第16節4部—突然現れた牛—
山から駆け下りてきた何かが、茂みから飛び出してきて僕たちの目の前を横切った。
横切って……下に落ちていった。
見えたのは、青い人魂をいくつも纏わせた牛車だった。
赤褐色の大きくてたくましいツノを持った牛が引いた綺麗な車箱と、床に座ってその牛の手綱を引く、着流しを着たおかっぱの綺麗な女の人が見えたんだけど……一瞬だけだった。
「なんか……すごい落ちてったね」
「落ちていったのう」
「わー……!」
なんで子鞠嬉しそうなの!? 落ちていった崖の下を覗いて尻尾を振っちゃってるんだけど……。
「はーい登ってー多々羅丸ー。しんどそうにしないー、あんたが悪いんっすよー行き過ぎるからー」
たたらまるっていう褐色の牛が息を切らしながら、ここまでの斜面を登ってきた。
おかっぱの女の人が半ば呆れ気味に、言葉を話さない牛に向かって叱り言葉を飛ばしてたんだけど……。
「お久しぶり銀狼さまー!!」
「相変わらずやかましいのう……護り火の」
「本当に祠から出てきてたんだねー。ウチ嬉しいよ! もう百年ぶりくらいだよね!」
そのおかっぱの女の人は牛車から降りるとすぐさま銀露に近づいてきて手を握って振りまくってた。その人なりの挨拶の仕方なんだろうか……。
っていうか、百年ぶりって……、やっぱり神様の世界は桁が違うや。
「そこの子達は……えーと、子鞠ちゃんと人の子っすね、温泉宿の」
「は、はじめまして」
困惑気味に挨拶する僕と、僕の後ろに隠れてしまった子鞠。隠れてるけど尻尾は丸見え、頭隠して尻尾丸見えだよー。
「死角之世でも噂になってるっすよー。あの銀狼様が人の子の面倒を見てるって」
「呑み仲間との約束じゃ。反故にするわけにはいかんじゃろ」
「それなんすって。銀狼様が約束なんて守るから話題性があるんっすよ。いやまあ、それはそうとして、初めましてー。護り火の朱音っていう使いっ走りっす。よろしくね!」
「えっと、柊千草です。よろしくお願いします」
「かったーい! もっと軽い感じでいいっす! ほら! もっと気を抜いて! 肩肘張らずに朱音さんって言ってみて!! ほら、ほらぶぁッ!!」
銀露が出した畳んだ鉄扇で思いっきり頭を打たれた朱音さんは、しゃがみこんでしばらく唸ってた。
「気安く千草に話しかけるでないわ。困惑しとるじゃろ」
「ご……っ、ごめんなさいっす……」
うずくまる朱音さんに、銀露は何の用じゃと呆れ顔で尋ねると……。
「その……今この霊山がおかしくなってて……。ウチじゃどうにもできないから力の強い神様に助けを求めようとしてたんっす……」
「おかしく? どういうことじゃ」
「その……未だに行列の先頭が山頂にたどり着けていないみたいで……」
「山頂への道ははじめに分かれたあと一本じゃろ」
「いえ、そうなんっすけど……その。行列は進んでいるんすけど、山頂にたどり着けないというか、なんというか……とにかくこの山に異変が起こっているのは間違いないんっす」




