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君を守れる兄貴になるから  作者: 下木ハク
3/5

続く悪夢

ドワーフの手からヒトミがはなれ床に落ちる。

僕はそれを支えることができなかった。

手が震え、足もがくがく。身体が悲鳴をあげているようだ。

だが、僕が動けなかったのはそれが理由じゃない。


僕はヒトミを見捨てて逃げようとしたんだ。


最低で最悪な行いだ。

もう、ヒトミの兄貴として失格だ。

どれだけ償えばいいのだろう?どうすれば許してもらえるのだろう?


「あっ…あぁっ」


僕は膝から崩れ落ちた。


「ごめんっ…ごべんなぁっ…ヒトミぃ」


地面に頭を擦りつけ、ヒトミに謝り続けた。

床に涙と鼻水と、いまだに止まらない血が小さな水溜まりを作る。


「うっ…うっ…にぃ」


うずくまる僕の背中に暖かいものが覆い被さる。

ヒトミが僕の元まで歩いてきたのだ。

そのまま僕にすがりついて泣きはじめる。


僕ら二人は泣き続けた。




ヒトミは泣き疲れたのか、僕に抱きついたまま眠ってしまった。

自分を見捨てて逃げようとした兄貴に、なんでこんなに甘えてくれるのだろう。

もしかしたら僕が自分を見捨てて逃げるなんて思っていなかった?

僕が助けてくれると信じてくれていたのかもしれない。

実際は逃げようとした糞野郎だ。

ヒトミの側にいる資格もない。


もう、ここでの生活は危険だ。

今回のような事がまたあるかもしれない。

ヒトミだけでもどうにか安全な場所で暮らさせてあげたいが、そんなあてもない。


そういえば、街の様子を調べているときに孤児院というものがあると聞いたことがある。

そこに頼めないだろうか?

