20節ーお待たせー
「柊君は弟さんのこと本当に大事に思ってるんだね。まるで恋人みたいな扱いじゃないか」
僕は少しばかり皮肉混じりにそう言った。
柊さんと二人きりで楽しんでいるこんな時になんて嫌な事を言ってしまったんだ。
弟さんに嫉妬してしまうなんて、本当に情けない……。
「ええ、本当に大事に思ってますよ。それこそ軽率に言い寄ってくる男の人なんて目に入らなくなるくらいには」
「僕はそんな軽率な気持ちで君と……ッ」
「わかってます。先輩のことだなんて言ってないわ」
「……う、ごめん」
頬を赤らめて、本当に好きな人を語るような口調で言うものだからつい熱くなってしまった。
「もうそろそろ時間です。私はこれで」
「え、ああ……」
あっという間に30分が経ってしまっていた。
楽しい時間はすぐに過ぎるというけど、さすがに30分は短かったな。
人形焼の袋を握りしめて立った柊さんに、僕は最後の質問を投げかけることにした。
「柊君は好っ……いや、どんな男性が好みなんだ?」
「はあ、好みですか。んー」
聞かれた質問について悩んでいる、というよりか言うこと自体をどうしようか悩んでいるような困り顔の後……。
「年下で素直で可愛い男の子が好みです。では」
満面の笑みでそう答えて、彼女は祭りの喧騒の中に消えていった。
遠回しに貴方は好みではないと言われているみたいで耳が痛かったけれど、こうして一緒に祭りを楽しんでくれるということは脈なしというわけでもないだろうし……。
「部活引退まで頑張ってみるかぁ……」
決意を新たにするために、僕は声に出してそう言った後最後の人形焼を頬張った。
……ーー。
「ごめんね千草、待たせちゃって」
「んーん、大丈夫だよ。それより30分ピッタリすぎない? ちゃんと楽しんできた? 適当にあしらってない?」
「うっ……」
図星。
いや、なんかおかしいなぁとは思ってたんだよ。伊代姉の態度とか……。
さっきまでいた稲荷さんから教えてもらったんだけど、神谷先輩と伊代姉ってお互い気になってるわけじゃなくて、神谷先輩の一方的な片思いなんだって。
「もー。伊代姉だめだよ? むぐっ」
「私のことはいちいち気にしなくていーの!」
話の途中でふわふわ香ばしい何かを口に突っ込まれた。
このほのかな甘さとミルクのコク……ほんのり暖かい生地は。
「……。人形焼だ!」
「そ。おいしい?」
「おいしい! 僕これ好きなんだぁ。昔食べたやつより美味しくなってるね。しっとりしててびっくり!」
(反応かわい……)
伊代姉が微笑みながら僕をぎゅっと抱きしめた。
うなじの甘い香りと擦れる浴衣の感触。大きくて弾力のある胸の感触は実は今あんまり堪能できないんだよね。
浴衣を綺麗に着たいからって、かなりきつめのチューブトップブラで胸押さえつけてるみたいだから。
女の人のオシャレって大変だな。
でもそのおかげか伊代姉の浴衣姿はこれ以上ないくらいに綺麗に仕上がってる。
黒を基調として、リアルタッチで描かれた赤い金魚と水の流れを表す金色の刺繍が施された有松絞りの高級浴衣。
普段下ろしたままだったりポニーテールにしたりと簡単な髪型にしかしないけど、紅簪で束ね上げた髪。
うっすらとしたナチュナルメイクも相まって普段より3割り増しで美人に見える。
こう言っちゃなんだけど銀露や夜刀に引けを取ってないと思う。
こんなヒトに見つめられたりしたら一発で好きになっちゃうだろうなぁと、神谷先輩のことを思い浮かべながら気の毒に思う。
「じゃあそろそろお祭り行きましょ。何がしたい? なんでもいいわよ」
「んーじゃあまず金魚すくいから!」