るのだろう?


「ドワーフに襲われた時、僕は妹を囮にして逃げようとしたんです」


「……」


やはり、そうだよな。

普通はそういう反応をする。

これでわかっただろう、僕がどんな奴か。


「…それが理由か」


男は静かに呟いた。

そうだ、これこそ僕がヒトミの側にいてはいけない理由。

兄貴にふさわしくない理由だ。

そのことだろう。


「いや、お前がどうしてそんなに自分を犠牲にしたがるのか、と思ってな」


……僕が自分を犠牲にしたがっている?

どういうことだ?


「…正直、お前の言動は少しおかしい。まるで自分を物のように扱っているようだ」


そうなのだろうか?自覚はないのだが。

確かに僕はヒトミの為だったら自分を犠牲にするだろう。

しかし、物のようにとまでは…。


僕が黙り込んでいると、男は言った。


「おそらく、お前はあの子に罪滅ぼしがしたいと思っているのだろう。…お前は自分が死ぬことで罪滅ぼしができると思っているのか?」


「お前は生きてあの子を守れ。最後まで守り続けるんだ」


男はそう言うと、ゲロの入った大鍋を持って立ち上がる。

それを見た女はさりげなく距離をとっていた。

男が奥に行く途中、振り返って言った。


「金については…そうだな。…俺の仕事の手伝いをしてもらおう」


そう言って男の姿は消えた。

しばらく僕は呆然としていた。

そんな僕を見て、女は少し笑いながら言う。


「ふふっ、あの人があんなに喋ることってなかなかないのよ?」


確かに、あの男は口数が少なそうだと思った。

金については仕事の手伝いをする…だったか。それなら僕の治療費と生活費の足しになるかもしれない。

身体を売る必要もない、ヒトミの側にいられる。

僕が黙って考え込んでいると女がいつの間にか隣にいた。そのまま頭を撫でてくる。

…そういえば頭を撫でてもらうというのも初めてだ。いつもヒトミにはしているのだが。


「…あなた達は私達が責任を持って育てるわ…。もう大丈夫よ…」


しばらく撫でたあと、女は寝室のドアを開いた。


「さあ、今日はもう遅いから寝なさい?」


そう言われ、僕は寝室に戻った。




部屋のベッドではヒトミがすぅすぅと寝息をたてている。

僕はベッドに座り、ヒトミの頭を撫でた。

…まだ生きていられる。まだ側にいられる。

この子が大人になるまで僕は側にいるつもりだった。

その為にも、男が言っていた仕事を頑張らなくては。

いや、それだけでは駄目だ、身体も鍛えよう。

それに頭も良くないと。

この先何があるか分からないからな。


「…何があっても、僕が守ってやる」


そう言葉に出し、妹の側で眠った。

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