とにかく行ってみる価値はあると思う。

孤児院へ向かうルートを考えていると、ヒトミがもぞもぞと動いた。


「ん…にぃ?」


丁度いいタイミングで起きてくれた。

今のうちに孤児院について話しておこう。


「おはよう、ヒトミ」


「おはよう、にぃ」


赤い目を擦りながら挨拶を返す。

そしてまた僕に抱きついてきた。


「なぁヒトミ、孤児院って知ってるか?」


ヒトミの頭を撫でながら、僕は孤児院について話した。

親を亡くした幼い子供達を世話してくれる場所。

でもなぜかスラムの子供達は助けてくれない。

もしかしたら、自分達から助けを求めないといけないのかもしれない事を話す。


「だから、これから助けてもらえるよう孤児院に行こうと思うんだ」


その話を聞いたヒトミは


「そこでなら、二人一緒で暮らせるの?」


そう、聞いてきた。

…正直、僕はもう育ちすぎて入れないんじゃないかと思っている。

孤児院だってそんなに余裕があるわけではないだろう。

働ける年齢になったら追い出される。

僕はもうギリギリの年だろう。


「…あぁ、そうだ」


だが、そんなことは言えない。

言ってしまったらヒトミはおそらく僕と一緒にいると言うだろう。

だが、それではヒトミが幸せになれない。

それに僕はヒトミの側にいる資格もない。

これが一番幸せになれるはずだ。


「やったぁ。じゃあ、行こう?」


「そうだな、早めに行くか」


ここもいつ危険が迫ってくるか分からない。

僕達は朝早くから出発した。




朝早くということもあってか、街の住人には会わない。

なので予定よりも早く孤児院に着いた。

孤児院のドアを叩く。

しばらくすると、修道服を着たつり目がちのおばさんが出てきた。

その人は僕達の姿を品定めするかのように見てから口を開く。


「で?こんな朝早くから何のご用でしょうか?」


「実は僕達、親を亡くしてしまって…ここではそういう子供達を助けてくれると聞いたのですが」


事情を説明しようとした、その時。


「あぁ、その前に」


おばさんが話を遮った。


「あなた達は魔法を使えるのかしら?」


そう、言った。

魔法?この世界には魔法というものがあるのか。

今まで生きてきて知らなかった。

正直に言おう。


「いえ、僕達はその、魔法というものは」


「そうですか、分かりました」


おばさんは納得した様子でまた話を遮った。


「では、あなた達には用はありません。早くどこかへ行ってください」


え?いや、待って欲しい。

それはあんまりじゃないだろうか。


「ま、待ってください!せめてこいつだけでも」


そのとき、なにが起こったのか分からなかった。

おばさんの手から炎でできた蛇のようなものが放たれた。

それが直撃したのは、僕の顔の左半分。

遅れて皮膚を焦がす熱と痛みが体を駆け抜けた。


「…あ?…っ…ぁ゛ぁ゛あ゛!!!」


「へ?にぃ!?」


いきなり何を!?

攻撃してきた?なぜ!?

熱と痛みで頭が混乱する。


「私たちはあなた達の用な才能のない子供は保護しないのです。早く立ち去らねば、もっと酷い目にあいますよ?」


なんだそれは。

くそっ、もっと情報を集めておけばよかった!


「やめて!もうにぃを虐めないでぇっ!」


「ぐっうぅ…い、行くぞヒトミっ…」


「にぃ…ひっぐ…」


泣くヒトミの手を掴んでよろけながら走る。

僕達はそのまま逃げるようにこの街から出た。




あの孤児院のおばさんから受けた傷は思いの外深かった。

まず、顔の左半分が焼け爛れた。治療する金もない。

放っておくと徐々に腐っていくだろう。そうすると命に関わってくる。

さらに左目がまったく見えなくなってしまった。

完全に焼けてしまったのか。

こんな姿をヒトミに見せたくない僕は、そこらで見つけたボロ布を頭に巻き付けて傷を隠していた。


「…にぃ…」


そんな僕の様子を、ヒトミはいつもつらそうな顔で見つめてくる。

大丈夫だ、お前を幸せにしてくれる人を絶対に見つけてやるから。


僕が力尽きる前に。




街を出てから三日が過ぎた。

街の外はほぼ森だ。

たまに山小屋のような家を見つけることがあったが、人は住んでいない。

なので、失礼してそこで夜を過ごすことが多かった。

食べ物はヒトミが寝ている時に森の中で集める。

ヒトミの体力を温存させなくてはならないからな。

主な食事内容は木の実と知っている薬草。

それだけだ。

こんなことになるなら集めた缶詰めを持ってくれば良かったと後悔している。

しかし、戻っている時間はない。

僕の体がいつまで持つのか分からない以上、時間を無駄にできないのだ。




街を出てから五日。

ついに傷が化膿しはじめる。

それに熱まで出始めた。

食べ物を集めるのか難しくなってきたので食べる量を減らす事にする。

僕の分だけ。




…街を出てから…一週間くらいか?

