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第14節—神様の発情期と混浴と黄泉路送り—

 家に帰ってきて、夕食を食べて、クタクタになった体を温泉で“銀露と”癒して。

 いや、銀露が僕と入るって言って聞かなかったんだ。

 僕も早く、山でドロドロになった体を流してサッパリしたかったし。伊代姉は部活で疲れてたからか、お風呂入ってからすぐ自分の部屋で寝ちゃったし。母さんは旅館の方で少しやり残した仕事があるからと、家にいないから止める人間がいなかったっていうのもある。

 

 それに僕は銀露とお風呂入るの嫌じゃない。


「くふふ、人の子の頭を洗ってやるなど、初めての経験じゃ」

「ああああ!! 痛い、痛いよ銀露!! どんだけ握力あるのさ!!」


 ガシガシと頭を、洗髪料で洗われるのはいいんだけど、銀露の握力が異常に強いんだ。

 これでも手加減してるっていうんだから、元々の力が人の常識を超越してるんだろうな。


 シャンプーってこんなに泡立つものなのってくらい、泡立たされて、しかもその泡で銀露が遊んでる。

 山のように泡を摘んだり、僕の髪で角を作ってみたり。


「ん、儂とおそろいじゃの」

「わーい、獣耳ー……じゃないよ。そろそろ流して欲しいんだけど!!」

「かかっ、すまぬ。ほれ、目を閉じよ」


 銀露は、風呂桶に貯めたお湯をゆっくり僕の頭に流していく。泡を流し、滝のような音を立てて排水溝へ流れてく。


「それにしてもぬし……いや」

「ほぷっ……なに? どうしたの?」

おすの割には丸い体をしておるの……。雄のそれではないようじゃ。腰つきも随分……)


 んん、なんだろう急に黙っちゃって。と、思ってたら体を流し終えた銀露が、僕の脇腹に人差し指を滑らせる。くすぐったくて、変な声がでちゃった。


「なんじゃ、そんな声を出して。誘っておるのか?」

「銀露が脇腹撫でるから! 僕、横っ腹弱いんだよ……」


 次は僕が、銀露の背中を流してあげた。相も変わらず、銀露はタオルを巻くということをしない。でも、頭には巻いてあげた。銀露の髪って長いから、まとめてあげないと背中流しづらいんだよね。

まぁ。上からの髪をまとめても、お尻で尻尾がふりふりしてるからなぁ……。


「ていうかさ、銀露……。変なところ尻尾で撫でるのやめてよ!」

「くふふ、愛らしい顔して立派な男の子じゃのう……」

「……なッ。その尻尾そんな使い方できるの!!」

「背に当たる淫気と熱でバレバレじゃ。かか、まあ悪い気はせん。いくらでも……」

「もう銀露とお風呂入るの恥ずかしいからやめる……」

「むう。年頃の男の子は難しいのう。千鶴の言っておった通りじゃ」


 うう……もうなにがどうなっているのかは察して……。銀露の体ってとてもエッチなんだもの。胸おっきいし、腰くびれてるし、足長いわ腹筋うっすら割れてるわ……。白い玉肌に滴る雫がまた……。

 

「別に恥ずかしいことではないじゃろ。人は万年発情できるようなっておるのじゃから」

「銀露はどうなのさ」

わしか? 儂も人と同じじゃ。こうして人の肉体を現しておるのじゃからな。しかしまあ厄介なもので、しっかり盛りの時期はやってきおるの」

「あるの!? 銀露、発情期あるの!?」

「う……うむ。なんじゃその食いつきは」


 湯船に入って体を休め、温まる。全身から力が抜けて行くみたいだ……煩悩とかそういうのも一緒に。


「へえ……。どうなるのか見てみたいなあ」

「どうなるのか……のう。まあ安心するとい」

「安心?」

「三日三晩寝かさんからの」

「いやいやいや! いたいけな高校生男子に何を!」

「怖がらせてしまうかもしれん」

「……え、怖いの!?」

「獣の発情期を舐めてはいかんということじゃ。くふふ」


 なんの話をしてるんだ、僕と銀露は。銀露は僕をからかって遊んでいるんだろうけど……。


「おぬしはもう16かそこらじゃろ。遙か昔ならもう結婚して子を作る者もいたものじゃが?」

「昔より、今は人間の寿命伸びてるの! 今の世の中、そんな責任も持てないような年齢でそういうことになるのは早いんだよ。きっと」


 立ち上る湯気の中、ふと見る銀露の横顔。髪がかき上げられてあらわになってるうなじが、すごくセクシーだ。

 ハリのある大きな胸が、お湯に浮いて少し持ち上げられてる。


「うん? なんじゃ、そんなに気になるかの?」

「えっ、な、なにが!?」

「ずっとちちを見とるじゃろ」

「いんやあ……柔らかそうだなぁって……」

「かか、ぬしは素直じゃのう。ほれ、好きに触れてもいぞ」


 銀露は頬を赤らめ目を細めて、にまにまと艶っぽい笑みを浮かべながら、手の平で胸を下から支えるようにして少し持ち上げて見せてくれた。

 

