冬の女王の日帰り異世界紀行
とある国には王国を収める王とは別に、季節を司る四人の女王がいました。
四人の女王はなによりも特別な存在で、決して老いることがありません。
とてつもなく長い時間を、この国の成長と共に過ごしてきたのです。
春。夏。秋。冬。
それぞれの季節を担当する女王様が、国の中心にそびえ立つ《季節の塔》と呼ばれる塔に住むことで、王国にその季節が訪れます。
前の季節の女王と入れ替わったあとは、今度は自分の季節を始めるために。
次の女王と入れ替わる前には、今の季節を終わらせるために。
女王がそうやって力を注ぐことで、季節が巡っているのでした。
定期的に巡る季節は人々の生活に大きな影響を与える、無くてはならないもの。
女王たちはそのことを誇りにして、季節を回していたのですが――
「……どういうことだ? いつになっても、冬が終わらないではないか」
ある時から王国に、春が来なくなってしまったのでした。
慌てた王様は、兵士たちを連れて急いで塔へと向かいます。
「いったい何が起きたのだ。早く冬を終わらせてくれ!」
「申し訳ありません、王様。私は……冬を終わらせたくないのです」
王様がいくら尋ねても、冬の女王は扉越しにそんなことを言うばかり。
いつまで経っても冬は終わらず、しんしんと雪が降り続けます。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
―――――――
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
―――――――
たくさんの人が、そのお触れを聞いて冬の女王を塔から出そうとします。
ですが、扉は固く閉ざされ、冬の女王も塔の奥へと籠ってしまい……。
誰一人として、会って話をすることもままなりませんでした。
王様が諦めかけたときに現れたのが――
人里離れた場所に住んでいる、一人の若い魔法使いでした。
いつもニコニコと笑っており、たまに街へとやってきては困っている人を助けて。
王様も耳にしたことがあるほどの、街ではたいへん評判の良い魔法使いです。
「おぉ、魔法使いとは心強い! さっそく頼むぞ」
ですが――魔法使いといえども万能ではありませんでした。
人や物を一瞬で移動させることはできても、冬を春に変える魔法なんて使えません。寒さに震える人々を暖かい場所に移動させることはできても、数が多いですし根本的な解決にはなりません。
「私の魔法で今すぐに冬を終わらせることはできません。
……他の季節の女王を、私が探してきましょう。
きっと彼女たちならば、解決する方法を知っているはずです」
魔法使いが各々の季節の女王を見つけ出し、城に呼ぶことはできたものの、他の季節の女王たちは何かを知っている様子で、暗い表情をするばかり。次の季節を担当する春の女王にも、この状況をどうにもすることができないと言うのでした。
「私が春を呼ぶためには、冬が終わらないといけないの。
彼女が冬を終わらせてくれないと、私にはどうすることもできないわ」
「それならば、冬の女王に今すぐ冬を終わらせるように言ってくれ!」
王様の懇願に、女王たちは上手くいかないことを薄々分かっていながらも、冬の女王のいる塔へと向かいます。
「冬の女王! この扉を開けて、私たちの話を聞いて欲しいの!」
長い長い時を共に過ごしてきた他の季節の女王たちを、冬の女王は無下に追い返すことはできませんでした。ギギギ……と重い音を立てながら扉が開くなり、王様は中にいた冬の女王に詰め寄ります。
「なぜ、冬を終わらせない! 本来ならば春になっていないとおかしいのだぞ!
降り積もり続ける雪のおかげで、人々は外に出れぬ。食べ物も尽きてしまう。
このままでは、この国は終わりになってしまう!」
長く続き過ぎた冬のおかげで、食べ物の備蓄があと数日の家も出てきていました。
城からも少しは援助をしているものの、それが尽きるのも時間の問題です。
王様も、冬を終わらせようと必死になっているのでした。
「私は――冬を終わらせることが怖いのです……」
「……どういうことです?」
「毎年、人々は冬になると辛い思いをしています。
食べ物だって、寒さゆえに豊富にはありません。
……月日が経つごとに不安が膨らんでいくの。
この冬を終わらせてしまったら最後――
来年の冬はいらないと言われてしまうのではないかって」
「そんな馬鹿なことがあるか! 冬があるのは当然のことだ!