よく分からない。


「にぃから離れて!」


そんな声で目を覚ます。

見るとヒトミが僕にたかろうとするハエを追い払おうとしていた。

そんな優しい妹の頭に手を乗せる。


「…にぃ?」


「…あぁ。…ありがとう、ヒトミ」


僕の具合が悪化して、ヒトミにも食べ物集めを手伝ってもらうようになってしまった。

なんて情けないんだろう、僕は。


「にぃ、大丈夫だよね?ずっと一緒にいるよね?」


「…あぁ。…当たり前だろ?」


早く見つけなくては。もう、時間がない。




街を出たのが遠い昔に感じるようになってきた頃。

ついに人が住んでいると思われる家を見つけた。

…やっと。やっとだ。

これでヒトミが救われる。


僕はふらつく足を必死に動かし、その扉にすがりついた。

そして、力の入らない手に活を入れ、住人に聞こえるようノックした。


ありがとう神様。最後に幸運を与えてくれて。

そう思いながら扉を開いた人物に目を向ける。


凄まじい筋肉だった。

シャツを押し上げる筋肉ははち切れんばかり。

おそらくかなりの強者だろう。

この人なら妹を守ってくれる。そう思いたかった。

しかし、それは叶わない。

なぜならその人物の種族は…。


「…ド…ワーフ?」


「ひっ」


間違えるはずがない。

体格が違えど、肌の色、毛の量。

その特徴は紛れもないドワーフだった。


このとき僕は神を恨んだ。

なんて意地悪をするんだと。

ヒトミが僕にすがりついてガタガタ震え出す。

もう、おしまいだ。

僕は妹を。ヒトミを守れないまま死ぬ。

でも、せめて。


せめて楽に死なせてあげてください。


そう懇願しようと、地面に頭を擦りつける。

情けなくて、妹に申し訳なくて。

もう右しかない目から涙が溢れた。


「む?」


ドワーフの男から困惑したような声が聞こえた。

だが、構わず僕は最後の力を振り絞って叫んだ。


「どっどうかっ…どうかお願いしますっ!」


「僕のことはどうとでもっ…してっ…くださいっ!」


「どんなことでもっ…してみせますっ…からっ!」


「生きたまま鍋に放り込んでくれてもかまいません!」


「楽しませてみせます!…げほっ!」


「だがらっ…だがら妹だげはっ…妹だげは…はぁっ…」


そんな僕を見ていたドワーフは扉を開けたままいつの間にか奥へ引っ込んでいた。


…これが最後かもしれない。


僕はしがみついているヒトミに向かって言った。


「今までありがとうな…お前がいたがら…僕は今まで楽しがった

。……僕が囮になるから…そのうちに逃げるんだ」


これが最後にしてあげられる事だ。

だがヒトミは僕の体から離れない。


「ずっと一緒にいるって…言ったのに」


ヒトミは弱々しい声で言った。

ごめん、約束守れなくて。

僕は力の入らない手でヒトミを引き剥がそうとした。


「お願いだヒトミ…。僕の最後のお願いだ」


「やだっ!やだやだやだっ!!」


凄い力でしがみついている。

こんなに力があったのか。

…いや、僕の力が弱くなっただけだろう。

こんな僕じゃ守れない。あのドワーフに勝てない、逃げ切れない。

今できるのはこれしかない。


「ヒトミっ!」


「いやだっ!にぃと離れるなんていやだっ!!ずっと一緒にいる!!!」


その時、家の奥からドタドタと慌ただしい足音がした。

さっきの男が戻って来たのだろうか。

子供をいたぶれるのが余りにも嬉しくて、こんな足音をさせているのだろう。


結局、ヒトミを逃がすことはできなかった。

あとはむごたらしい死を待つのみだ。

どんなことをされるのだろう。

僕にはどんな酷いことをしてくれてもいい。

けれど妹だけは…。

僕はヒトミの体を抱き寄せて目を閉じた。


「ヒトミ…愛してる」


「にぃ…」


ヒトミも力強く僕に抱きついてきた。


「あら?」


その時だ。

さっき男の声とは違う、若い女の声が聞こえた。

勢いよく顔を上げ声の主を見た。


「あらあら、かわいらしい!どなたかしら?」


その女は美しく顔をしていた。

白い髪。

白い肌。

そして、何より目立つのがその特徴的な耳。


「…エルフ?」


そう、エルフだ。

しかしどこか他のエルフと違う。

まず、エルフというのは金色の髪をしている。白ではないはずだ。

それに、耳だってこんなに短くはない。もっと長かった。

僕の言葉を聞いた女は困ったように笑った。


「あはは…。ごめんね?私はね、ハーフエルフ。だからこんな見た目なの」


ハーフエルフ。

人間とエルフの間に生まれる種族だ。

前世でそういうのを聞いた記憶がある。

エルフ比べて短命だったはずだ。

知識としてはそれくらいしかない。


しかしなぜ、ハーフエルフがドワーフの家から?