「わーい、じゃあつつかせて」

「突くだけでいのか? 欲が無いのう」


 人差し指で、銀露の横乳をつつく。半端じゃない弾力を持つ豊かな膨らみに、みるみるうちに指が沈み込んで……。

 肌が絹のように滑らかで、膨らみはボリューミーで素晴らしいと思います。


「意外と女慣れしておるよな、ぬし。京矢は儂と会う時必ず、馬鹿でかい布切れを持ってきておってな。儂がそれを体に巻くまで姿を現さんかったが」

「うーん。僕、昔から男友だちより、女の子の友達の方ができやすかったから……。伊代姉にべったり……というかべったりされてたっていうのもあるからなあ。ほんとに仲のいい男友達といえばカズマくらいだったし。またこいつが喧嘩ばっかしてる子でね。いっつも……」


 そこからしばらく、僕の思い出話。ペラペラと自分勝手に話す僕の言葉を、銀露はさっきまでたたんでた耳をピンと立てて、とても楽しそうに聞いてくれてた。

 時折、湯から顔をのぞかせる尻尾が左右に振られたり、ぴんと立ったり。銀露の心情に合わせて動いてるみたい。


「でね……そこで伊代姉とカズマが思いっきりいじめっ子リーダーをぶっ飛ばしてさ。先生から怒られたのなんのって」

「くふふ。楽しそうでいの。こうして話を聞いておると儂まで愉快な気持ちにさせられる」


 僕が話すのもいいけれど、銀露の話も聞いてみたいな。狼として生きていた時のこと、神として存在してきた間のこと。

 聞こうとしても、銀露はあんまり自分のことを話したがらない。命の価値が今ほど高くない時代。それはもう、豊かな今を生きる人間に話すことではないと。


「儂はあまり、徳を積んだ神というわけではないからの。道徳を説くという行為は苦手なのじゃ。よく食べ、よく寝、色を好む。そうして存在しておっただけのはずだったのじゃが、いつの間にか神と呼ばれるようになり、食べることも、寝ることも、色欲すらまともに満たせんようになった」


 銀露が、典型的な快楽主義者だったことが伺える言葉だなあ。

「ぬしと言う、もの好きのおかげで晴れて自由の身となったがの」だって。簡単な話、食べ放題寝放題、性欲満たし放題……と言ってるようなものだ。

 食べたり寝たりするのはいいけど、色欲はなあ……。自由になってから、食べ物は食べたりしてる。今日はとても良く寝てたはずだし。

 2大欲求は満たせてるんだろうな。もしかして、この狼お姉様がやけに扇情的で蠱惑的魅力に満ちてるのって、そういうアピールなの……?


「僕は、恵まれた人生を送ってきたんだろうけど……。あの迷い童たちは、そうじゃなかったんだよね……」

「あれらは恵まれぬ時代、土地で生きていたからの。子は親を選べんが、親も子を選べぬ。誰かが悪いわけではないが」

「誰も悪くないわけでもない……の?」

「かかっ、そういうことじゃ。結局、あれらはああなるべくしてああなったとしか言う他ない。あまりに愚かで、哀れな者たちじゃがな。げに恐ろしきは人の業じゃ」



 そう言った銀露は、僕の頭を撫でてくれた……。ああなってしまっては仕方ない。どこか諦めのような言葉を聞いて、沈んだ僕の心境を察してくれたのかな。


「でもお尻は撫でないでね……」

「ぬしの尻は思わずかぶりつきたくなる尻じゃからの。撫でたり揉んだりするくらいはよかろ?」

「なにさ、銀露ってば欲求不満なの?」

「だめかの?」

「もう……お尻くらいなら好きにしてもいいよ……」


 銀露はとても嬉しそうに笑うと、湯の中で僕のお尻を堪能してる。


「で、あの童の処遇は決めたのじゃろう? どうする。このままこの旅館に住まわせるのか、黄泉へ送るのか」

「うん……、やっぱり好きなだけ今はこの旅館で遊ばせてあげようと思うんだ。他の子達と同じように。僕だって、責任は負わなくちゃ。いくら、銀露がなんとかしてくれるからといって、それに甘えてばかりはいられないから」