それに文句を言うものなどいるはずがない!」
王様がいくら言っても、冬の女王は納得してくれません。
ついには、耳を塞いでしまいます。
「……分からない。信じられないの。
長い間、冬の女王を続けてきて。本当に冬が必要なのか……」
「――――」
ここで無理やりに冬を終わらせたとしても、冬の女王がこの調子ではなんの解決にもなりません。冬を終わらせるのも、始めるのも、冬の女王の仕事です。不安に耐え切れなくなった女王が、来年の冬を始めないかもしれないのです。
そう考えた魔法使いは、冬の女王の手を取ると――
「ちょっと、冬の女王をお借りします。
すぐ戻りますからもう少しだけ、この冬に耐えていてください」
「いったい、どうするつもりなのだ――っ!?」
いきなり自分と冬の女王に移動魔法をかけ、塔から飛び去ってしまったのでした。
「ここは……?」
冬の女王が辺りを見回しますが、畑ばかりで殺風景な光景が広がっています。
先と変わらず雪は降っていますが、幾分か勢いが弱くなっているようでした。
「あなたがいた世界とは、また別の世界の一国です。
この国にも同じように四季はありますが、ここの人たちはずっと上手く生活しています」
「別の世界……? ……よく分かりませんが、今すぐ私を季節の塔へ戻しなさい。
それに、この服はいったい――」
「嫌です。目的を終えるまでは戻りません。諦めてください」
強めの口調で命令する冬の女王でしたが、魔法使いは全く気にしない様子で断ります。その表情はどことなく楽しそうで、ニコニコと笑っているばかり。
「貴方のドレスだと、この国では目立ちすぎてしまうので変えておきました。
ほんの少しだけの間ですから、辛抱してください」
そして、『さぁ、いきましょう』と言って、どこかへ向かって歩き始めます。
魔法使いに導かれるようにテクテクと後ろ付いて行く女王でしたが、町娘の服など気慣れていないため落ち着きがありません。
ましてや、さっきまで塔の中にいたというのに、今は広大な畑の真ん中に二人だけ。突然のことで驚いていた女王も、進んで行くうちにだんだんと不安がぶり返してきます。
「こんな所に私を連れてきてどうするというの……?」
「あなたに、会わせたい人がいます」
魔法使いは冬の女王の質問に、振り向くことなく答えます。
「この世界の冬の女王?」
「いいえ、この世界には季節を司る女王はいません。
ただただ、自然な現象として四季が巡っているだけです」
自分のいた世界との大きな違いを聞いた女王は、寂しそうな表情をして呟きます。
「……羨ましいわ。
どれだけ寒くても、責められる人などいないのだから」
「…………」
呟きを聞いた魔法使いは、そこで初めて足を止めます。
つられて冬の女王も足を止めます。
魔法使いが振り返ると――
その表情は冬の女王と同じで、寂しそうにしているのでした。
「……それでも、季節に感謝する人はいるのですよ」
再び歩き出した二人が十数分かけて辿りついたのは、ここら一帯の畑で野菜を作っている農家の人の家でした。一休みしている農家のおじさんに、魔法使いは丁寧に頼みます。
「ここの野菜が美味しいと聞いて、訪れたのですが……。
よろしければ、一つ売っていただけませんか?」
自分たちの作っている野菜の評判を聞いてやってきたと言われれば、農家のおじさんも悪い気はしません。せっかくならばと、お昼ご飯のお誘いまでしてくれるのでした。
「なあに、わざわざ来てくだすったんだ。袋一つ分ぐらいポンと持って帰りな。
いや、それよりも――もうすぐ昼食の時間だし、あんたらも食べてくかい?」
「それは願ってもない! 是非いただきましょう!」
農家のおじさんの申し出に、魔法使いはパンと手を鳴らします。
どんどん進んで行く話についていけず、冬の女王はただそれを見ているばかり。
あれよあれよと家まで招かれ――
気が付いた時には縁側に腰かけて、料理を待っているのでした。
数分も経たずに、おばさんが料理を持ってきます。
そうして出されたのは、葉野菜に炊いた穀物を巻いたもの。
「キャベツ巻きおにぎりやけど、口に合うかいね」
おばさんに持ってきてもらった料理を、二人に差し出す農家のおじさん。
冬の女王はそれを恐る恐る受け取ります。
「王国にある野菜と似ているのがキャベツで、巻かれているのがおにぎりなのね」
「……どうかしたかね?」
「……あまり不審に思われるようなことは言わないでくださいよ」
思わず呟いた冬の女王を、魔法使いが小声でたしなめるのでした。
「とてもおいしそうですね。いただきます」
そう言って、魔法使いが一口。
続けて二口と、美味しそうに食べます。
「……いただきます」
それを見た冬の女王も、魔法使いにならって一口食べます。
ホカホカのおにぎりに味付けされた、絶妙な塩加減。
これだけでも十分なくらい美味しいのですが、なにより驚いたのは――
あとからやって来る、外側に巻いたキャベツの甘さでした。
「甘い……?」
王国の野菜を食べていても、ここまで甘いと感じたことなどありません。
「――おいしい!
