春終話ー桜の打ち上げ花火
結果として言えば5発目で狼ぬいぐるみを取ることができた。
同じところを撃って後ろ足を徐々に後退させて棚から落としたんだ。
残った2発で小さな駄菓子をとって伊代姉にあげると伊代姉は満面の笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。
「どやぁ」
「うわ、すごいドヤ顏」
「んへへ、さすが伊代姉! 言うとおりにしたら見事にゲットできたよ」
僕は狼のぬいぐるみを抱えたまま射的で商品をゲットできた嬉しさに浸っていると……。
「でもこの狼のぬいぐるみってあれよね、銀ちゃんの言い伝えの狼よね」
「確かにそうだよね。そんなピンポイントに何の関係もない狼のぬいぐるみなんて置かないよね。あらあら銀露随分可愛くされちゃって」
へらへらと笑いながらデフォルメされた狼のぬいぐるみを眺めていると……。
「誰が可愛くなったじゃと」
「うわあ!!」
ぬっと、後ろから銀露が現れた。
完全に油断していた僕は思いっきり体を跳ねさせて驚いてしまい、ぽんとぬいぐるみを上に放ってしまった。
で、それを銀露がキャッチして……。
「……。ふむ、確かに愛らしいの。色もわしの毛色によく似ておる」
確かにそのぬいぐるみの狼の毛並みは銀色の毛並みだった。
尻尾はわしの方が何倍も立派じゃがと言って、銀露はなぜか感傷的な笑みを浮かべて……。
「うわ、銀ちゃんお酒臭い! 結構呑んだの?」
「ん? そうじゃの、よう呑んだ。なかなかにうまい酒じゃったぞ!」
銀露は僕の頭にぬいぐるみの脚に頭を挟む形で乗せると伊代姉に笑顔を向けた。
伊代姉は銀露にどれだけ呑んだのか聞くと、常人ならまず歩けなくなっているほどの量を飲んでいることに半ば呆れてた。
《ただいまより、桜花祭恒例桜花火の打ち上げを行います。繰り返します只今より……》
「あ!! 伊代姉、銀露、花火始まるって!」
「もうそんな時間なのね、場所取りは河川敷の方で葉月がしてくれてるからいきましょ」
「みんなで花火見るの久しぶりだなぁ。楽しみ! 今回は銀露もいるしね」
「はなび……あのやたら音のうるさいあれじゃろ?」
「近くで見るととても綺麗だよ、ほら早く早く!」
怪訝な表情を浮かべる銀露の腕を掴んで、僕と伊代姉は花火を見るために河川敷に急ぐ。
「お、来た来た。遅っそいつーの!」
「ごめんごめん。お邪魔します」
やっと来たと言わんばかりのリアクションの葉月さんに、伊代姉は謝りながら茣蓙の上にお邪魔する。
「よぉ、おまえ相変わらず姉貴と仲良いな」
「そりゃそうだよ。昔から仲悪くなったことないもの」
一真も一緒で、伊代姉と手をつないでここまで来た僕を見ててそんなことを言われてしまった。
その上普段女性に対してそんな物怖じしない一真ですら近づき難いと言われるほどの黒髪の美女が……。
「のう千草よ、いつ始まるのじゃ?」
「もう少しだよ、いきなり上がり始めるからね」
花火が打ち上げられる時間になるとざわついていた周りも徐々に静かになっていって、花火が上がるその瞬間を今か今かとみんな揃って待つ。
そしてその時はきた。
花火が空に打ち上げられる独特の風切り音の後、桜の花びらを模した満開の花火が夜空に咲いた。
河川敷で花火を見に来ていた人々は一斉に歓声を上げて、僕らもその桜色の花火に感動して感嘆の声を漏らす。
銀露は少し驚いた様子で……おっと、お耳が立ってる。
みんな空を見上げてたから気づかれてはいないけど、ちょいちょいとお耳を押さえてあげて……。
「す、すまぬ少し驚いた」
「あはは、でもきれいでしょ?」
「……ん、そうじゃの。とても綺麗じゃ、音には驚くがの」
満開の桜をイメージしたその花火は30分の間間断なく上がり続ける。
銀露は音に敏感なのか、ずっと僕の手を握っていて……。
「来年もまたみんなで見れるといいね」
「うむ、来年も再来年もずっと」
「なに感傷的なこと言ってんの。次は夏祭りがあるでしょ。夏祭りもみんなで見るわよ」
「うん! 絶対見に来ようね」
そうしてその花火が終わるまで、僕は銀露と……そして伊代姉とずっと手をつないだままこの先もこの幸せな時間を一緒に過ごすための約束を交わした。
ありふれた日常のようでいてとびっきりの非日常の真っ只中にある僕の物語の中で。