「……ふむ。これは予想外の返しじゃの。てっきり黄泉へ送ってやれと言うものじゃと思っておったが」


 それも、一つだと思う。ていうか、それが一番なんだと思う。あの童にとっては。

 もうすでに、現世の住人でない彼らを留めておくことはよくないことなのかもしれない。

 でも、他の童たちのように、自分の居場所を自分で見つける。それも大事だと思うんだ。

 あくまでも僕と銀露は、彼らが縛り付けられていた山から出してあげただけ。その先は、銀露と僕が責任を持つことにはなるけど、彼らの自由にさせてあげたい。


「ぬしの決めたことならば、わしは従うほかないのう。童らも、毒を抜かれてそうそう悪さもできんじゃろ。多少なりとも影響を及ぼすかもしれんがの」

「うん。ありがと、銀露。こんな考え方しちゃう僕だけど、これからもよろしくね」

「ふふ、なんじゃ改まって。底抜けにい奴じゃの」


 ぺしぺしと。どこか照れたように、銀露は濡れた尻尾を僕の頬に当ててきた。なんだかとても嬉しそう。僕は僕で、そんな銀露を可愛いと思ってしまう。


 可愛い……、神様だから、僕より相当生きてきてるというか、存在してきてる狼姉様に面と向かって言ったらどんな顔されるだろ。やばい想像できない言えない。


「そろそろ上がろっか、のぼせちゃうよ」

「うむ。そうかの? 儂はまだまだ平気じゃが。ぬしが言うなら……」


 温泉から出た銀露は、頭に巻いたタオルを取る。押さえつけられてた長い銀髪が、濡れているにもかかわらずするりと腰まで降りて……。


「今日の一件は、良い例となったの」

「例?」

「これから、ぬしは様々な怪異、幻想と出会うじゃろう。今日の出来事はその片鱗じゃ。儂がいることによってどれだけのことに対処していけるのか。儂も万能ではないからの。もしかすると、どうしようもないことに面することもあるかもしれん」

「……うん」

「しかし、それはぬしのような者だからこそ、相対することのできるこの世の死角である事は間違いないのじゃ。いずれ、このこともぬしだけの。柊千草だけの物語として、残すことできればよいの」


 柊千草という、ぼくだけの。


 十五夜から始まった、幻想物語……かぁ。


……——。



 その後、僕の知らないところで山を降りた人形たちはそれぞれの道をたどることになる。

 例えば、帰る場所がないことに気づいて成仏してしまったりだとか。お寺に居ついて、日がな一日木魚の音を屋根裏で聞きながら存在し続けていたりだとか……。


 そんな、自分の居場所に帰っていったり見つけたりできた人形もいたことだろう。


 でも、彼らの道は死角の世の者の道。


 うつつの世に留まれば当然、うつつにも影響がではじめる。その全ては、僕も銀露も把握しきれてはいない。ただただ、わからないように、分かりづらい形で彼らは……この世に根を下ろしてた。


——……。



「うちの子最近突然野菜を食べるようになったのよ。少し前まで全く食べなかったのに」

「へー、成長期って味覚も急に変わるのかしら?」

「それより聞いた? 田中さんのところ」

「なにかあったの?」

「娘のお人形が、ものすごく不気味な人形に変わってたって話。娘さんが誤って火でもつけられたんじゃないかって」

「危ないわねぇ。火事になったらどうするのよ」

「それが、周りのものは全く燃えてなかったってね。人形の形自体もおかしくなってて、不気味だからお祓いに行くって言ってたわ」


 柊千草は知らない。

 一見何でもないような世間話の場に出てくる、異質な話。

最近子供の様子が変わった、家の様子がおかしい。物がいつの間にか移動していたり、無くなったりしている。

 普段話しているような話の合間に、少しずつ挟まれる日常の綻び。


「最近あの子、友達連れてよく山に遊びに行くのよ。毎日泥だらけで帰ってきてね」

「いいことじゃない。引きこもってずっとテレビゲームしているより全然健康的だわー」

「率先して外で遊ぶのはいいことねぇ」


 それが全て、町に散った人形たちの仕業とは限らない。だが、何かしらの影響は確実に与えているはずだ。

 現の世の陰にある、死角の世。そこは互いに干渉し合う可能性を持つ、隣り合わせの世界。

 ただ見ようとすれば、見ることのできる幻想的な世。


 それは、どちらともが干渉する可能性を秘めた不安定な世界。


 そのほとんどは、人が少し違和感を覚え慣れていくようなことばかり。

 だが……。


「119、119……!! ……あっ、高瀬ともうします、救急車を……ええ。息子が痙攣を起こして……、はい。へんな人形を見たといった後すぐ……。症状は、発作を起こして頭が痙攣を……ええ、尋常じゃないくらいに! それに、目が窪んで……はい。とにかく早く救急車を!! 住所は……」


 この後、その“息子”は一命を取り留める。突然現れた、とある銀髪の女性のお陰で。


 銀狼の神が負った責任は、しっかりと果たされている。それを、その神は厄介だと思うことはあれど、後悔はしない。


 今や、守ってやりたい、世話してやりたい人の子ができた。


 大変なことだ。神として座していた時が眩しく見えるほど、面倒臭くて体力を使う。


 だが、それもまた悦楽につながるのだと。自分は確かに存在しているのだという充足感、その得難いものを手に入れて。


 そんな在り方も悪くないと。そう思うのだった。


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