2 姫様の世界
「姫様?姫様ー!」
叫んだところで姫様がいないことぐらいわかっている。
この狭い箱庭だ、探せるところは限られている。
探してる最中ふと、私はこの箱庭から音という音が消えていることに気が付いた。
あの小池に泳ぐ鮮やかな魚の跳ねる音、鳥のさえずりも聞こえず。
そしてあの幻想的な音色を奏でていたピアノも。
(ピアノ……音が消えてる)
私は吸い寄せられるかのようにピアノの椅子に腰を下ろした。
そして一息ついて何となくあの曲を弾き始めた。
弾けば会えるかも、とかそんなわけもない淡い期待を思い。
昔少々ピアノを齧った事があるので簡単な旋律だとなんとなくだけど弾ける。
(やっぱりいい曲だな)
手は魔法のように次々と音を奏で私は感じるままに弾いた。
♰
気づいたら私は別の場所にいた。
それも少し違う。
言い換えるなら似ている場所と言うのが正解かな。
ただ雰囲気はまるで変り、白い花は枯れ茶色の草が生い茂り池の水は枯れ果てている。
さらに、ここには外がある。
空は赤黒く、火に包まれている街々が見える。
だけど一番目立つのは頭上にそびえる塔。これはどう見ても城の一部だ。
(え……、ここは?)
突然の出来事に声も出なかった。
その時の自分の手は鳴らないピアノをただ弾き続けていた。
なんとも奇妙な感じ。
(出口を……)
辺りを見回すと塔に続く扉があった。むしろ扉しかなかった。木で鉄の補強がされてる童話に出て来そうな扉。
私は取り合えずそれしか道が無かったため恐る恐る扉の先へ進んだ。
ゴチッ!
「痛いっ」
頭がぶつかる鈍い音。
目の前には20歳くらいだろうかメイド服に身を包んだ女性が私と同じく頭を抱え込んでうずくまっていた。それにしても身長が高い。170はあるんじゃないか。
「いたたたた。すまんな少女、前見てなかったわ」
気が強そうな女性は私に手を差し伸べ私を起こした。
「あ、いえ、こちらこそ前見てませんでした」
「ああ気にせんで……」
と、急に口を濁したかと思えば私をじろじろ見てきた。
「あの、何か?」
「君、箱庭から出てきたよね?もしかして姫様が言ってた違う世界の子…だよね?」
「はい、そうですが」
「あーー!やっぱり!一度出会ってみたかったんだよね!いやぁ白の箱庭にはさ姫様しか行けないからどんな子なのかと…。でも、どうやって来たの?」
「それがぁ……」
事の発端と、ピアノを弾いてたらいつの間にかこちらにいたことを伝えた。
「あー不運だったな、じゃあもう一度弾けば戻れるんじゃない?」
「それが、音が鳴らなくなってて」
「そうか、姫様の魔法が切れたのか。じゃあ姫様を探さんとな。うちも丁度探してるとこやねん一緒に行こか」
「はい、というか今魔法って……?」
「え?姫様から聞いとらんのか。こっちの世界のピアノはぶっ壊れてて音が出ないの。で、姫様の魔法で鳴らしてるっいう……まあ細かいことはわからん」
手を頭に乗せにゃははと笑って見せた。
「っと、こうしちゃいられない。国王が招集をかけてんだった君もついでにおいでよ。丁度似たような服着てるんだし、バレねぇだろ」
「服?……!」
ふと自分の服を見ると黒を基調としたメイド服に似た服を着ていた。
身に覚えがない。こっちに来た時に変わったのか?
「時間が無いからほら早く」
「あ、ちょ……名前……」
自己紹介もする間もなくメイドの女性に手を引っ張られ一緒に塔の螺旋階段を降りた。
この出会いが物語の始まりだった。