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十八話 風呂事情、異常あり

「大丈夫なんだろうな」


「多分な」


「変に頭とか打って死んだら呪うからな」


「それは無理だな。お前が死んだら私も三途の川を渡ることになるからな」


 目の前は真っ暗。


 視界がまったく聞かない状況に俺は放り込まれていた。


 床からは冷たい感触が伝わる。何せ、俺は今現在バスタオルを一枚巻いただけの姿。ほぼ真っ裸なのだから。結局、両方ともバスタオルを持ち込み入浴することになったのだ。


 だから、俺も唯も裸同然。


 ここまでするのにも大変だった。服を脱ぐにも一苦労。どちらか一方がアイマスクをして、その間にもう一方が着替えるのだ。手を繋いだり、離したり。足を重ねてみたりと。


 そして今現在、くっそ狭い浴場に二人でいる。俺は浴場に用意してあった腰掛に座っているのでよく状況を理解できていないが。


「そのマスクを外してこっちを見たら覚悟しとけよ」


(誰がそんな恐れ多いことを)


 だが、一体何なのだろう。この背徳感は。


 目の見えない状況で彼女の身体を洗う音だけが聞こえるのだ。そして、触れ合う肌。彼女の柔らかい肌が、その体温が伝わるのだ。


 すぐ後ろを見れば彼女の裸体が……。


 いや、ダメだろ!


 忘れろ。今考えていたことのすべてを忘れるんだ!


 俺の理性よ、非常ブレーキを!


 その折。


「お前の身体も洗おうか? だが、下は自分でやれ」


「あぁああ!」


 不意に唯が耳元でささやいてきたのだ。


「いきなりなんだ! 変な声を出すな!」


 それは無理だろ。おかげで変な声を出してしまった。


「お前こそいきなり話しかけてくるな」


「無茶を言うな。お前の目を隠してるんだから話しかける以外ないだろ」


「だったら、もう少し離れたところから話しかけろ」


「ま、まあ、いきなり耳元で話してしまったのは私の落ち度か」


 反省したか? 今では声色だけで判別するしかないが。


「まあ、悪かったところで洗うか?」


「あ、ああ……」


 確かにこの状況下で洗いにくいのは確かだが。


「洗うぞ」


 唯はこちらの了承など聞かぬうちに俺の肌にスポンジをあて始めた。


「にひても、体つきは意外といいな?」


「一体どんなもんを想像してたんだ」


 そこで事故があった。


「きゃっ!」


 短い姫と共に、ドンと床がなる。


「おい、大丈夫か!」


 俺は反射的に唯とつないでいる手と逆の手でアイマスクを引っぺがす。


「あ、ああ。大丈夫だ。だが、手首の少し上を切ってしまった。そこまで深くないから大丈夫だが……」


 確かに、唯の腕からは血液が流れだしていた。だが、思っていたよりも傷は浅い。


「ああ、よかった」


 そういってから、俺は自らの愚かさに気が付いた。


 眼前には唯が床に尻もちをついた状態でいるのだ。当然、体を洗っていた最中なのでバスタオルなどはない。果実の様に柔らかでみずみずしい肌。なめらかな曲線は芸術品といってもいいだろう。体形はナイスバディ―というよりもスレンダーと言った方が近い。大きいわけではないが、とても女性的なラインだ。きめの細かい肌には水彩で描かれたように美しい肌色の彩色。


 その肌を滑り落ちる水滴は実に艶めかしかった……。


 などと情景を思い浮かべている場合ではない!


「こ、これは事故でだな。そもそも、お前の身を案じたことが要因で……」


 全力で説得しなければやばい。


 唯は無言で立ち上がり、近くにかけておいたバスタオルを巻く。


「そうだな、事故ならばしょうがない」


 唯は明るい声でそういった。


 もしかして許されたか?


「だが、許さん!」


 突如、彼女の拳が俺の頬に命中した・


 十分後。


「だからだな、お前は注意力が足りないんだ」


 あの後、一応許された俺は体を洗ったのちに二人で入浴しているわけなのだが。


「あの、そろそろ上がりたいんですけど……」


「ダメだ。私はじっくりと風呂に入るって決めているんだ。風呂の主導権は私にある」


まあ、これで先ほどの件が許されるのならいいか。


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