そんな僕の困惑など気にもせず、女は嬉しそうに話し出す。


「そんな事より!お客さんなんていつぶりかしら!ほらほらどうぞ上がって上がって!」


「いえ、あの」


女は問答無用で僕達を家の中に入れた。




僕達は今、椅子に座らされていた。

正直、混乱している。

あの大柄なドワーフを前に死を覚悟したのに、そのあとすぐ大事な客人のようにもてなされている。

まったく意味が分からない。

そもそもあの女とさっきのドワーフとの関係は何だ?

女もそういう趣味を持っていて、ドワーフと二人で僕達をいたぶるつもりなのか?

分からない。

あいつらは僕達をどうしたいのだろう?


隣に座っているヒトミの手を強く握りながら考えていると、奥のほうからさっきの大柄なドワーフが大鍋を抱えて持ってきていた。

ヒトミがその存在に気がつき、体をびくりと震わせる。

あの鍋には何が入っているのだろう。

熱湯か、それとも煮えた油か。


男がテーブルの上に大鍋を置く。

何をされるのだろう。

僕は震える妹を守るように抱いた。


そんな僕達の様子を見て、男は困ったように頭を掻いた。

ややあって口を開く。


「…腹、減ってるんだろ?」


…この男は何を行っているんだ?

腹が減ってるだろ?だって?


男が鍋の蓋を開けた。


瞬間、ふわりとシチューの匂いが漂った。

前世では当たり前のように食べていた、あのシチュー。

スラムの残飯などと比べようもない。食欲をそそる、美味しそうな香り。

くぅ。と、ヒトミのお腹から音がなる。


…妹にも食べさせてあげたい。

わざわざ餌を見せつけてきたということは、つまり。

…食べたければ楽しませて見ろというのか。

いいだろう、やってやる。


「…分かりました」


僕は服のポケットから、木の実などの皮を剥くなど様々な事に使っていた小型のナイフを取り出した。

そして舌を出し、横からナイフの刃を当てる。


「…は?……いや待て、何をしている!!」


自分の舌を切り落とそうとした瞬間。

男の手が目で追えないほどの速さで動いた。

そして、僕の手からナイフを奪い取る。

その衝撃で僕は椅子から転げ落ちた。


「にぃ!」


そんな僕にヒトミが駆け寄る。

そして今度は僕を守るように抱いた。

男が信じられないものを見たような目で僕をみてくる。

僕は言った。


「…存分にあなたを楽しませてみせます。だから、お願いです。妹だけには食べさせてもらえないでしょうか。せめて死ぬ前に美味しいものを食べさせてあげたいんです」


「何?」


「お願いです…お願いします…」


しばらくの間、静寂が満ちる。

ややあって男が口を開いた。


「違う…俺はそういうつもりでは…」


その時、ドタドタと慌ただしい足音が家の奥から聞こえてきた。

そしてさっきの女が姿を見せる。

手には二つのティーカップ。

おそらく今までお茶でも入れていたのだろう。


「お待たせ!ごめんなさいね遅くなっちゃって!」


そう言いながらテーブルの上にカップを置こうとし、この場の空気に気づいた。


「あ、あら?」


僕とヒトミ、続けて男のほうへ視線を移動させる。

倒れた僕にすがりついて涙目の妹。

その目の前には、手に小さなナイフを持つ大男。


「……」


女の顔がみるみるうちに憤怒の表情に変わっていく。

対する男の顔は、青ざめていた。

表情が分かりづらいひげ面なのに、悲哀に満ちた顔をしているのが分かる。

次の瞬間。


「あなた何こんな小さな子達に意地悪してるの!?」


つんざくような女の声が、部屋中に響き渡った。

そして女はつかつかと男のほうへ詰め寄る。


「誤解だ!話を聞いてくれ!」


男は情けない声で言った。

その目は涙目だった。

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