19節ー最後の悪あがきー
「勘違いするでないぞ、千草。ぬしと共に在ることが嫌になったわけではない」
「ぶはあ……泣いちゃうとこだったよ」
「ぬしの父に言われたから共にいる……という関係がどうもしっくりこなくなっての。わしはわしの意思でぬしと共にありたくなっただけのことじゃ。そして、ぬしのために奴を食らう」
「でもそれじゃあもう銀露に会えなくなるんでしょ?」
「うむ。奴と共に緋禅桜の穢れも請け負う必要があるからの」
「じゃあダメ。なんで一緒にいたくなったのに一緒じゃなくなるのさ。矛盾してるでしょ」
「ぬしを護るためじゃ。仕方なかろ」
「仕方なくない!」
銀露は自分が犠牲になれば解決すると思ってる。僕はそんなことを望んでいるわけじゃないんだ。
神様っていうのは、なんでこう自分勝手なんだ。
僕も大概わがままだし、人のこと言えたものじゃないんだけど。
「くだらん言い合いは終わったかや? わっちにはもはや時間は残されてありんせん。銀狼、その人の子が大事ならば守ってみせるのじゃな……」
「蛇姫様、いけません!!」
そう……鬼灯さんが叫んだ瞬間だった。
この広間の天井が消え、壁が抜け、とんでもない地響きと共に巨大な蛇が現れた。
ああ、本当に黒いものはそこにどんな模様があるのかわからないくらい黒く、何も見えないようになるんだな、と思った。
蛇の鱗らしい模様も見えない、光のない世界、闇がそこに突然現れたような感覚。
そんな闇の中に赤く光る目が浮かんで、こっちを見ている。
ばっかりと開いた口の、黒の中の赤さたるや思わず目を痛めてしまいそうなほど鮮やかで……。
じろじろと伸びた蛇の舌がしまわれると同時に、僕らに向かってその巨体を突っ込ませてきた。
「いかん……!!」
「うわッ!!」
切羽詰まったように声を出した銀露が、僕を抱き上げて思いっきり跳躍した。
僕すると、僕達がさっきまでいたところにまるで電車が通るかのごとく、蛇の巨体が滑っていく。
跳んだ銀露は壊れた屋根の端に着地し、僕を降ろしてくれた。
「あれが……蛇姫様の正体……!?」
巨大な蛇が這いずり、この楼閣を破壊する音が鳴り響く。
楼閣の高い屋根の上から、黒い蛇の全貌を見た。
宙に浮くこの巨大な土地を縦横無尽に這う巨大な蛇。
それがしばらくしてとぐろを巻いて、頭を高々と上げ、そしてもたげた。
じりりりり……と鱗が擦れる、頭がどうにかなってしまいそうな音が響く。
赤い目がまっすぐこっちを見ている。稲荷霊山で見たあの大きな蛇よりはまだ小さい。
でも、なんだろうこの威圧感は。体の芯から震えて動けなくなりそうだ。
「気をしっかり持たんか、千草。あれはほとんど悪あがきのようなものじゃ」
「でも……だからこそ厄介そうだよ」
「くふふ、なんじゃ、わかっておるではないか」
「はは……伊達に色々体験してないからね」
震える体が教えてくれる、尋常じゃない気配。
蛇姫様は、本気で銀露をどうにかして僕を奪うつもりなんだ。