雪ぼとけ
※作者注
ゆきまろげ=雪玉
ゆきぼとけ=雪だるま
この二つだけ古語です。
昔話風に書いているところから、あえて古語にしていますので悪しからず。
また、童話ということで小学一年生くらいまでの子供向けとして書きましたので、ほとんどひらがなです。ご了承ください。
むかし、むかし、この国がまだ「にほん」とよばれるずうっとまえ、北のほうに大きな大きな山がありました。
山は、まわりをあるけば五日はかかり、てっぺんをめざせば三日はかかるという、とてつもなく大きな大きな山でした。
山には、たくさんのどうぶつがすんでいて、たくさんのふしぎないきものも、みんなでなかよくくらしていました。
はるにはいろとりどりの花がさき、なつには川でおよぎ、あきにはどんぐりをたらふくたべて、さいごに、さむいさむいふゆがきます。
ふゆは、山にゆきがふって、まるでまっしろなぼうしをかぶったよう。
ひるはゆきの中をころころとかけまわるどうぶつたちも、よるはじぶんのねどこでかぞくいっしょにねむります。
ほしぼしがよるのそらをかざりたてるころ、お月さまのひかりにてらされた大きなどんぐりの木の下の、ゆきがたくさんつもったはらっぱに、ふたつのかげがあらわれました。
「あそぼう、あそぼう」
「あそぼう、あそぼう」
ふたつのかげは、だれもいないはらっぱをあっちへいったり、こっちへいったり。
「ゆきまろげ、つくろう」
「つくろう、つくろう」
ふたつのかげは、ゆきをまるめてはらっぱの上をころがします。
ころころ、ころころ。
ころころ、ころころ。
あっというまに、ふたつのゆきまろげになりました。
「ゆきぼとけ、つくろう」
「つくろう、つくろう」
ふたりのゆきまろげは、ひとつのゆきぼとけになりました。
「かえろう、かえろう」
「かえろう、かえろう」
山にあさひがあたるころ、ふたつのかげはどこかへかえっていきました。
お日さまがたかくにのぼると、どうぶつたちは目をさまします。
いちばんにおきたのは、ふさふさしっぽのりすでした。
「おや?はらっぱになにかあるぞ?」
ごはんのどんぐりをうめておいたはらっぱに、みたことのないものがあります。
りすは、みたことのないものにはなしかけました。
「おい、きみはだれだい?」
けれども、なにもこたえません。
「きみ、どこからきたの?」
やっぱりなにもこたえません。
「なんだい、ひどいじゃないか」
おこりんぼうのりすは、みたことのないものをけとばしていってしまいました。
つぎにちいさなのうさぎが、ゆきの中のくさをさがして、はらっぱにやってきました。
のうさぎは下ばかりみていたので、ゆきぼとけにぶつかってしまいました。
そのせいで、ゆきぼとけのあたまがころりところげおちました。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ちいさなのうさぎには、どうすることもできません。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
なんどもあやまりながら、のうさぎはいってしまいました。
それから、はらっぱにはだれもやってきませんでした。
そして、きょうもお月さまが山の上にかおをだします。
すると、ふたつのかげがひょこりとあらわれました。
「あそぼう、あそぼう」
「あそぼう、あそぼう」
はらっぱにかけだしたふたつのかげは、きのうつくったはずのゆきぼとけがないことにきがつきました。
「ゆきぼとけ、ない」
「ゆきぼとけ、どこ?」
ふたつのかげがあたりをさがしてみると、あたまのとれたゆきぼとけが、さびしそうにしていました。
「ゆきぼとけ、かわいそう」
「ゆきぼとけ、またつくろう」
ふたつのかげは、もういちどゆきをまるめてゆきまろげをつくり、ひとつはあたまのとれたゆきぼとけにのせ、もうひとつを、とれたあたまのからだにしてあげました。
「できた、できた」
「できた、できた」
そのよるも、ふたつのかげはお日さまがやまをてらしはじめるまで、はらっぱであそびました。
あさがきて、きょういちばんにおきたのは、うつくしいあかげのきつねです。
