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君を守れる兄貴になるから  作者: 下木ハク
1/5

気まぐれ

序盤は暗いですが、少しずつ明るい話にしていきます

僕には前世の記憶がある。

あるといっても断片的にしかないが、確かにある。

その事を思い出したのはついこの間だ。


この世界の僕はスラム街は住んでいる孤児だった。

幼いころ親に捨てられ、今はゴミを漁り食べられそうなもの見つけ生活する薄汚い孤児。

自分が今何歳なのかもわからない。

おそらく10歳くらいだろうか、背は小さく栄養失調気味であばら骨が浮いている。

おまけに風呂など入ったこともない、不潔で悪臭がする体だ。

黒い髪の毛は油で束なって、おまけに生ゴミが乾いたものがへばりついている。


そんな僕は今、自分より幼い子供に調達した食べ物をあげている。

その子供はおそらく5歳ぐらいだろうか。

僕が苦労して手に入れた、いつのものかわからない肉の缶詰めに夢中になっている。

本当はこの缶詰めで誘き寄せて身ぐるみを剥いでしまおうとしていたのだが、このとき前世の記憶を思い出してしまったのだ。

さすがに可哀想だと思ってしまった僕は缶詰めをあげることになってしまった。

まあ、この子供もそのうち死んでしまうのだろう。

幼すぎる子供はこの場所では生きていけない。

弱肉強食の世界なのだ、ここは。

せめて死ぬ前に美味しいものを食べさせてもいいだろう。


僕はそのままこの場を去ろうとした。

すると、缶詰めを食べ終えた子供がしがみついてきた。

やはり自分と同じように長い間風呂に入っていないのだろう、ひどい悪臭だ。

体もほとんど肉がついていない。


「…うぅ」


こいつはまだたかるつもりか。

缶詰めをあげたのは失敗だったかもしれないな。

記憶を取り戻したばかりの僕はこの子供が可哀想だと思ってしまった。

可哀想な状況なのは自分だって同じだろうに。


僕はその子供を強く振り払った。


「…あぅっ」


子供が体勢を崩して、背中を地面に打ち付けた。

ゴチッと鈍い音がする。

僕はそのまま背中を向け歩き出す。

ここまでやればついてこないだろう、そう思っていたのだが…。


「…うっ…うぅ」


それでもまたしがみついてきたのだ。

僕の少ない良心が痛む。

なぜここまで執着するのか…。

振り向いて子供の顔を見る。顔立ち的には女だろうか?


目まで覆う長い前髪の隙間から覗いた瞳と目が合った。


媚びを売るような、それでいて怖がっているような目。

その目が、僕の中の記憶を呼び覚ました。


確か前世の僕は妹が欲しかったんだ、庇護欲をそそるかわいらしい妹が。

僕には兄弟がいなかった。

だから憧れていた、自分と近い守るべき存在に。


「…お前、名前は?」


気がついたら聞いていた。

子供はふるふると首を横に振った。名前は無いようだ。

名前をつけられる前に捨てられたのか。

普通は産まれたときにつけられるものなのだが…。

いや、そういう僕だってこの世界では名前なんてもらえなかった。

だから自分で自分の名前をつけたのだ。


「僕の名前はムグリだ」


誰にも呼ばれることなどなかった、その名前。

この世界に生まれて、初めて名乗った気がする。


「僕と一緒に行きたいのか?」


「…ん」


子供は小さく頷く。

こんなつもりではなかった、ただの気まぐれで食べ物を分けただったのに。


「そうか」


でも、まあ。


「ちゃんと役には立てよ?」


仲間ができるというのも、悪くないかもしれない。




子供と行動を共にするようになってから半年。

役には立てよといったものの、正直期待はしていなかったのだが…。


「にぃ。見て!」


手に持った缶詰めを見せてくる子供。

こいつはなぜか、教えてもいないのに「にぃ」と呼ぶようになった。

まぁ、僕は今兄貴みたいな存在だ。悪い気はしない。


「おぉ、またか。なかなかやるじゃないか」


嬉しそうに走ってくるこいつは僕の予想以上にゴミを漁るのが上手だった。

おかげでしばらく食べ物には困っていない。

笑顔で誉めて欲しそうに見つめてくるので、いつものように頭を撫でてやる。


「えへへ」


やはりというか風呂には入れてないので、髪の毛はべたべただ。

しかし、そんな事は気にせず撫でる。撫でまくる。

ある程度したら、ゴミから見つけた食べ物が入った袋に缶詰めを放り込み肩に担いだ。


「よし、今日はこんなもんだろう。帰ろうか」


子供に手を差し出す。

すると、いつものように手を握ってくる。


「うん!」


そのまま僕らはねぐらへの道を歩き出した。

この寝床の場所もこいつが見つけてきた。

物や場所など見つけるのが意外とうまいので、今までの生活より快適になっている。

やはり帰れる場所があるというのは良い。

食べ物だって余裕がある。

…こいつは良い拾い物だったかもしれない。

あの時見捨てないで良かったと本気で思った。


「…今日はいつもより多めに食べていいぞ」


頑張ってくれているご褒美だ、たまには贅沢も良いだろう。


「にぃ。ほんと?」


「あぁ。いつも頑張ってくれているからな」


「やたっ。にぃ、ありがと!」


余程嬉しいのか、抱きついてきた。

側に来た頭をまた撫でてやる。

自然と口元が緩んだ。

こいつが来てから僕はよく笑うようになった。


この世界で今まで生きてきて、笑ったことなんてなかった。

飢えと寒さでどうしようもない毎日で、生きるのに必死だったから。

だが、もうその心配はない。

今はもう食べ物もそれなりにあり、飢えることもなくなった。

寝るときは側にぬくもりがある。

貧しい生活だが、僕は幸せだった。



そろそろ、こいつにも名前をつけなくては。

やはり名前が無いというのはなかなか不便だ。

名前か…。

正直、僕はネーミングセンスがないと思う。

自分の名前もムグリだし。

一生使う名前をつけるのだ。センスがいい名前をつけてあげたい。

子供を膝枕し、頭を撫でてやりながら考える。


「ふむ」


深く考えこんでいると、パチリと目を開けた子供と目が合った。

綺麗な目だ。

少し光がないように見えるが、それでも美しいと思った。

…目か、瞳。…ヒトミ?

これでいいんじゃないか?

前世の世界でもそういう名前の人がいた気がする。

よしこれでいこう。


「お前の名前を決めたぞ」


それを聞いた子供。いや、ヒトミは勢いよく跳ね起きた。

頭が鼻を掠める。

危なく頭に鼻を強打するところだった。


「にぃ!何にぃ!」


テンション高く聞いてくる。

そんなに名前が嬉しいのか。


「今日からお前の名前はヒトミだ」


「ヒトミ?」


「あぁ、お前の目は綺麗だからな。そこからとった」


どうだろうか?

気に入ってもらえるといいが。


「…ヒトミ。…ヒトミ」


ヒトミはその名前を何度も反芻するように言う。


「ありがと!にぃ!」


そして、かわいらしい笑顔でそう言った。

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