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君を守れる兄貴になるから  作者: 下木ハク
2/5

悪い夢

最近、スラムの外が騒がしい。

街のほうを確認しに行くと、明らかに人の数が増えている。

それも、多種多様な人種がだ。

ぱっと見るだけでも、耳の長いエルフ。

それに背が低く恰幅の良いドワーフ。

他にも見たことのないような種族が大勢いた。

…何かあるのだろうか?


スラムには街の情報はほぼ入ってこない。

それもそうだろう、誰が好き好んでこんな汚い場所に来るというのか。

おかげで情報を手に入れるために、わざわざこちらから街へ遠出するしかない。

それには危険が伴う。

なので今日はヒトミを連れてきていない。お留守番だ。


「んじゃあ俺はちょっくら楽しんでくるぜぇ」


「おう。ったくほどほどにしとけよ?」


「わってるわぁってる」


ふと、そんな会話が聞こえた。

声のほうに目を向けると小太りのドワーフ二人がなにやら話している。


「俺には良さが分からん」


「俺にはお前の熟女趣味のほうが分からんわ」


そう言いながら片方のドワーフがスラム街のほうへ歩きはじめた。

おそらく、スラムにあるそういう店に向かうのだろう。

あまり興味の無い話題だったので、違うところに目を向ける。


まず、目についたのは街のそこらじゅうに掲げられている旗だ。

描かれているのは…時計だろうか?

針の位置が12と2にある時計の旗だ。

何を意味するのか全然わからない。が、この旗があるから人々が集まってきているのだろう。

前まではこんな旗は掲げられていなかった。

そのうち、この旗がどういう意味を持つのか調べたほうがよさそうだ。

他に情報を集めるために聞き耳をたててみるが、人が多いせいかよく聞こえない。

さっきの二人は近くに居たから聞こえたようだ。

…こんなとこか。

これ以上は情報を集められないだろう。

今日のところは引こう、見つかってはまずい。

いつもの寄り道も無しだ。

僕は見つからないようにしながらねぐらへと急いだ。




なぜだか妙な胸騒ぎがする。

こんなことは初めてだ。ヒトミと離れすぎて不安になっているのか?

そんなわけないだろう。

そこまでヒトミに依存しているわけはない。


そんな事を考えながらも、僕の足は少しずつ速度を増していく。

何でだ?何でここまで胸騒ぎがするんだ、くそっ。

時間にして数分だろう。だが、体感的にはそれ以上かかった気がする。

ようやくねぐらが目で見えてきた。

どっと疲れた。なんだ、いつものねぐらじゃないか。

いつもの…いや、なんだあの荷物は?

あんなものは拾って来てないはずだ。

それにあのつるはしが覗いているものは、さっき見た気がする。

…そうだ、あのドワーフの


その時、野太い男の怒鳴り声と幼い子供の悲鳴が聞こえた。


僕はいつの間にか走り出していた。

あのドワーフはなんと言っていた?なんでそれを聞いていながらヒトミの元に帰らなかった?

おそらくあのドワーフはそういう趣味だ。

だから店にはいない幼い子供を狙ってこのスラムに入ってきたんだ。

なんでそこで気がつかなかった!


