運命は手の形で
その誘いは一般人から見たら魅力的だろう。
ある程度普及したとはいえ、値段は未だに高い。
それが当たったのだ。自分で使いたいとは思わないのだろうか。
「自分で使わないのか?」
すると、すぐに葵は首を横に振った。
「私、興味ないから」
だが、俺も興味があるかと言われればそこまで興味があるわけでもない。今、大切なのは……。
「畜生! やっぱできねえ! どうなってんだ‼ このポンコツ!」
唐突に後ろの席から、これでもかという悪態が吐かれた。声の主はすぐにわかった。だが、少しばかり声がでかいぞ。まあ、悪態をつかずにいられないのは分かるのだが……。
「なんだ、まだ解決できないのか」
そう言いながら振り向いてみると、頭を抱えながらそいつは悩んでいた。
「そういうなら、てめえが解決しろよ。この頭空っぽの馬鹿が。一度、脳内洗浄して老廃物吐き出してから俺にものを言え」
罵詈雑言をこれでも浴びせられたが、これで怒るような程こいつとの付き合いは短くない。
緑の眼鏡に白髪交じりの髪をもつ男。吉野甲。これが今、共同で研究をしている友人なのだ。
そして、この罵詈雑言の原因。それは机の上に置かれた一枚の基盤とノートパソコンだった。
今、研究しているものの制御装置。それがうまく機能しないのである。そんな状態が約一か月。
頭を悩ませているのだが、一向に前進する気配はない。
全く、この制御基板がうまく作動しなおかげで時間が無駄に消費されていくのだ。だというのに、もう一人の自分など。
「いっそのこと、この機械使ってもう一人呼ぶか……」
ぽつりとそう呟く。ふと、頭に浮かんだのだ。
だが、それがいけなかった。
非常に良くなかったのだ。
「おい、タコ。今なんて言った」
吉野がノートパソコンから目を離し、こちらをにらむ。
「いや、もう一人いたって」
突如、吉野が勢いよく立ち上がった。
「出来の言い犬だ。おい、すぐやるぞ」
「はあぁ?」
何を言っているのだろうか。
犬だとかそういうのはもう慣れた。はっきり言ってどうでもいい。
問題はその次だ。
もう一人の人間を連れてくるだと。
何を考えているんだ。大体、もう一人連れてきたところで頭の構造は一緒じゃ
ないのか。止めようとするが時はすでに遅し。
吉野はすでにパンフレットを読み漁り始めていた。
「おいおい、まてよ。マジでやるのか。大体、葵のもんだぞ」
葵に同意を求めるようにしてそちらに顔を向ける。
お願いだ。そんなことしたら余計面倒なことになる。頼む、意図をくみ取ってくれ。
「いいよ。私が使わないから持ってきただけだし」
ああ、救いなどなかった。わかってたさ。そんなこと。
「で、誰がもう一人呼ぶんだ?」
俺か吉野か。
「よし、じゃんけんで決めるぞ」
「じゃ、じゃんけん!?」
おいおい、そんなことをじゃんけんで決めていいのか。
どちらの人間を呼ぶかとかは結構重要なんじゃないか。そんなことを思っていたのだが。
「さっさと決めるぞ。じゃんけん!」
ああ、こっちの考えも聞かずこの馬鹿は!
ええい、どうにでもなれ!
適当に出した、その拳の目の前にいたのはチョキだった。