はらっぱにおさんぽにくると、ふたつのゆきぼとけをみつけました。
「あら?いったいだれがつくったのかしら」
きつねはゆきぼとけのまわりにある、たくさんのあしあとをみて、たいそうおどろきました。
「ちいさなりすや、うさぎのあしあとじゃあない。こんなに大きなものは、きっとくまにちがいない。みんなにしらせなくちゃ」
はやとちりのきつねは、いそいでかえりどうぶつたちにあしあとのことをつたえました。
しらせをきいたどうぶつたちは、しかしきつねのいうことをしんじませんでした。
なぜなら、きつねのはやとちりのせいで、なんどもおおさわぎになってこまらされたからです。
「またきつねのはやとちりがはじまった。くまはふゆごもりをしているじゃないか」
こだくさんのたぬきのおかあさんがいいました。
「ほんとうに、りすでもうさぎでも、きつねやたぬきのものでもない、大きなあしあとがあるんだよ。はらっぱにいって、みてみるといい」
うたがわれたきつねは、おこっていいかえすとはらっぱにむかってあるきだしました。
「どうれ。ほんとうかどうか、みんなでたしかめようじゃないか」
そういって、きつねのあとにつづいたのはやまねこのおやぶんさんです。
おやぶんさんがいうのなら、と、ほかのどうぶつたちも、はらっぱにいくことにしました。
はらっぱは、しずかでした。
「ほら、あのゆきぼとけのまわりにたくさんあしあとがあるんだよ。みておくれよ」
きつねがいうと、おこりんぼうのりすがすっとんきょうなこえをあげました。
「あいつは、きのうもいたぞ。おいらがこえをかけたのに、なにもいわないからけとばしてやったんだ」
あとからきた、ちいさなのうさぎもゆきぼとけをみておどろきます。
「わたし、きのうぶつかってしまって、あたまがとれてしまったのでなんどもあやまりました。ああ、よかった。きちんとあたまがもとどおりです」
それをきいたりすが、またびっくりしています。
「ええ?あいつはあたまがとれるのかい?なんておかしないきものだい」
ちいさなにひきがおどろいていると、よこからきつねがわらいながらいいました。
「ちいさいおふたりさん、これはいきものじゃあないよ。これはゆきぼとけだ。ゆきでできたにんぎょうだよ」
きつねのはなしをきいたちいさなにひきは、ほっとしました。
「なんだい、いきものじゃあないのか。ああ、おどろいた」
「そうなのですね。わたし、もとにもどせなくてわるいことをしたと、ずっとおもっていましたから。」
そこにたぬきのおかあさんが、こどもたちといっしょにおいつきました。
「それで、くまのあしあとはあったのかい?」
いままでゆきぼとけのはなしをしていたので、すっかりわすれていました。
「そうだ、くまのあしあとだ。ほら、これだよ。大きいだろう?」
きつねがはなのさきでさしたところに、どうぶつたちのものとはちがう、すこし大きなあしあとがありました。
「おや、ほんとうに大きなあしあとだ。これはきつねがただしい。うたがってわるかったね」
たぬきのおかあさんがすなおにあやまると、ほかのどうぶつたちも、くちぐちにあやまりました。
しかし、りすがとつぜんおかしなことをいいはじめました。
「おや?このゆきぼとけ、きのうおいらがみたときにはひとつしかなかったよ」
のうさぎもそれにつづいて、
「そうです、ひとつだけでした。きょうはふたつですね」
どうぶつたちは、このふしぎなできごとにくびをひねりますが、どうしてなのかさっぱりわかりません。
そのうちに、どうぶつたちのなかのだれかがいいました。
「ゆきぼとけのまわりにあしあとがあるということは、きっとくまがつくったにちがいない。くまはあそぶのがじょうずだからね」
ほかのどうぶつたちも、そのはなしにうなづきますが、やまねこのおやぶんさんはちがいました。
「ちょいとまっておくれ。くまがあそびじょうずなのはまちがいないが、このゆきぼとけはちがうやつがつくったんじゃあないか?」
おやぶんさんのいうことに、きつねがいいかえします。
「おやぶんさん、これだけくまのあしあとがあるんだよ。ほかにだれがこのゆきぼとけをつくるっていうんだい?」
