第16節5部—蛇に魅入られた稲荷山—
朱音さんが言うには、あまりにも頂上へたどり着かないので神様たちが怒って、稲荷霊山の神気の均衡が大変なことになってるんだって。
で、この神気の均衡が大変なことになったら……。
「魑魅魍魎や妖の類が寄り付くようになっちゃうから早く原因を突き止めてこいって山神様から言われてるんっすよー!!」
「護り火任せとは……随分無責任な管理者じゃのう」
「でしょ!? ほんと勘弁してほしいっす……もう泣きそうなんだから!」
随分と参ってしまっている朱音さんは本当にもう涙目だ。神様を怒らせる……しかもこれだけ多くの神様を。これってとんでもなく大変なことなんだろうな。
下手をすれば、この山が神の集まる山じゃなくて、怨霊や恐ろしい妖怪、魑魅魍魎が巣喰うほどに穢れると言うんだから……そりゃ落ち着いてはいられないよね。
「行けども行けども目的の場所につかないって……。なんだか身に覚えがあるような」
「こまも……」
「ふむ。蛇じゃな」
銀露は迷うことなくそう言ってしまった。実際そうなんだ。迷い童たちを山から降ろすために下山している時、いつまでたっても麓につかなかったことがあったんだ。
「どこぞで蛇を見かけんかったか、護り火の」
「蛇……ううん。みなかったっすね。随分とこの山を走り回っていたんっすけど、一匹として」
「ふむ……これだけの神を巻き込む異変じゃ。相当な力を持った者がおると思うのじゃがな……蛇姫め、何が目的でこんなことを」
「うっ、蛇姫様っすか……やっぱり」
蛇姫様。その言葉を口にした朱音さんは苦虫を噛み潰したような表情でそう言ったんだ。
「あにさま……」
「なーに? 子鞠」
「こま、ちゃんとあにさままもる……」
「あはは、ありがとね。子鞠」
どこか不穏な空気を感じ取ったのか、子鞠は鞠を両手に抱えたままむっふんと意気込んでくれた。
その可愛さに和まされた僕は子鞠の頭を撫でてあげた。
「……?」
「もっとなでなでしてほしいのかな?」
なでなでし終わると、小さく首を傾げて、もう終わり? 的な意思表示をしてくれる。
どうやら頭なでなでが気に入ったみたい。自分から頭を差し出してきてくれるもの! かわいいなあ……。
そうこうしていると、僕たちがこれから進むはずだった山道の先から下駄の音が聞こえてきた。
かろん、からん。とてもよく響く心地のいい音。
その下駄の音の主は……。
「あーっ! サボり九尾様!! ……えっ、熱!!」
その九本のもっふりした尾を持った狐面の着物の女の人を指差してそう言った朱音さんのお尻に火がついた。
どうやら狐火があかねさんのお尻に近づいて火をつけたみたい。
金色の長い髪を揺らしながら、銀露に向かって手招きをするその狐面の人に僕はしばらく見入っていた。
狐面に隠されてはいるものの、やっぱり立ち振る舞いというか、佇まいがとても上品で美しい感じがする。
あの九本の尾もとても立派で……九本。九尾の狐。九尾の狐って有名だけど、大抵は妖怪として描かれてるよね。でも、あの九尾さんは神様なんだろうか……。




