1 白いアイリスの咲く箱庭(プロローグ)
(ここは……?)
気づいたら私は小さな庭の中で立っていた。
辺りは白い小さな花が咲きみだれ、子供用プールのサイズぐらいの池には色鮮やかな魚が泳ぐ。
空は快晴の青天井。でもこれは空とは少し違う気がする。不自然に青すぎる、青というより蒼に近いような。
足元の石畳の先には白いパーゴラの下でピアノがひとりでに演奏している。
ゆっくりと辺りを見渡すも全く知らない景色。
(ここどこ? 戻らなきゃ、というか戻れるの……?)
扉とか無いのかとウロチョロしてみるも、そのような物は一切見つからなかった。
「誰?」
奥の雑草から手に小さな植木鉢を持った女の子がキョトンとした顔をして現れた。
綺麗な純白のドレスを身に纏った同じくらいの女の子だ。手の植木鉢には白い花。
その瞬間はこの世のものとは思えない美しさ。風になびく白い髪は光の反射でキラキラしている。
ファンタジー好きの私は、その綺麗さから一国の姫様だと容易に想像がついた。
「どうやって入ったの?この世界の人じゃない……よね?」
「あ、ご、ごめんなさい勝手に入っちゃって。でもどうやって入ったかわからなくて、私も出口を探してるんだけど無くて……」コミュ障がバレてしまう。
「ふふふ、大丈夫ですよ。別に追い出そうとしているわけでは無いですから。むしろお話をしたいのです。なにしろ来客なんて初めてですから」
女の子はそっと私の手を握りふふっと笑って見せた。
それから二人が仲良くなるまでに時間は要らなかった。
お互いがお互いの世界の事を話し話は盛り上がった。
女の子はやっぱり姫君だった。自らは言わなかったが話から想像できた。
そして私はただの市民。そう私は言ったのだが姫様は関係ないと言った。
姫様が理解あるのか、それとも国が良いのかはわからなかったがとにかく姫様は優しかった。
二人は様々な話をした。
私は食べ物や文化を話した。
姫様は空飛ぶ島、機械仕掛けの国、喋る動物など話題が尽きなかった。
―-―どれぐらい話しただろうか。時計が無くてわからないがかなりの時間が経った頃合いだ。
「そろそろ時間かもね」
「ん?」
「ピアノの曲がもうすぐ終わるわ」
心なしか私の視界も狭く白くなってきた。
「もうおしまいですか。時がたつのって早いですね」
姫様はピアノの椅子に腰を下ろし残念そうに足をプラプラしてる。
「大丈夫ですよ。明日も来ますから」
行き方もわからないのに……自分でも無茶な約束をしたと言ってから思った。
「待ってますわ」
ぼやける視界の中最後に見えたのは嬉しそうな姫様の顔だった。
♰
目が覚めたらそこには見慣れた天井があった。案の定夢だった。
「ゆめ……?」
だけどあまりにも鮮明な記憶はそれを夢という単語に収めるのは気が引けた。
私はいつものように学校に行って帰り一日を終え再び就寝した。
♰
やはりそうだ。私が寝ているときにこの箱庭に来れるんだ。
二回目に来られた時すべてを察し、このときほどうれしい事はなかった。
「お帰り、待ってたわよ。丁度今熱い紅茶をいれた所なのご一緒にいかが?」
「ただいま。ええ、もちろんいただくわ」
二人でクスクス笑いながらもその時飲んだ紅茶は人生で一番美味しかった。
この後も来て帰って来て帰っての繰り返しでかれこれ10日以上繰り返した。
その日まで毎日談笑したりピアノを弾いたりかけっこしたりと現実以上に楽しい日々を過ごした。
♰
別れの日は急に訪れる。
14日目の時。
そこに姫様はいなかった。