「たしかに、あしあとはくまのように大きい。けれど、ゆきぼとけのかおは、くまがあのおおきなまえあしでつくったにしちゃあ、ずいぶんとじょうずすぎやしないかい?」
ゆきぼとけのかおには、どんぐりの目、まつぼっくりのはな、ひらたい小石のわらった口、まつのえだをたばねたぼうしがかぶせてありました。
「ううん、おやぶんさんのいうことももっともだ。じゃあ、いったいだれがこのふたつのゆきぼとけをつくったんだろう」
いよいよ、どうぶつたちはこまりはてました。
「そうだ、ものしりのふくろうじいさんにきいてみるのはどうだろう」
どうぶつたちのあいだから、いたちがかおをだしました。
「そいつはいいかんがえだ。よし、じいさんのところへいってみよう」
やまねこのおやぶんさんがいうと、みんなでふくろうじいさんのすむ森のおくへいくことにしました。
森はすべてのどうぶつたちのすみかですが、ふくろうじいさんがいるところは、あまりだれもやってこない、ほんとうにいちばんふかいところです。
しばらくあるいて、ようやくじいさんのすみかにやってきました。
「おうい、ものしりのふくろうじいさん、おしえておくれ」
すみかの木の下から、おやぶんさんがこえをかけましたが、へんじがありません。
すると、りすがとくいの木のぼりであっというまに木の上にのぼり、ねどこをのぞきこみました。
「じいさん、じいさん、おきておくれ。おしえてほしいことがあるんだよ」
りすは、ねむっていたふくろうじいさんをおこしました。
「なんじゃ、うるさいのう。まだよるにもならないうちから、いったいなんのようじゃ」
ふくろうじいさんは、ひるまはねむり、よるにおきます。
むりやりおこされて、じいさんはきげんをわるくしてしまいました。
「すまないけれど、ちょいとたいへんなんだ。力をかしておくれよ」
「わしがひるはねていることくらいしっているじゃろう。よるにこい」
「いまこまっているんだよ。たのむから、そのちえをかしておくれ」
あまりにしつこくたのむので、じいさんはしかたなくねどこをでました。
「じいさん、おこしてすまないな。山いちばんのものしりに、どうしてもきいてほしいんだ」
木の下にいた、やまねこのおやぶんさんがじいさんにはなしかけると、じいさんはちかくのえだまでおりてきてくれました。
「おやぶんさんのたのみならば、きいてやらないこともない。いったいどうした?」
おやぶんさんは、いままでのことをはなしてきかせます。
すると、ふくろうじいさんはなにがおかしかったのか、とつぜんおおきなこえでわらいだしました。
「おいおい、じいさん。いったいなにがそんなにおもしろかったんだい。こちらにはさっぱりわからないよ」
おやぶんさんや、まわりにいたどうぶつたちがふしぎそうにしていると、じいさんがいいます。
「それはな、くまではないよ」
どうぶつたちは、たいそうおどろきました。
「だって、ほんとうに大きなあしあとなのよ。くまでなければ、じゃあなんだというの?」
きつねがややおもしろくなさそうなかおをすると、じいさんはやさしくおしえてあげました。
「またきつねのはやとちりじゃ。あしあとも、ゆきぼとけをつくったぬしも、くまではない。『ゆきわらし』というあやかしじゃ」
「ええ?あやかし?」
あやかしは、どうぶつたちとはちがう、ふしぎないきものです。
「ふゆになると、ゆきといっしょにおりてきて、だれもいないところであそんでいる。わるさなどしない、やさしいあやかしじゃよ」
あやかしの中には、ときどきわるさをするものがいるので、どうぶつたちはこわがっていましたが、じいさんがやさしいといったので、みんなあんしんしました。
「ふゆがおわって、やがてはるがくるとかえっていく。すきにあそばせてあげなさい」
そういうと、じいさんは大きなあくびをし、ねどこへとかえっていきました。
「なあんだ、くまじゃなかったのか。まったく、きつねのはやとちりには、いつもおどろかされるよ」
たぬきのおかあさんが、あきれたようにいうと、
「みんな、ほんとうにごめんなさい。でも、あんまり大きなあしあとだったから、ついくまだとおもいこんじゃって」
きつねがはずかしそうにあやまりました。