「ヒトミッ!」


僕は勢いよくねぐらに入った。



…そこでは、ドワーフが片手でヒトミの両手を掴み、宙に浮かしていた。



ヒトミの両足がバタバタとドワーフの体を弱々しく蹴っている。

ドワーフは興奮が抑えられないような表情をしながら、拳を握りしめ、その幼い身体に向けて放とうとしている。

ドワーフの巨大な拳は、一発殴っただけでもヒトミの骨を何本も砕くだろう。

それはつまり、ヒトミの命はもうなくなるという事だ。


「に゛ぃっ!!だずげでぇ゛!!っぇ゛」


ヒトミの顔は、涙や鼻水などの液体で溢れている。

その顔を見た瞬間、僕は反射的に飛び出していた。


「ヒトミを離せ糞野郎がぁ゛ぁ゛あ゛!!!」


「あ?」


僕の全身全霊の力を込めてドワーフに殴りかかる。

しかし、厚い脂肪に阻まれほとんど効いていない。

でも殴る。殴り続ける。

僕にはそれしかできない。


「はっはは!おらよ!!!」


衝撃が顔に直撃した。


「ぶぉっ?」


そのままなにが起こったのかわからないまま、壁まで吹き飛ばされた。

背中が壁に打ち付けられ、呼吸ができなくなる。


「がっ!?」


「俺の楽しみを邪魔するんじゃねぇよ糞ガキ!後でお前もちゃんと殺してやるから待ってろ!!」


ドワーフの拳がヒトミの腹を打った。


「おげっぇ!?」


ヒトミが胃の内容物を吐き出す。

僕はそれを見ているしかできない。


「ビドミっ…」


砕けた前歯を吐き出しながらヒトミの名を呼ぶ。


「そう簡単には殺さねぇからよ。たっぷり楽しもうぜ?なぁっ!?」


「に゛ぃ゛っ…!」


僕は絶望していた。

もうこの状況は積みだ、どうにもならない。

ヒトミはこのままドワーフの玩具にされ、死んでしまうのだろう。

その次は僕の番だ。

…怖い。恐怖で体がガタガタ震えだす。

もういいだろう。もともとヒトミは死ぬ運命だったんだ。

ヒトミを見捨てて逃げなければ、僕まで死んでしまう。


…逃げよう。ヒトミには悪いけど、僕じゃ助けられない。


あの時、助けていなければこんな苦しい死にかたをせずにすんだのか?

見捨てるならあの時見捨てておけば良かった…。


僕はゆっくり体を起こした。

そして、ドワーフに気づかれないようにねぐらの出口を目指す。

幸い、ドワーフはヒトミでどう遊ぼうか考えているようだ。

良かった。逃げられそうだ。


出口にたどり着いた。

とめていた息をゆっくり吐き出す。

そのままドワーフのほうを向きながら外に出た。

その時、ヒトミと目が合った。

顔から様々な体液が出てひどい惨状になっている。

あの綺麗だった瞳は、今は深い闇のように光を無くしている。


…ごめんな、ヒトミ。


僕は心の中で謝るしかなかった。

だって、僕には何もできないんだ。

お前を守れる力もない、知恵もない。

拾っておいてなんて無責任なんだろう。

なにが兄貴だ、妹を守れてないじゃないか。


言い訳、謝罪。様々な思考が頭の中をぐるぐるとめぐる。

そんなとき、声が聞こえた。


「に゛…い゛…」


ヒトミが今にも死にそうな声で僕を呼ぶ。


「にぃ…だす…けて」


助けを求めている。ヒトミが、助けを、僕に。

…あぁ。そういえば、前にも助けを求められたときがあったな。

あの時は確か、羽に目の模様がついた蛾だったか蝶だったかを追い払ってやったんだ。

たかが虫に怯えて逃げていたヒトミを見て笑いながら追い払ってやった。

そして、泣きべそをかいているヒトミを抱きしめて、宥めて。


ヒトミとの思い出が走馬灯のように、頭を駆け巡った。

笑うことのなかった僕に、笑顔を取り戻させてくれた子供。

自分が名付け、「にぃ」と呼び後ろをついてきたかわいい妹。

そんな妹との大切な日常がこんな簡単に壊されるのか。


そんな事、させない。

させてたまるか…。


気がついたら僕は側に置いてあったドワーフの荷物から、つるはしを抜きとっていた。

気配を消して、考えこんでいるドワーフの後ろに立つ。

僕の大切な家族を傷つけたドワーフ。

許せない、絶対に許せない。


僕の手には合わない、大きなつるはしを振りかぶる。

そして僕の持てる力全てを使って、ドワーフの頭部に叩きつけた。


つるはしの先が頭蓋を突き破る感触。


ドワーフはまったく脅威としてみていなかった僕からの反撃によって、なにが起こったのかわからないまま死んだ。


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