新たな居場所
「だから、隣の部屋に住めって言ってんだ。猫みたいに二匹も飼えるか!」
猫だったらいいのかという疑問はさておき。
「何の冗談だ? 家を借りられるほどの金なんてあったら苦労なんかしないぞ」
確かに隣の部屋は表札も何もなかったが、俺らにそんな金があると思ってるのかこいつは。
「ほれ」
そう思っていると、吉野は掛け声と共にポケットから何かを取り出しこちらへ放り投げてきた。
咄嗟に手を出だし、どうにか空中でキャッチ。
これは……。
「――鍵か?」
「ああ、隣のな」
「……なんで、こんなもんを?」
なんだ、こいつは二件も借りてるのか?
なぜだ。
「隣の部屋、自由につかえ」
自由に使えって。
「お前が決めていいのか?」
「いいんだよ。大家からは許可を取ってある」
大家からの許可、さっきの電話はそうだったのか。だが、こいつはなぜ、大家に電話にまでして。
「とにかく余計な詮索はなしだ! さっさと新居に移れ」
言われつつ、無理やり押し出されるようにして部屋の外へと荷物ごと運ばれていく。
そうして、追い出された先はすぐ隣の部屋である。
「はぁ、あの男はなんでああなんだ」
吉野の部屋を出たあたりで唯がそう吐き出しだ。
「あれがあいつの持ち味だ。今はとにかく、一度腰を落ち着けよう。開けるぞ」
先刻受け取った鍵を差し込む。
それを回すとすんなりと施錠が解かれた。
「あとで不法侵入だ、なんだ言われんだろうな」
唯が冗談っぽく言っているが、あの吉野のことだ。可能性がゼロとは言えない。実際のところ冗談では済まないのかもしれないが、今は裏を取っている暇などない。それに、あいつのことはあるい程度信じていはずだ。
「さあな」
ドアノブを握り、それを回し、戸を開けた。
その先には何の変哲もない玄関だった。一畳半あるかどうかほどの玄関にリビングまで直結した廊下。
中に入り、壁に設置してあるスイッチを入れる。すると、すぐに蛍光灯がともった。
さらに中に入るとそこには、人ひとりが暮らすことをあらかじめ想定さえていた様な物品が備え付けられているのだ。ベッドに机。本棚にエアコン。さらに生活消耗品各種と至れり尽くせりもいいところなのだ。その全ては未開封で使われた形跡はない。
一体どうなってるんだ。
「驚いたな。これは何の罠だ」
唯が少し声のトーンを下げてそう言いている。この衝撃に圧倒されたんだろう。
「さすがにこれは……」
すぐさま、身を翻して吉野の元へ向かうべきだろう。そう思い、一八○度方向転換を行うと、開けっ放しのドアにもたれ掛かるようにして吉野がいた。
「何も聞くな。俺からのプレゼントだ。それ以上の詮索はなしだ。後は俺を信じろ」
その時の吉野の目線は鋭かったが、どこか頼もしかった。