おにぎりもとても美味しいですが、やっぱりキャベツの甘味が違いますね!」
本当に驚いたような表情で、魔法使いは尋ねます。
「そりゃあ、丹精込めて作ってるからねぇ。
夏のうちに種を蒔いて、たっぷりとお天道様の光を浴びせるんだ。
小さいときからそうやって、栄養をしっかり蓄えないと美味しい野菜は作れねぇ」
――やっぱり。
求められているのは太陽なのだ。
それなのに、私が司る冬はそれを遮るばかりで。
成長に必要な日の暖かさを、野菜からも取り上げている。
「素晴らしい! ……でも、それだけではないのでしょう?」
「ここからが大切でな? 夏、秋としっかり育った野菜たちは――」
しだいに俯いていく冬の女王でしたが、隣に座る魔法使いは相変わらず興味津々に農家の話を聞いています。女王を注意するよりも、農家のおじさんの話を聞くことに夢中のようでした。
「――降り積もった雪の中で凍ってしまわないように、うんと甘くなるんだ」
「…………え?」
食い入るように話を聞いていた魔法使いが、それを聞きたかったと言わんばかりに微笑みます。
「……冬の寒さがないと、ここまで甘い野菜はできないのですね」
「そうさ、蓄えた栄養を甘さに変えることが大切なんだ。
冬に我慢して我慢して我慢して――立派になったのが、このキャベツたちよ」
それから先も、聞き上手な魔法使いはおじさんから沢山の話を聞くのでした。
後ろの方で静かにキャベツ巻きおにぎりを食べていた冬の女王でしたが、あっという間に空になってしまい、それが別れの合図となります。
「もう全部食べたんかね! そんだけ気に入ったのなら、たくさん持って帰りな」
「……ありがとうございます」
目を点にしながら、野菜を用意するおじさん。
冬の女王は恥ずかしさに顔を真っ赤にして、そう返すので精いっぱいでした。
「ありがとうございました! 頂いた野菜は帰ってみんなで食べます!」
「おう。気をつけて帰りなよ!」
冬の女王は農家のおじさんの話を聞いてからは、ずっと黙ったきり。
それでもちゃんと付いて来ているので、魔法使いは何も言いません。
そうして歩くこと数分。
周りに誰もいないことを確認して、再び女王に声をかけます。
「――さて、それでは帰りましょうか。女王様」
「おぉ、戻ってきたか!」
冬の女王が気が付くと、そこは《季節の塔》の中でした。
見覚えのある光景、自分達を待っていた王様や他の季節の女王たち。
ようやく帰ってこれたのだと、冬の女王は安心します。
「それで、女王よ。冬を終わらせてくれるのだな?」
「……すいません」
喜々として尋ねた王様に、冬の女王は悲しそうに首を振ります。
それに驚愕したのは魔法使いでした。
「いったい、どういう――」
「どうしてですか!? さっき見てきたでしょう。味わってきたでしょう!
冬が無ければ、あの素晴らしく甘い野菜と出会うこともなかった!」
「分かります。よく分かります……。
世界のどこかには、あの農家のように冬に感謝している人もいる。でも――」
「優しさだけでは良いものにはならない。時には厳しさも必要なんです。
野菜も――もちろん、人だってそうです」
いつもニコニコしていた魔法使いが、その笑顔を崩してまで冬の女王を諭します。
ですが、女王はふるふると首を振るばかり。
「あの世界の冬は、私ではないのよ! 私の“冬”なんて――」
「貴方は――」
「――他でもない貴方が! 貴方自身を嫌いになってどうするの!?」
「――!?」
諦めずに説得を続ける魔法使いの言葉を遮り、突然声を上げたのは春の女王でした。あまりに大きな声に、冬の女王だけでなく魔法使いも、王様でさえもポカンとしています。
「魔法使いと一緒に見て来たものが何かは分からないけど――
それが、とても大切なことだったということは分かります。
塔から出る前にあった頑なさが、今では迷いへと変わっているから」
「冬の女王とは、あまり話したこともないけどさ……。
私にも少しだけ分かるよ、夏の女王だから。
たまーに国の人たちに迷惑かけちゃってるなって思うもの。
でも、それでも夏が好きって言ってくれる人はいるんだよ。
……冬だって同じじゃないのかなぁ」
「ずっと昔から変わらず、言い続けています。今だって呼びかけています。
信じてください、私たちを。この国の皆を。
……貴方は、必要のない存在ではないのですよ?」
「――――!」
――必要のない存在ではない。
その言葉が、今まで上辺だけのもののように思えて。
膨れ上がっていく不安に震えていた毎日でした。
だけども、今は違います。
野菜だって、冬を必要としているのだと。
魔法使いが別の世界へ連れていって教えてくれました。
街の人もきっと、そう思ってくれていると。
夏の女王は言ったことも、今なら信じられるような気がしてきます。
「……みんな、ありがとう……!
心配をかけて……ごめんなさい……」
一粒、また一粒と溢れる涙と共に、謝罪と感謝の言葉が出てきます。
「私が間違ってました……。冬の女王として、冬を終わらせます。
そして、来年こそは――」
もっと人に愛されるような。
そんな冬にしようと、冬の女王は胸に刻んだのでした。
「――王様、春が来れば褒美を頂けると言っていましたよね?」
「あ、あぁ。好きなものを与えよう」
抱擁を交わす女王たちを遠くに、魔法使いが王様に尋ねます。
「畑と、そこで働く農夫を手配してください。それが私にとっての褒美です。
私もこの国の冬を変える手伝いをさせていただきましょう」
この申し出に王様は驚き、尋ねます。
「魔法使いが耕作に手を付けるというのかね。
金銀財宝を望めば遊んでくらせるというのに、なぜだ?」
「決まっています。私はこの世界の、この国の季節が大好きなのですよ。
こんなに素敵な女王たちがいるというのに――」
魔法使いの表情には、再び笑顔が戻っています。
その瞳には、キラキラと輝く女王たちが映っていました。
「他の世界に負けてるだなんて、悔しいじゃないですか」
おしまい