第18節41部ー子鞠ダイビングー
そんな騒ぎが起きていても、銀露や千草は気付かない。
その理由は散々暴れまわった汰鞠と子鞠が突き止めた。
本来は、黒狼の気配がこの楼閣から遠ざかったタイミングを見計らって、檻から脱出、銀露に蛇姫の居場所を伝えるつもりだった。
ここに連れてこられたはいいが、視界を塞がれていたためこの場所がいったいどこにあるのかわからないでいたのだ。
「あう」
「空中楼閣……ですか。身を隠すにはうってつけの場所でございますね」
楼閣の瓦屋根、そこからの眺めは素晴らしい絶景だった。
緋禅桃源郷、その街並みを遥か高みから見下ろすことができている。
宝石のような灯りと、淡く光る緋禅桜……常夜の遊郭街はまるで別の世界のように遠く感じてしまう。
「楼閣の地盤ごと空に浮かせた挙句、結界とは……随分と手の込んだ砦ではないですか」
「ああ、すげーよな。俺も初めて来た時はびっくらこいたぜ」
ここまで来て後方に黒狼、そして黒狼率いる神使達が追いついてきた。
先ほどまで相手にしていた蛇姫の神使達とは訳が違う。
「こくろーさま……」
「よお、鞠遊び上手なちびっ子。おいおい、もう顔面に当ててくれるなよ!」
鞠を頭の上に、両手で持ち上げた子鞠を見て黒狼が慌てて止めさせようとした。
しかし、それでも子鞠は投げようとし……持ち上げた鞠がすぱりと真っ二つにされて、屋根に落ちた。
子鞠の神気により形作られた鞠が、黒狼の神使の神気に当てられ壊れたのだ。
しかし、それに負けじと子鞠は5つほどの鞠を頭の上に作り出して……。
「ぁう」
欲張りすぎたのか、降り注いだ鞠を受け止めることができずにぼんぼん頭で跳ねさせて目を回してしまっていた。
「子鞠、2つまでにしておきなさいといつも言っているでしょう。未熟者」
「まってー……!」
頭で跳ねて転がっていってしまった鞠を追いかけてわたわたしている子鞠を叱責し、汰鞠は呆れた風にため息をついた。
追いかけているはずの鞠を踏んづけてころころと転けてしまった子鞠を放っておいて、汰鞠はこの状況を打開する方法を考えていた。
ここから飛び降りても問題はないが、結界がある以上地上に降りる前に防がれてしまう。
ただ……子鞠だけならば。
「子鞠!」
「あたまごっつんこしちゃった……」
頭を両手で押さえながら、子鞠は汰鞠の方を涙目で向く。汰鞠はここに来るまでに奪った大振りの薙刀を構えて言った。
「わたくしが足止めを。あなたは降りて銀狼様、九尾様にこの場所を伝えてください」
「うん……!」
そう言って屋根の端に向かう子鞠に対し、黒狼は言う。
「おいおい、大人しく捕まってくんな。こっちはさっさと人の子持ってこなきゃいけないんだからよ」
「黒狼様、あなたがお相手でも、それはさせません。兄様は銀狼様の寵愛を受ける人の子でございます。危害をくわえる事は、銀狼様の神使として許すことはできませぬ」
「ふむ、流石銀狼の神使。凛々しいじゃねーの。だがよ、その結界を越えられるのか? そこのちびすけが」
汰鞠には一目置いている風の黒狼だが、子鞠に対しては警戒も薄く、そこまで重要視している風ではない。
だが、いまこの状況で一番気にかけないといけなかったのは、汰鞠よりもむしろ子鞠のほうだった。
何故なら。
「ねえさま、いってきま……」
と、子鞠が躊躇なく、屋根の端から大きく跳んで落ちていったのだ。
そう、落ちることができた。
この楼閣には、強力な結界が張っており出ることすらままならなかったはずだったのだが。