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19節ー僕が与えるものー

 蛇に睨まれた蛙……なんてよく言うけど、まさしくその通りの状況に陥ってた。

 僕だけだけど。

 

 あの大きな赤い目に睨まれているだけで、指先一つ動かせない気にさせられた。

 実際、今僕は銀露に降ろしてもらってから一つとして動けてない。


 そんなことは御構い無しに、黒い蛇はおもむろに口を大きく開けると限りなく黒に近い紺色の霧を吐き出してきた。


「うわ、すごい毒々しい!! 吸っちゃいけないやつだ!!」

「かかっ、焦るでないわ」


 どくかなにかだろうその気体を前にして、銀露は一切焦らずに胸元から出した鉄扇を開いて、その霧に向かって大きくひと扇ぎした。

 その一回で起こされた風が瞬く間にその霧を跳ね返してしまったんだけど……。


「む、いかん」


「えっ、なにが!?」


 跳ね返した霧を破りながら、巨大な赤い口が向かってきてた。

 それはまるでダンプカーのような重量感と矢のような速度を持って銀露が立っている屋根ごと飲まんとしているようだ。


 そんなギリギリの状況でも、銀露は焦った様子を一切見せずに僕を抱き上げて跳んで回避してくれた。

 ものすごい跳躍で空に上がり、眼下に黒い蛇の全体像を捉えた。


 それだけじゃない。そのもっと下の、地上にある緋禅桃源郷も。

 赤い桜と、空中に浮かぶ楼閣、黒い蛇。夜空には星と、少し欠けた月。

 そして、こっちを追ってきた赤い大きな口と牙。


「銀露!! 下! 下から蛇姫様来てる!!」


「まったく、埒があかんの」


 銀露はそう言いながら黒い蛇の牙を足場にして跳んでから、黒い鱗に着地した。

 それから本当に長い滑り台でも滑っていくかのように、蛇姫様の体を滑っていって、また跳躍して屋根に飛び移る。


 落ちたり跳んだり滑ったり、のたうつ蛇姫様の体を避けながら銀露は立ち回る。

 それに連れられている僕はもう目が回っていて、すでに上下左右の感覚が無くなすがままに……。


「あやつも本気じゃな。こちらも本気で応じてやらねばなるまいが……」


「あわわわわ」


「これ、目を回しておる場合ではなかろ!」


 銀露の平手が僕の頰を打ち、強制的に意識を覚醒させられた。

 大丈夫大丈夫しっかりしてるからそんなに叩かないでくれい。


「銀露の本気って……?」


「わしがなにの神か忘れたわけではあるまい?」


「狼さん」


「うむ、誇り高き狼じゃ」


 そう言って微笑み、頭の耳とお尻の尻尾を揺らす。

 そう、蛇姫様が大きな蛇となったように……まさか、銀露も。


「ただし、今のわしの本来の姿は今の姿での。その姿として顕現するには許しがいる」


 蛇姫様の追撃をかわしながら、銀露は言う。


「ぬしはわしと共に居たいと言ったが、まことじゃな?」


「ほんとだよ。なにがあっても、銀露と一緒にいたい」


「くふふ。なら、ぬしの体の一部をわしに寄越すのじゃな。それをもって、ぬしからの許しを得たものとする」


 そうか、僕は銀露に名前を与えた身。実際のところ、僕は銀露の手綱を握っている存在なんだという。

 で、どうしよう。


 僕の一部ってことは、髪の毛でも爪でも皮膚でも汗でもなんでもいいみたいなんだけど……。

 

「くう、しつこい奴じゃのっ」


 黒い蛇の体に囲まれて、銀露は僕を抱えたまた高く高く跳躍した。

 何度目かの空を飛ぶ感覚。

 

 ええい、もうしてしまえと、僕は銀露の頭に腕を回して顔をぐっと近づけると……半ば強引に銀露の唇を奪ってしまった。

 唾液だって、僕の一部であることに変わりないんだからこれでもいいよね。

 なんて、言い訳めいたことを心の中で考えながら。


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