「まあいいじゃないか。くまじゃないことがわかったのだし、これでひとあんしんだな。やれやれ、もうすぐ日がくれる。まっくらになるまえにかえろう」
おやぶんさんのいうとおり、それぞれのねどこへとむかいます。
ですが、ふゆは日がしずむのがはやいので、はらっぱにもどるころにはすっかりまっくらになってしまいました。
すると。
「あそぼう、あそぼう」
「あそぼう、あそぼう」
お月さまがてらすはらっぱのなかを、ふたつのかげがころがるようにはしりまわっています。
木のかげからそっとのぞいていたどうぶつたちは、はじめてみるそのふしぎないきものを、おもしろそうにながめていました。
「ゆきまろげ、つくろう」
「つくろう、つくろう」
ふたつのかげは、ゆきをまるめてころころ。
どんどんおおきくしていきます。
ころころ、ころころ。
まだまだおおきくします。
ころころ、ころころ、ころころ。
とてもりっぱなゆきまろげがふたつできました。
「ゆきぼとけ、つくろう」
「つくろう、つくろう」
ところが、あまりにもりっぱにつくったので、もちあげることができません。
ふたつのかげは、ほとほとこまってしまいました。
とおまきにみまもっていたどうぶつたちは、みんなでたすけてあげることにしました。
どうぶつたちにきがついたふたつのかげは、あわてて大きなどんぐりの木にかくれます。
「きみたち、こわがらないで。わたしたちがてつだうから、いっしょにゆきぼとけをつくりましょう」
ちいさなのうさぎがやさしくはなしかけると、ふたつのかげは木のうしろからかおをだしていいました。
「ほんとうに?」
「いっしょに?」
どうぶつたちが、おいでおいでとてまねきをすると、ふたつのかげはよろこんでなかまにくわわりました。
みんなでちからをあわせて、ゆきまろげをもちあげようとします。
「よいしょ、よいしょ」
「ううん、おもたい」
なんどかがんばってみましたが、やっぱりもちあがりません。
「これはたいへんだ。どうしたものか」
やまねこのおやぶんさんが、うでをくんでなやんでいると、
「わたしがやってさしあげましょう」
大きなかげが、大きなゆきまろげをひょいともちあげ、もうひとつのゆきまろげにのせました。
どうぶつたちがびっくりしてそのかげをみると、それはなんと、大きなくまでした。
「うわあ!くまだ!」
もう、おおさわぎです。
どうぶつたちは、ちりぢりににげて、そこいらの木のうしろへかくれてしまいました。
「みなさん、おどろかせてすみません。ですが、わたしはけっしてみなさんをたべたりしませんから、どうかでてきてください」
くまは、なるべくみんなをこわがらせないように、しずかにはなします。
「そんなこといって、ほんとうはたべるきなんだろう?だまされないぞ」
おやぶんさんがいうと、くまはかなしそうになきだしてしまいました。
そのとき、みんなといっしょにかくれていたふたつのかげが、くまにかけよったのです。
「くま、こわくない」
「くま、とてもやさしい」
ふたつのかげは、やさしいあやかしなので、やさしいいきものがわかるのです。
「ちょいと、くまよう。ふゆごもりしていたんじゃあないのかい。こんなにはやくでてくるなんて、いったいどうしたんだ」
おやぶんさんが、おそるおそるちかよりながら、くまにたずねました。
「おやぶんさん、ふゆはもうおわります。はるがやってくるんですよ」
なきやんで、くまはいいました。
「ほら、ゆきがとけはじめている。あたたかくなったから、ふゆごもりはおしまいです」
いつのまにか、お日さまがすっかりかおをだして、山をあたたかくてらしていました。
「そうか、もうはるがきたのか。うれしいなあ」
どうぶつたちは、さむいさむいふゆがおわり、たくさんの花がさくはるがだいすきでした。
でも。
「ゆきわらし、かえる」
「ふゆがおわったから、かえる」
「さようなら。ありがとう」
ふたつのかげは、さびしそうにいいました。
そうして、じめんにおちたゆきがとけるように、きえてしまいました。
どうぶつたちは、それからもみんななかよく、くまもいっしょに、たのしくくらしました。
また、ふゆがくるのをまちながら。
おしまい